メランコリー:ムンクの不安

| コメント(0)
munch1892.2.1.jpg

「メランコリー」と題するこの絵は、自然の中で絶望する男のイメージを表現したもので、1890年代の初期に、ムンクがたびたび描いたモチーフだ。このヴァージョンでは、男の頭部だけが絵の右手片隅に描かれているが、別のヴァージョンでは、立ったままうなだれた男とか、背中を丸めて座っているものもある。

このように、男の頭部だけを切り取って、しかも画面の端のほうに配置するというのは、ヨーロッパの絵画の伝統にはなかったことだ。ムンクがこういう構図を思いついたのは、男の頭の中にあるイメージを表現したかったからではないか。この絵の中のイメージのうち、本物は男の顔だけであり、その他はその男の内的世界を現わしたものだと訴えているようである。

そんなことからこの絵は、表現主義の走りといえるかもしれない。絵画における表現主義運動は、二十世紀初頭のドイツで始まるが、ノルウェー人のムンクは、それに先駆けて、表現主義の特徴である人間の内面性を表現するような傾向の作品を作っていたわけである。

背景の空に、白い筋のような雲が流れているが、これはノルウェーの海岸に特徴的な実景だという。その空の下で、海に突き出た桟橋に、白いドレスの女性がたたずんでいる。この女性と手前の男との関係が、ムンク自身の女性体験を反映しているという見方もある。

munch1892.2.2.jpg

これは、男の顔の部分を拡大したもの。頭を抱えた男には、ほとんど表情がない。また、陰影も奥行きもなく、人間の生きた顔とは思えないほどだ。表情を生き生きさせると、絵のほうが意図を離れて死んでしまうとムンクは思ったのだろう。

(1892年 カンヴァスに油彩 64.5×96cm オスロ国立美術館)






コメントする

アーカイブ