幸福への憧れ:クリムトのベートーベン・フリーズⅠ

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1902年、クリムトら分離派の芸術家が14回目の展覧会を開催した。テーマはベートーベンを中心にして総合芸術を追及しようというものだった。この当時、ベートーベンの名声は比類ないまでに高まっており、ワーグナーの音楽、ブールデルのマスク、ロマン・ローランの伝記などを通じて、ベートーベン礼賛が沸き起こっていた。分離派はこの動きに乗り、彫刻、音楽、絵画など様々な芸術を総合して、ベートーベンという偉大な人間をたたえようとしたわけである。

展覧会場の中心部にはクリンガーによるベートーベン像が置かれ、内部の壁面にはクリムトによる絵画が描かれた。その壁画をベートーベン・フリーズという。これはある一定のテーマにもとづいて、いくつかの場面が壁から壁へと連続的に展開するというものである。壁面は三面に別れ、それぞれ漆喰面の上に直接描かれた。素材にはカゼイン塗料、着色スタッコ、金メッキなどが用いられた。サイズは、それぞれの高さが220cm、全長が2400cmという巨大なものであった。

第一の長い壁には、幸福への憧れと、弱者による強者への願いが描かれ、第二の壁には人間に敵対する諸勢力が描かれ、第三の壁には戦いに勝利した人間の歓喜の様子が描かれる。これはベートーベンの第九交響楽をイメージしたものと言われている。

クリムトなりに意欲的な作品であったわけだが、一般の評価はさんざんなものだった。グロテスクで退廃的だというのが大方の批評だった。そんなこともあって、この展覧会は、財政的には大失敗だったという。

この絵はもともと、展覧会向けに作られたもので、保存を予定していなかったのだが、幸いに破棄されることなく保存された。しかし長い間一般の日の目を見なかった。修復されたうえで公開されたのは1986年のことである。したがってこの絵は、クリムトの作品のなかでも知名度が低かったのだが、公開されるやすぐさま、そのすぐれた芸術性が高く評価されるようになった。

上の絵は、第一の壁画の一部。弱者の苦悩と強者である騎士の勇ましい姿が描かれている。この騎士が弱者の味方となって、人類に敵対する勢力と戦うというのが、この絵の直接的なメッセージである。

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これは弱者である女性と騎士の表情の部分を拡大したもの。女性は騎士に助力を懇願し、騎士はそれに応えて戦いに備えていると解釈されるが、右側の女性の表情などは、懇願しているというより、騎士の雄雄しい姿にしびれているといった感じである。

(1902年 漆喰面にカゼイン塗料等 高さ220cm ウィーン 分離派館)






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