2017年3月アーカイブ

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ヴァイラウマティ(Vairaumati tei oa)とは、タヒチのマオリ族に伝わる神話の中の女神の名である。これをゴーギャンがイメージして描いたのがこの絵である。

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パゾリーニの映画「王女メディア(Medea)」は、エウリピデスのギリシャ悲劇を下敷きにしている。エウリピデスの原作は、夫に裏切られたメデアが、夫に復讐する話である。その復讐というのも、夫が心を奪われた若い女を呪い殺すばかりか、夫との間に生まれた二人の子まで殺すという陰惨な行為だった。そこにエウリピデスは、人間の運命の過酷さを読み込んだわけだが、パゾリーニはそれに加えて、メデアの夫たるイアソンの前史のようなものを組み合わせて、壮大な物語に仕上げた。

吉野:奈良・大和路を歩く

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(金峯山寺蔵王堂)

三月十六日(金)半陰半晴。朝餉をなして後「騎士団長殺し」を読むこと昨日の如し。九時近くホテルを辞し、近鉄奈良駅より電車に乗り、西大寺、橿原神宮にて乗り換へ、吉野に向かふ。吉野口駅を過ぎ暫時して渓流あらはる。吉野川なるべし。このあたりは能「国栖」の舞台ともなり、また谷崎の小説「吉野葛」の舞台ともなりしところなり。谷崎の小説は「国栖」を参照しつつも、全く異なる世界を描きてあり。

サルトルのサド・マゾ論議

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サルトルの対他存在論の核心は、私の存在の根拠を他者のまなざしに求める点である。私が私であることの根拠を私のうちにではなく、他者のうちに求めるということは、私を自立した存在としてではなく、他者との関係性においてとらえるということである。ということは、私は自立した存在者として自己のうちに絶対的な根拠をもっているわけではなく、他者との相対的な関係性において成立するにすぎない。だから、他者の存在がなければ、私の存在もない。厳密な意味では、対他存在としての私がない。ところで私の本質的なあり方は、この対他存在ということにあるのだから、その対他存在が成り立たなければ、わたしの存在も成り立たないことになる。

當麻寺:奈良・大和路を歩く

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(当麻寺本堂、金堂)

當麻寺は近鉄駅を出て十数分ほどのところにあり。あたかも正午なれば門前のうどん屋に入り、ビールとうどんと柿の葉寿司を注文せり。柿の葉寿司とは、さばの押し寿司を柿の葉に包みたるものなり。過日奈良駅にて買い求めし柿の葉寿司には、さばのほかにもいろいろとありしが、昔ながらの柿の葉寿司はさばを主体にするものといふ。柿の葉寿司といへば吉野がそもそもの発祥にて、吉野といへば鮎が思ひ浮かぶなれど、なぜか鮎にはあらずして、海の幸なるさばを用ゐる由なり。

陸奥への旅(五)平泉:西行を読む

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西行の最初の陸奥への旅のハイライトはやはり平泉だったろう。平泉を根拠地としていた藤原氏は、西行とは同族だったから、丁寧に接待されたとも考えられるが、西行が具体的にどのような接待を受けたかはわからない。ただ、山家集から推し量ると、西行は冬の初めから翌年の春先まで平泉にいたようである。これだけ長く滞在していたというのは、藤原氏から大事にされたことを物語っているのではないか。当時の西行はまだ無名だったから、藤原氏が西行を大事にする理由は、同族であるという以外にない。

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「汚れた顔の天使(Angels with dirty faces)」は、ギャング映画のスター、ジェームズ・キャグニーをフィーチャーした作品だ。「民衆の敵」と並んで、キャグニーの代表作とされる。キャグニーといえば、ハード・ボイルド・タッチのアクションが売り物だが、この映画の中のキャグニーは、人情を重んじるヒューマンなギャングとして描かれている。ヒューマンなギャングとは形容矛盾に聞こえるが、それを矛盾と感じさせないのが、キャグニーの持ち味だ。

長谷寺:奈良・大和路を歩く

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(長谷寺登廊)

