東京の女:小津安二郎

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小津の1933年のサイレント映画「東京の女」は、わずか50分足らずの小品である。こんなに短いのにはわけがある。映画会社のローテーションの都合で、やっつけ仕事をしたためだ。小津は脚本もろくに用意しないで、たったの九日間でこの映画を仕上げたという。それでこんなに短くなった。映画としての体裁が整えばよかろう、という配慮だけで成立した作品なのだ。小津は同時期に「非常線の女」を平行して製作していた。映画監督としての精力は、もっぱらそちらのほうに注いでいたらしいのである。

短いやっつけ仕事と言っても、それなりに鑑賞に耐えるのは、さすがは小津の力量だ。この映画は小津としては珍しく、弟のために犠牲になる姉の苦悩を描いている。この姉(岡田嘉子)は、弟(江川宇礼雄)が大学を卒業して出世することだけを希望に生きているのだが、そしてそのために自分の身を犠牲にして売春めいたことまでしているのだが、そんな姉の本当の姿を知った弟が、姉を散々に責めた挙句自分は自殺してしまう。ただ一つの望みだった弟に自殺された姉は、なんのために今まで生きてきたのか、途方にくれるというもので、溝口が好みそうなテーマだ。本来そういうセンチメンタリズムとは無縁だった小津が、目いっぱい湿っぽいものを作ったというので、この映画は、小津映画の系列の中ではきわめて異色である。

この映画の最大の売りは、なんといっても岡田嘉子だ。岡田は共産主義者の杉本良吉との激しい恋に陥り、ソ連に亡命したことで一躍時代の脚光を浴びた。恋に生きた女として、よかれ悪しかれ日本の女の一つの典型像を人々に示したものとして、恐らく日本の歴史に長く名を残すことになるだろう。その彼女がこの映画の中では、弟のために自分を犠牲にするけなげな女を演じている。そんなけなげさというか、生きる姿勢のまぶしさのようなものもあって、彼女はすさまじく美しく見える。日本の映画女優の歴史のなかで最も美しいといってもよいくらいだ。

岡田に比べると、弟の恋人役をつとめた田中絹代は精彩がない。彼女は兄から岡田についての悪い噂を聞き、それをストレートに江川に話してしまうのだ。話を聞いた江川は俄に情緒不安定になり、自分を持しきれなくなって自殺してしまうのである。自殺する江川はだらしがないが、右から聞いた話を左から抜けさすのではなく、わざわざ噂の当人の、一番大切で、しかも自分の恋人にあたる男に、ポロリと漏らしてしまう田中は、アホとしか言いようがない。実際この映画の中の田中の表情はアホらしく写っている。これも彼女の演技力の一つの現われなのかもしれないが。






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