浅瀬:ゴーギャン、タヒチの夢

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1901年の9月に、ゴーギャンはタヒチの北東1500キロにあるマルキーズ諸島のヒヴォア島にやって来た。そこでゴーギャンは白人社会の一部から熱烈な歓迎を受けた。彼らはタヒチの官僚制や中国人社会をゴーギャンが(レ・ゲープ上で)痛烈に批判したことに敬意を表したのだ。

ゴーギャンは早速原住民と仲良くなり、幼い現地女を妻にして、「快楽の家」と名づけた小屋を建ててそこで安楽な生活をした。というのも、ヨーロッパでは彼の絵が高く売れるようになり、金には困らなくなったからだ。

1903年の5月に心臓発作で死ぬまでの、この島での人生最後の二年足らずの間を、ゴーギャンは比較的旺盛な創作活動に費やした。憂鬱なタヒチから解放されて、一時眠っていた彼の創作意欲が、ヒヴォア島の豊かな自然と土地の人々の純朴な心に接してよみがえったのだろうと思われる。

「浅瀬」と呼ばれるこの絵は、海岸近くの浅瀬を馬で疾走する二人の騎手を描く。樹木の林を間に挟んで、遠景には波の飛沫をあげる海の勇壮なさまを描き、手前には馬に跨った二人の騎手を描く。樹木の肌や浅瀬の水などを、色価の低いブルーで塗ってやや幻想的な雰囲気を演出しながら、人間の肌や植物の一部を暖かい色合いで描くことで、寒暖のコントラストを、しつこくならない程度に強調している。

なおこの絵は、デューラーの銅版画「騎士と死と悪魔」に着想を得たと言われる。

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これは、騎手の部分を拡大したもの。左手の騎手の顔はいかにものっぺらぼうで、タヒチの死霊ツパパウを思い起こさせる。(1891年 カンヴァスに油彩 73×92cm プーシュキン美術館)






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