三月十五日(水)陰。ホテル二階食堂にて朝餉をなし、村上春樹の小説「騎士団長殺し」の下巻を幾ページか読み進みし後、九時近くにホテルを出でてJR奈良駅より電車に乗り、長谷寺駅に至る。そこより石段の道を下り、小さな橋を渡り、参道沿ひの様子を眺めつつ長谷寺に向かふ。長谷寺は太古より観音信仰の拠点として多くの参拝者を集めしなれば、参道沿ひには今も多くの旅館やら土産屋が並びをるなり。上田秋成の小説「蛇性の淫」にも長谷寺参道の土産屋登場せり。秋成の小説には、この参道は人の往来繁き所として描かれてあり。その一角なる土産屋に、蛇の化身少女を伴ひて現はるるなり。その土産屋、もしいまもあらば奈辺ならんと思ひつつ歩みたり。

雪舟の山水長巻(三)

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山水図巻の秋の部分は、西湖を上から俯瞰した景色に始まり、湖の沿岸から奥の山の中へと視線を導いてゆく、流れるような手法で描かれている。しかもそれを単に横へ連続させるだけではなく、季節の移り変わりがそれとなく感じられるようになっている。雪舟の構図に対する綿密な意図が現われているところである。

平城宮跡、西大寺:奈良・大和路を歩く

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(当麻寺参道)

庭前の沈丁花に春の気配を感じ、そぞろに旅情を搔き立てられしかば、奈良・大和路を歩まんとて、背嚢に身の周りのものと薬袋をつめ、杖をひいて家を出でぬ。時に平成廿九年初春のことなりき。

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この当時のタヒチのゴーギャンとしてはめずらしく、Pastorales Tahitiennes とフランス語で題名をつけたこの絵を、ゴーギャンは大変に気に入り、1892年の12月にモンフレーに宛てて書いた手紙の中で、「これまで最高の出来栄え」と誇った。

板垣退助と大隈重信は、日本の政党史の冒頭を飾る二大巨頭である。板垣は自由党の創始者として、後の政友会につながる政党の伝統を作ることに貢献し、大隈は改進党の創始者として、これは後の憲政党の流れにつながった。この二つの党は、いずれも日本のブルジョワ層の利害を代表していたといえるが、どういうわけか仲が悪く、いつも喧嘩ばかりしていた。だから板垣と大隈が手を結んで所謂隈板内閣を作ったことは、歴史の皮肉の一つに数えられる。しかしもともと天敵同士だったものが何時までも一緒にもつわけもなく、この隈板内閣はわずか数ヶ月の短命で終わったのだった。

鈴生と少年時代を回顧する

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鈴生とまた例の寿司屋で飲んだ。彼最近腰痛が悪化して居ても立ってもいられぬ日が続いたが、今日はなんとか歩くことが出来るようになったそうだ(痛め止めの効果もあるらしい)。そのついでにご母堂を近所の老人施設にショートステイさせたそうだ。なにしろ何ヶ月も風呂にも入らず寝たきりに近い状態なので、たまにはこういうところに入れて、オーバーホールをせねばならぬからね、ということだった。そのご母堂は今年九十九歳になり、痴呆の程度も大分進んできたが、あんたのことはまだ覚えているよ。今晩一緒に飲むと言ったらなつかしそうな顔をしていた。そう鈴生は言って、この調子だとまだ大分先まで生きそうだ、俺のほうが早く死にそうだし、またそう願いたいものだ、生きているのがもう面倒になった、と弱音を吐く。

陸奥への旅(四)白河の関:西行を読む

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白河の関から先が陸奥である。そこに立った際の感慨を、西行は次のように山家集に記している。
「みちのくへ修行してまかりけるに、白川の関に留まりて、所柄にや、常よりも月おもしろくあはれにて、能因が秋風ぞ吹く、と申しけん折、何時なりけんと思ひ出でられて、名残多くおぼえければ、関屋の柱に書きつけける
  白川の関屋を月のまもる影は人の心を留むるなりけり

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1932年公開の映画「暗黒街の顔役(Scarface)」は、前年公開の「犯罪王リコ」、「民衆の敵」と並んで1930年代アメリカギャング映画の傑作である。ギャング同士の抗争が、前二作以上になまなましく迫力を以て描かれており、その後のギャング映画に大きな影響を与えた。その影響は1970年代に大ヒットした「ゴッドファーザー」や日本のやくざ映画「仁義なき戦い」シリーズにまで及んでいる。ギャング映画はそれ自体がハードボイルド・タッチだが、これは究極のハードボイルド・ヴァイオレンス映画である。

雪舟の山水長巻(二)

