ウンターデンリンデン、ブランデンブルグ門:独逸四方山紀行

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(ベルリンの壁博物館)

イタリア料理を食ひて後、シャルロッテン・シュトラーセを南の方角へやや歩みたるところに壁博物館(マウアー・ムゼーウム)あり。いはゆるベルリンの壁に関する情報やら映像を集めをる処なり。ベルリンの壁設置されて以来撤去されるまで数十年間のドイツ史を世界史のなかに位置づけするなり。館外にはベルリンの壁の遺構あり、博物館と一体となりドイツ現代史に焦点をあてをるなり。

この博物館別名をチェックポイント・チャーリーといふ。ドイツ分裂時代このあたりに東西ドイツの国境検問所あり。チェックポイント・チャーリーとは西側の検問所なり。これドイツ分断の象徴たりしによって、今日壁博物館の別名となれる由。

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館内に立ち入るに、巨大な展示空間迷路の如く拡がり、分断時代の遺物夥しく展示せられてあり。その多くは、自由を求めて国境の壁を越えんとする人々の熱望を物語れり。なかでもトランクに詰められたる少女の模型の如きは、自由を求める人の執念を感じさせて、見るものをして慄然とせしめたり。また、かのブレジネフとホーネッカーの接吻を写したる映像あり。この二人が接吻せる眺めは背筋の寒くなるが如き陰惨さを帯びたり。なほ、この二人の接吻、トランプとプーチンの接吻を描ける落書の原イメージとなりしこと、いまや世界共通の認識なり。

壁美術館を辞して後、フリードリッヒ・シュトラーセを北上す。このシュトラーセ、ドイツ統一後もっとも激変せる通りといふ。いまは繁華なるオフィス街に変貌す。途中ソフトクリームを買ひ食ひつつ歩き続け、やがてウンターデンリンデンに至る。

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ウンターデンリンデンはベルリン最大の目抜き通りにて、国会議事堂はじめ多くの歴史的建造物建ち並びたり。ベルリンの象徴ともいふべければ、ベルリンを訪れる人は必ず立ち寄るなり。かの鴎外漁史もベルリンに足を運びたる際初めてこの通りを訪れ、その折の感動を小説舞姫に描きたり。すなはち次の如し。

「余は模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、忽ちこの欧羅巴の新大都の中央に立てり。何等の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色沢ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思はるれど、この大道髪の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く隊々の士女を見よ。胸張り肩聳えたる士官の、まだ維廉一世の街に臨めるまどに倚り玉ふ頃なりければ、様々の色に飾り成したる礼装をなしたる、妍き少女の巴里まねびの粧したる、彼も此も目を驚かさぬはなきに、車道の土瀝青の上を音もせで走るいろいろの馬車、雲に聳ゆる楼閣の少しとぎれたる処には、晴れたる空に夕立の音を聞かせて漲り落つる噴井の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てゝ緑樹枝をさし交はしたる中より、半天に浮び出でたる凱旋塔の神女の像、この許多の景物目睫の間に聚りたれば、始めてこゝに来しものゝ応接に遑なきも宜なり。されど我胸には縦ひいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動さじの誓ありて、つねに我を襲ふ外物を遮り留めたりき」

文中髪の如きウンテル・デン・リンデンとあるは、通りの両側を飾るリンデンバウムの深き緑を指すと覚えたり。

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そのリンデンバウムの並木を眺めつウンターデンリンデンの通りを進み、ブランデンブルグ門に向かふ。ブランデンブルグ門は、プロシャ軍の凱旋門として十八世紀末に作られたり。列柱を大胆にあしらひたるドイツ人好みのギリシャ風擬古主義建造物なり。これをドイツ人の芸術精神のあらはれと見るか、あるひは俗物根性のあらはれと見るか、見る人ごとに見解異なれるべし。

門前の広場に人だかりす。なにごとかと思へば、さる市民団体の政治的示威行動なりといふ。竹馬に跨りたる道化がさまざまなパフォーマンスをなせるなり。ドイツにては、かかる示威行動日常的に行はれ、官憲も神経をとがらせること少なしと聞けり。

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ブランデンブルグ門の北側には、ドイツ連邦議会議事堂立ちたり。これもまた歴史の舞台になりしところなり。ナチスがこの建物に放火し、共産党の仕業と見せかけたうへ、それを口実に反対勢力の大弾圧を行ひ、独裁権力樹立のきっかけとなせしは千九百三十三年のことなり。

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また門の南側に接する広場には、ホロコースト記念碑なるものあり。石のモニュメントを二千柱ほど林立せしめ、それぞれのモニュメントをしてナチスによるユダヤ人虐殺を象徴せしむるといふ。モニュメントの合間を逍遥するに、おのづから厳粛なる雰囲気の漂ふを感じたり。

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折から午後三時なり。疲労と高温とのために、一同体調はかばかしからざれば、これにてとりあへず観光を中断し、一旦ホテルに戻り休憩せんと欲す。すなはちブランデンブルグ門近くにてタクシーを拾ひ、セーネフェルダー・プラッツに立ち戻り、宿所近くのカフェの屋外席にてメロンジュースを飲む。凍り水の如く冷たく、すこぶる痛快なる気分になりたり。ホテルの部屋に戻りて後は、銘々一時間半ほど午睡をなせり。余は日記の整理に時間をあてたり。






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