ジェファーソンと建国の父祖たち:ホフスタッターのアメリカ政治史

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アメリカは、自由を求めてイギリスから渡ってきた移民たちの子孫が人工的に作った国である。それ故「建国の父祖」という言葉が実感をもって迫ってくる。この言葉は、単に象徴的な意味合いを投げかけるだけではなく、アメリカという実在する国が、特定の人間たちによって、あたかも芸術作品のように創作された、という実感を人々にもたらすのである。

自然に生成した国ではなく、人為的に作られた国である、ということは、そこに創造の理念のようなものが介在していたということを含意する。どんなものを創作するについても、あらかじめそのグランドデザインというべきものがなければならない。グランドデザインを伴わない創作は、盲目の行為というべきであり、形をもったものを生み出すことはできないだろう。蛭子のような、不気味なものしか生まれない。グランドデザインがあってこそ、創作が具体的な目標を付与され、明確な形をもったものを生み出す。アメリカの建国も、道理としては同じであった。つまり建国についてのグランドデザインを、建国の父祖と呼ばれる人々が描き、それにしたがってアメリカという国を創造した、というわけである。

トーマス・ジェファーソンは、独立宣言の起草者として、アメリカの建国を主導した人物であり、またアメリカ流の民主主義の理念を体現した人物として、アメリカ建国の父祖の中でももっとも大きな役割を果たした。アメリカ建国の歴史を語る際には当然中心となるべき人であり、ホフスタッターもこの人物に焦点を当てながら、アメリカ建国の歴史的意義について考察している。

アメリカ建国を主導した人々は、独立自営農民を代表していた。イギリスからやってきた人々は、広大なアメリカの大地を耕すことから身を起こし、それをもとに一定の財産を築き上げ、自分がいっぱしの人間になったと感じていた。そこには自由と独立の気概が、自然発生的に芽生えていたわけで、この独立自営農民たちのエートスが、アメリカ建国を主導する理念となった、そうホフスタッターは捉えている。独立革命は、折角苦労して築き上げた自分たちの財産を、イギリスの貪欲から守り、イギリス人の支配から自分たちの自由と独立を防衛する為に、自分たちの国を作った。それがアメリカなのだ、そうホフスタッターは考えている。

ジェファーソン自身、ヴァージニアの自営農民だった。農民というにはいささかスケールが大きく、一万エーカーの土地と百人以上の奴隷を所有していた。このことについてホフスタッターは、「人間の自由に関する彼の偉大なる著述を可能ならしめた閑暇は、三代にわたる奴隷労働によって支えられていたのだ」と言っている。こんな男がなぜ、人間の自由とか平等、あるいは独立といった崇高な理念を主張するに至ったか、それ自体が興味あるテーマであるが、ホフスタッターはいちおうジェファーソンをアメリカの土地所有者=自営農民を代表する人物として定義している。大土地所有者の多くは、貴族主義的で反民主主義的な傾向が強かったが、ジェファーソンは大土地所有者で奴隷労働の推進者であったにかかわらず、民主主義への一定の理解と、自由と平等の理念の伝道者としての役割を果たしたのである。それは彼が大土地所有者でありながら、小規模の独立自営農民のエートスを内面化したことの結果だったと思われる。

民主主義とは、権力の源泉を人民に置く考え方である。つまり、政府の究極的権力は必然的に人民に由来する、もし政府権力が人民に由来するのでないとしたら、それはほかのいかなる根源から由来するか、ジェファーソンを含めて当時のアメリカ人にはわからなかったたのである。アメリカは、イギリスから自由を求めて渡ってきた人々が、一緒になって作り上げた国であるから、彼らの作った政府は、彼ら人民以外にその権力の源泉を求めようがなかったのだ。

だからといって、人民の意志がストレートに政府の権力を動かすのは許せない、建国の父祖たちの殆どを占めていた自営農民たちはそう思った。人民、それも下層の連中の意志は多くの場合暴走するものである。したがって、彼らの意思は、ストレートにではなく、代表を通じて間接的に表明されねばならない。その代表には財産を所有し、穏健な思想を持った自営農民たちがなるであろう。これが、民主主義に対する建国の父祖たちの共通した態度であり、ジェファーソンもまた基本的には、そういう立場に立っていた、というわけである。

初めて制定されたアメリカ合衆国憲法が、国家の統治システムについて記し、基本的人権についての規定を欠いていたのは、なによりも国家を独立自営農民の意思が反映されるように作りたいとする当時の支配層の意思から出たものと言ってよい。自営農民の利害がそこなわれないように、権力をモダレートに運用する、そういう意図がこの憲法を貫徹しているのである。基本的人権の内容をなす諸々の自由の規定については、わざわざ憲法で確認しなくとも、当時のアメリカ人に共通の理解になっていた、というような前提があったようだ。アメリカは自由を求める人々が作った国なのだから、誰もが自由を重んじるのは当たり前のことだったわけである。

アメリカ憲法に盛られた立憲主義と、修正第一条で追加された基本的人権についてのジェファーソンの姿勢は、当時の進歩的な自営農民の意識を反映していたとホフスタッターは捉える。ジェファーソンは「農民こそが民主共和国の最善の社会的基底であると固く信じていた」と言うのである。

立憲主義については、権力をなるべく分立させることで、権力の強大化を防ぐことを願った。それによって自営農民の自由と独立が権力によって脅かされないようにと配慮したのである。アメリカは伝統的に小さな政府を目指してきたが、それは建国のときから一貫していた。権力は、国民の自由な活動にできるだけ介入すべきではない。いわんや所得の再分配など国民の財産に直接介入するようなことは論外だ、と言うわけである。アメリカ人のこうした考え方はローズヴェルトによって一部修正されるまでずっと、強い規範として生き続けたし、今日でも新自由主義的な動きとなって大きな威力を発揮している。

基本的人権のなかでジェファーソンがもっとも重視したのは財産に関する権利であった。財産こそ、人間の自由な活動の成果であり、それを尊重することは、人間そのものを尊重することと大差はない。財産があってこそ人間は人間らしく生きられるのであり、またまともな意見を持つこともできる。財産を持たないものは、パリの賎民と同じく、人間らしい振る舞いを期待できないものであるし、時には社会を破滅させるような不安要因にもなる。だから選挙権は財産を持った人々に限られるべきだとする意見に、ジェファーソンは理解を示したのである。

父祖が残した財産によって自己を形成してきたジェファーソンのことだから、またアメリカがゼロから始まってコツコツと財産を築き上げてきた人々から成り立っていることからして、ジェファーソンがそのような考えに傾くのも無理はないというべきだろう。一定の財産を持って独立した人間像、それがアメリカの好ましい人間像なのであり、そうした人間たちによって成り立っている国こそが、地上の楽園と言うべきなのだ、そうジェファーソンは考えていた、そうホフスタッターは捉えるわけである。







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