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山水長巻の特徴は、四季の季節の変化が明瞭に表現されていることだ。そしてその季節の交代が、それとわかるように描かれている。春から夏への交代は、霞のたちこめた山中の景観から、ゆったりと水をたたえた湖畔の景観への転換として示される。

安倍公房「燃えつきた地図」

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すぐれた小説の重大な要素として、小説を締めくくる最後の言葉がある。安倍公房の小説「燃えつきた地図」は、次のような言葉で終わる。「轢きつぶされて紙のように薄くなった猫の死骸を、大型トラックまでがよけて通ろうとしているのだった。無意識のうちに、ぼくはその薄っぺらな猫のために、名前をつけてやろうとし、すると、久しぶりに、贅沢な微笑が頬を融かし、顔をほころばせる。」

いわゆる森友事件を巡って、森友の理事長が現職の総理大臣から、その妻を通じて100万円の寄付を受けたと証言したことについて、当該総理大臣はこれに強く反発し、「これだけ多額の寄付を私が行うことはあり得ない」と否定したそうだ。しかし事実を否定するのなら、単に「なかった」といえばすむことだ。それをわざわざ「あり得ない」というのは、聞く者の耳に異様に聞こえるのではないか。

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ゴーギャンは、「悪魔の言葉」でイブのイメージを暗示的にあらわしたが、「かぐわしき大地(TE NAVE NAVE FENUA)」と題した絵では、それを明示的に表した。ここで描かれているのは、タヒチのイブのイメージなのだ。

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ジェームズ・キャグニーは、エドワード・G・ロビンソンと並んで、1930年代アメリカギャング映画を代表する俳優である。二人とも、小柄ながら不敵な面構えで、いかにもたたき上げのギャングといった風格を感じさせる一方、人間的な弱さも感じさせて、複雑な陰影を漂わせた。そこがアメリカギャングの心意気を感じさせたのだろう。ギャングスターといえばこの二人が自然と浮かび上がるほど、人々に受け入れられた。そんなキャグニーにとって、「民衆の敵(The Public Enemy 1931年)は、彼を一躍スターダムにのし上げた作品である。

私と他者:サルトルの対他存在論

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他者(人間としての)の問題は、デカルト以降の認識論的哲学の伝統の中では最大のアポリアだった。デカルトの提起した前提の上では、他者は自立した存在としての基盤を持たない。他者は私によって構成されるというかぎりで、無機物や動物と何ら変ることはなかった。要するに、私に対して従属的な関係にある、私の付属物のようなものだったわけだ。ところがサルトルは、私を他者に対して従属的な立場に置き、私を他社の付属物に転化させることで、私と他者との関係を逆転させた。そして、そのことによって、他者の問題に光を当てようとした。それが「存在と無」の中で展開される「対他存在論」である。

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マタイエアの海岸は、さんご礁の砂洲に囲まれて、内海のようになっている。だから泳ぐには都合がよい。この絵は、その海辺で遊ぶ女たちと、銛で魚をとる男を描いている。

伊藤博文と山縣有朋は、長州閥の巨魁として明治の政治を牽引した。服部之総は明治維新を、徳川封建体制から薩長藩閥勢力への権力の移行というふうに捉えているが、その権力に形を与え、それを強固なものに仕上げていくについて、伊藤と山縣が中心的な役割を果たしたと見ている。しかしてこの二人には、彼らの性格を反映したかのような、明確な役割分担が見られる。伊藤は新たな権力に形を与え、山縣は新たな形を与えられた権力を操縦して、藩閥政治を貫いた、というわけである。

「西行物語」は、西行が隠者と出会った話を語っている。この隠者は、九十歳を超えた老人で、武蔵野の人里離れた原野に庵を結び、そこで読経三昧の生き方をしているように見えた。西行がその素性を聞くと、自分はもと郁芳門院に仕えていた侍だったが、女院の死後出家して諸国を修行して歩くうち、ここ武蔵野の野が仏道修行の隠れ家に便ありと聞いて、ここに庵を結んで、以来六十余年の間読誦して過ごした、その数は七万四部だ、と答えた。西行も郁芳門院とは縁があったので、互いに語り合って夜を過ごした、というような話である。

