渡辺将人「アメリカ政治の壁」

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渡辺将人は、アメリカの政治の現場に長く身を置いた経験があるというので、この書物はそうした彼の経験に裏打ちされた現実感にあふれており、近年のアメリカ政治についてのリアルな展望を得ることができるのではないか。アメリカの政治といえば、共和党が保守を代表し、民主党がリベラルを代表し、両者がそれぞれの理念を掲げて対立しあうという構図を思い浮かべがちだが、渡辺はこの対立軸よりも、理念の民主制と利益の民主制の対立という視点からアメリカ政治を読み解こうとする。彼によれば、保守もリベラルも自由主義という大きな理念を前提とした、小さな理念の対決であって、それだけではアメリカ政治を正しくとらえることは出来ないと言うのである。

理念の政治というのは、言葉どおり、政治的な理念を大事にする立場であり、利益の政治というのは、社会集団ごとの経済的・社会的・政治的な利益を重視する立場である。渡辺は、共和党を理念の政治、民主党を利益の政治をそれぞれ推進してきたと、大雑把なくくり方をしている。これは筆者には意外に聞こえた。民主党がリベラルな理念を掲げる理念重視の政党であり、共和党は白人の利益を代表する利益政党だと思っていたからである。

渡辺によれば、共和党こそは保守主義の理念にこだわる理念政党であるのに対し、民主党は、エスニシティ、労働組合、マイノリティなどの様々な社会集団の集団的な利益の実現を通じて政治的な支持を取り付けてきた点で、利益政党ということになるらしい。こういうくくり方に立つからこそ、「アメリカにおける根本的な護憲派はリベラルはではなく保守派である」と言えるわけである。こういう言い方をされると、筆者などは軽いショックを受ける。

しかし近年のアメリカでは、この二つを中心とする対立軸が曖昧になってきているとも渡辺はいう。民主・共和両党とも、理念の政治と利益の政治とが混ざり合い、複雑な様相を呈してきている。民主党については、様々な社会集団の利益を代表しようとすれば、おのずから分裂への遠心力が強くなるわけであり、それを回避して団結を維持しようとすれば、高い次元の共通利益を持ち出さなくなるが、それは理念的な色彩を帯びざるを得ない。利害の異なった人々をまとめるのは理念よりほかに相応しいものはないからだ。

一方共和党については、小さな政府と個人の自由という理念を党是とした理念政党の色彩が伝統的に強く、リバタリアンはその極端な発現だったわけだが、これをあまりに追及しすぎると、巨大な支持基盤である保守的なプアホワイト層の支持を失いかねない。そこで彼らの支持をつなぎとめるために、利益誘導的なこともせざるを得なくなる。トランプが爆発的な人気を集めたのは、彼がこうした保守的なプアホワイト層の熱烈な支持を集めたからだ。要するに民主党のお家芸だった利益の政治を、共和党の非主流であるトランプが実践し、成功したというわけである。

渡辺がこの本を書いたのは昨年(2016年)の夏のことであり、その時点では大統領選挙が進行中で、まだ帰趨が明らかでなかった。にも拘らず渡辺はトランプが大統領になることを、かなり高い蓋然性を以て予想していたフシがある。その時点では世界中がトランプの勝利を予想していなかったので、これは渡辺の眼光の鋭さを物語るものだろう。筆者などは、共和党という政党が白人層に偏って立脚しているかぎり、その未来はあやういと思っていたものだが、トランプがそんな思いを吹き飛ばした。そこに筆者はアメリカ政治の奥の深さを感じたりもする。

この本を読むと、支持基盤を統合し、政党としてのアイデンティティを保つことに苦労しているのは、共和党ではなく民主党のほうであり、従って民主党の未来はそう楽観的ではない、という気にさせられる。






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