トランプのアサド政権軍爆撃は熟慮の結果か?

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トランプが、シリアのアサド政権の軍事拠点への爆撃に踏み切った。理由はアサド政権による市民への無差別な毒ガス攻撃が一線も二線も超えたということだ。一見理屈にかなった判断のように見えなくもないが、果して今回のトランプの措置は、熟慮の結果だったのか。どうもそう見えないところに、恐ろしさを覚える。

トランプはこれまでアサド政権に対して融和的な姿勢をとってきた。またアサド政権の後ろ盾であるロシアに対しても好意的な姿勢をとってきた。それが一夜にして態度を豹変させ、アサド政権を直接的に爆撃し、場合によっては、アサド政権と行動を共にしているロシア軍をも攻撃している可能性が強いという事態になったわけだ。

いくら相手が無法な行為をしたからといって、条件反射的に反応するというのは、大国の行動としては、危なさを越して、脅威を感じさせる。国際紛争というものは、感情をもとに対応するものではなく、理性的に対応すべきものだ。しかも相手のあることだ。その相手の出方をろくろく見極めないで、怒りに駆られるままに攻撃するというのは、どう見ても分別ある大人のやることではない。これではまるで、一昔前の西部劇に出て来たマッチョな無頼漢と変わるところがないではないか。

こんな調子では、北朝鮮に対しても同様の行動に出る恐れがある。しかし、北朝鮮はシリアのアサド政権とは違う。アサド政権は、対米的には非対称的に弱い立場にあり、アメリカが何をやっても有効な反撃をする能力に欠けているが、北朝鮮はそうではない。一定の報復能力をもっている。だからそういう国に対して、刹那的な攻撃を仕掛ければ、それ相応の報復措置を受けることを覚悟しなければならない。別に北朝鮮を攻撃してはいけないとはいわぬが、それには熟慮に熟慮を重ね、日本や地域の関係国との十分な協議もして欲しい、と言っておきたい。






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