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1930年代のアメリカでギャング映画が多数作られたのには、それなりの背景がある。1920年に禁酒法が施行されると、全米で密造酒の売買が横行し、その利権にギャングたちが群がって、この連中の無法行為が市民の目にあまるようになった。アル・カポネといった伝説的なギャングが大活躍したのは、この禁酒法の時代だ。ギャングたちは互いに反目しあって派手な抗争を繰り返したが、それが映画にとってはスリルに富んだ材料を提供することとなった。1930年代のギャング映画は、そうしたギャングたちの生態に焦点を当てたものが多い。

雪舟の山水長巻(一)

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今日「山水長巻」として知られる雪舟の四季山水図巻は、何点か伝わっている雪舟の山水図巻の最高傑作であるとともに、雪舟の画業の頂点をなすものだ。縦四十センチにして十六メートルにも及ぶこの長大な図巻のうちに、雪舟は己の画法の粋を注ぐとともに、絵を通じて己の人生観のようなものを表現して見せた。あらゆる意味で、雪舟の雪舟らしさが集約された作品といえる。

安部公房「他人の顔」

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安部公房は、処女作「壁」の中で、名前を失った男の話(S・カルマ氏の犯罪)や影を盗まれた男の話(バベルの塔)を書いたが、それらは人間にとってアイデンティティとは何かという、ある意味根本的な問題を取り上げたものだった。そういう意味では非常に理屈っぽい作品だったわけだ。「他人の顔」も、大やけどがもとで生まれながらに持っていた顔を毀損してしまったという意味で、本来の顔を失ってしまった男の話であり、顔というものが人間にとってもつ決定的な意義を考えれば、やはりアイデンティティの危機についての話だということができる。しかもその危機へのこだわりが、前の二作品におけるよりも深化しているという点で、理屈っぽさは一層先鋭化している。この小説は、小説でありながら、ある人物の、自分の存在意義についての、堂々巡りを思わせるような、長たらしく、かつネトネトとしたつぶやきからなっているのである。

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ゴーギャンは「死霊が見ている」で、死霊におびえているテウラの裸の姿を描いたが、この「悪魔の言葉(Parau na te Varua ino)」では、悪魔に語りかけられているテウラの裸体を描いている。ゴーギャンは「ノアノア」の中でタヒチの神話についてかなりくわしく触れているが、悪魔については触れていないので、この絵のイメージが何を物語っているのか、判然としない。

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1916年のアメリカ映画「イントレランス(Intolerance)」は、「国民の創生」と並ぶグリフィスの代表作で、映画技術の発展の上で大きな意義を持つとされる作品だ。そうした意義を別にすれば、この映画はつかみどころのない作品である。題名にあるとおり「不寛容」をテーマにしたものだが、何故グリフィスが「不寛容」をテーマにした映画を1916年に作ったか。その意図がいまひとつ明らかでない。1916年といえば第一次世界大戦の最中で、人類の歴史の上でももっとも激しい不寛容が支配した時代だった。ところがこの映画は、そうした同時代への視線が全く感じられない。この映画は、不寛容を人間の悪徳の一つとして、それを百科事典的な関心から説明しているようなところがある。

嘔吐:サルトルの哲学小説

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長編小説「嘔吐」は、サルトルの初期の活動を代表するものと言ってよい。彼は、「想像力」などの哲学論文や何遍かの短編小説を通じて、彼なりの存在論を展開していたが、この「嘔吐」はそうした試みを集大成しようとしたものだ。「しようとした」というのは、この小説が必ずしも、彼の意図を十全に実現したものとまではいえないからだ。どこか不消化な部分を感じさせる。そのことで、思想の開陳としては中途半端だし、小説としてはぎこちなさを感じさせる。

陸奥への旅(二)富士の煙:西行を読む

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清見潟を過ぎると、やがて左手に富士が見えてくる。「西行物語」は、業平の歌「時しらぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ」に言及しながら、富士の威容を叙述する。「遥かに富士の高嶺を見上ぐれば、折知り顔の煙立ちのぼり、山の半ばは雲に隠れ、麓に湖水をたたへ、南には効原あり、前には蒼海漫々として、釣漁の助けに便りあり」

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D・W・グリフィスが1915年に作った「国民の創生(The birth of a nation)」は、世界の映画史上特筆されるものだ。それは主に映画編集の技術上の進歩に貢献したという理由からである。グリフィスはこの映画の中で、クロスカッティング、クローズアップ、カットバックといた多彩な技術を駆使することで、従来の映画には見られなかったダイナミックな映画作りに多大な影響を及ぼした。そのためにグリフィスはアメリカ映画の父と呼ばれる光栄に浴している。

いま日本中で大騒ぎになっている森友学園問題。これが海外にどう見られているか。どうでもよい事かもしれぬが、多少は気にかかるのが人情というものだ。そこで海外メディアのWEBサイトを色々当ってみたが、Economistのものが一番オーソドックスな反応だと思われたので、それを後学のために引用しておきたい。

花鳥図屏風(左隻):雪舟

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花鳥図屏風の左隻は冬景である。左側の前景に雪をかぶった梅の木を配し、遠景に白い雪山を展開させて、そこに溶け込ますようにして、白鷺と鴨を描いている。鴨は泳いでいるので、当然凍っていない水の上だ、雪山も湖沼も白く描かれている為に、その境界がはっきりしないが、そのはっきりしないところが、冬の雰囲気をよく出している。

トランプの泥仕合戦術

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トランプがツイッター上で、例の調子でオバマを罵った。大統領選挙期間中に、トランプタワーにある自分のオフィスに盗聴器を仕掛けるよう命令したというのだ。だがその根拠は何も示していない。極右プロパガンダメディア、ブライトバートの記事が唯一の根拠らしい。トランプ自身も信じているかわからないこんなガセネタを使って、何故こんな攻撃を仕掛けたのか。

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テウラとの生活は、ゴーギャンにとって幸福な毎日だったようだ。彼女は年のわりに大人びていて、ゴーギャンが仕事をしているときは黙って邪魔をしないようにつとめ、暇なときには現地の神話を語ってくれたりした。そんな折に、テウラが神話の中に出てくる死霊に脅かされるという出来事が起った。それをゴーギャンは「ノアノア」のなかで次のように書いている。

服部が陸奥宗光を明治を代表する政治家の一人に数えたのは、陸奥自身の業績によるというよりも、原敬及び星亨という、日本の政党政治の礎を築いた人物とのつながりに注目したからであるらしい。陸奥自身の業績については、服部は、官僚としては有能だったが、政治家としては無能だったというようなことを言っている。というのも彼は、明治十一年に内乱罪で有罪判決を受けて入獄しているほど、政治音痴だったからだ。ぬかりのない政治家ならそんな目にはあわなかった、と言いたいようである。原が陸奥と初めてあったのは、陸奥が宮城監獄に入っていた明治十四年のことであった。ここで二人は意気投合したらしく、陸奥が出獄して官界に復帰するや、原は陸奥の贔屓で官界入りしている。

限定核戦争はありうるか

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米国防総省の付属機関がアメリカの核政策についての提言を行ったそうだ。その柱は二つ、一つは新たな核兵器の開発を目的に核実験を再開すること、もう一つは小型核兵器を用いて敵の戦争能力を破壊するために限定的な核攻撃(限定核戦争)の可能性を追求することだ。

陸奥への旅(一)清見潟:西行を読む

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西行は、生涯に二度陸奥への大きな旅をしているが、最初の旅は、天養元年(1144)数え年二十七の年のことだった。その二年前には、待賢門院の落飾を記念して法華経の書写を有力者に勧めて歩いたことが藤原頼長の日記に見える。それにひと区切りついたことで、修行を更に深める為に、陸奥への大旅行を試みたというふうに映るが、この旅にはもう一つの動機が隠されていたようである。それは能院法師の跡をたどるというものだった。旅の僧として知られる能院法師は、陸奥に大きな旅をして、各地の風景に接しては歌を読んだ。その境地を自分もまた味わって見たい、そうした動機が働いて、陸奥への旅を決意したことは十分にありうる。

赤い橋の下のぬるい水:今村昌平

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「赤い橋の下のぬるい水」は、潮吹きと呼ばれる異常体質の女とリストラで首を切られた冴えない男との切ない恋を描いた映画だ。潮吹きというのは、筆者は出会ったことがないので実感がわかないのだが、女が性交時に出す愛液の量が異状に多いために、あたかも潮が吹いているように見えることだという。この映画の中の潮吹き現象は、生半可なものではなく、抱き合っている男女の周辺が水浸しになるほどなのだ。これは、正常と異状との境界を踏み越えて、明らかに異状の領域に大きく傾いているので、それを見ているものは、そこにシュールなものを感じる。そのシュールさが男にも気持ちがよいらしく、この男女は潮吹きの水を通じて深く結ばれるのだ。

花鳥図屏風(右隻):雪舟

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雪舟筆と伝えられる図屏風が二十点ほど伝わっている。そのうちの何点が真筆かどうか、確定はしていないが、趣向や筆致などから雪舟真筆の可能性が非常に高いものが何点かある。ここに紹介するのはそのひとつで、雪舟らしさが指摘されている。

安部公房「砂の女」

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「砂の女」は、安部公房の最初の本格的長編小説だ。「壁」や「デンドロカカリア」などの短編小説で、カフカ風の不条理文学を手がけてきた安部が、この小説では「世界の不条理性」を前面に押し出して、本格的な不条理文学を追求した、というふうに語られるのが普通だが、ただ不条理だけを売り物にしたのでは、なぜあんなに大きな旋風を巻き起こしたのか、すっきりと説明できないところもある。この小説が発表されたのは1963年のことで、日本社会はいわゆる「戦後」から脱却しかかっていたが、戦争体験はまだ多くの人の心に生き残っていたし、戦後の混乱の記憶も消えてはいなかった。戦争から戦後にかけての日本人は、ある意味カフカ的な不条理性よりさらにひどい不条理性に直面していたといってよく、そうした不条理への記憶が多くのすぐれた文学を生み出した原動力にもなった。戦後の日本文学というのは、その前後の時代と比較して、きわめて旺盛な活力を誇ったといってよいが、そうした文学的活力は、戦中から戦後にかけての日本社会を覆っていた不条理性に根ざしていた、という面もあった。安部のこの小説は、そうした時代の空気を色濃く反映していたことで、ある種の時代批判になっていたわけで、それが同時代の日本人に支持されたのではないか。

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ゴーギャンは、第一次タヒチ滞在中に、現地人の少女を妻にした。テウラという名の十三歳の少女で、ゴーギャンは偶然彼女と出会い、一目見て妻にすることを決心したのだった。「ノアノア」には、その折の様子が次のように記されている。

うなぎ:今村昌平

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今村昌平の映画「うなぎ」は、「楢山節考」につづいて今村にとっては二度目のカンヌ映画祭グランプリを取った。それには相応の理由があったと筆者は思っている。この映画は、いわゆる寝とられ亭主の悲哀を描いた作品なのだが、この寝取られ亭主というのは、フランスの文化的伝統のようなもので、従ってフランス人の関心にも高度なものがある。この作品はその高度な関心を見事に満足させたことで、フランス人から「パルム・ドール」に相応しいと判断されたのだと思う。「楢山節考」が、親捨てという日本独自の文化を通じてフランス人に訴えたとすれば、この映画は寝取られ亭主という日仏に共通するテーマを通じてフランス人の心を捉えたのであろう。

サルトルの短編小説

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サルトルは、論文「想像力」によってまず哲学者として登場したが、彼の名を高からしめたのは何本かの短編小説と一遍の長編小説だった。それらは文学の形式を通じて哲学を語ったといった体のもので、たしかに珍しさはあったが、文学作品としては奇妙な代物だったといえなくもない。ともあれ、これら一連の文学作品を通じて、サルトルは変な人間だという印象を世間に与えたようだ。

二見が浦:西行を読む

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「西行物語」は、西行は伊勢参拝の折に二見が浦に庵を結んだと書いている。二見が浦というのは、五十鈴川が流れこむ付近の海岸であり、伊勢神宮とは近かった。海上に夫婦岩があることで有名である。そこに西行は庵を結んだというのだが、西行がそこに庵を結んだのは、最初の伊勢参拝のときではなく、晩年に近い頃のことだったというのが、今日の通説のようである。

黒い雨:今村昌平

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井伏鱒二の小説「黒い雨」といえば、原爆の悲惨と被爆者の苦悩を描いた文学の代表的なものと言える。筆者も昔読んだときには、しばらくの間沈うつな気分から脱せられなかった。それほどシリアスな雰囲気の作品である。ところがそのシリアスな作品を、笑いの精神を常に忘れたことのない今村昌平が映画化するというのはミスマッチな感じがしないでもない。およそ笑いとは縁のない世界を、世の中を笑い飛ばしてきた今村が、どのように表現するか。

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