東京オリンピック:市川崑の記録映画

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1964年東京オリンピックの公式記録映画は市川崑が作った。公式記録映画であるから、政府の金も入っているし、いろいろと注文を受けやすいということもあった。実際出来上がった作品を関係者に試写して見せたところ、さんざんなことを言われた。某大臣などは、こんなものは公式記録映画として認められないと毒づいたそうだ。どうもこの映画が、各国の選手の活躍ぶりを満遍なく映し出していて、日本人の活躍するシーンが少なすぎるというのが、彼ら不満分子の本音だったようだ。高峰秀子の回想録などを読むと、頭の固い政治家たちを相手に、いわれのない非難から市川を擁護した様子が伝わってくる。

市川自身は、この映画をただの記録映画にとどまらず、芸術性の高い作品にする意図があったようだ。この映画を今見ると、ドラマを見ているような気持になる。かなりすぐれた芸術作品なのではないか。

東京オリンピックは、日本では無論東洋で初のオリンピックだったし、また高度成長のただなかで、国全体に勢いがあって、国民のオリンピックへの関心は高かった。その関心に応えるように、日本選手もよく頑張った。この大会で日本は16個の金メダルを始め29個のメダルを獲得し、金メダルの数では世界で三番目に多いという活躍ぶりだった。

ところが、この映画ではその日本人の活躍ぶりに十分に光が当てられているとは見えないところもあって、それが偉い人達の気に入らなかったのだろう。映画が最も力を注いだのは陸上競技だが、そこでは日本人の力不足もあって、日本人選手の活躍ぶりはほとんど見えない。水泳にしても、日本人の活躍は、競泳で四位に入った田中里子が申し訳程度に出てくるだけだ。

この大会で日本人が活躍した競技は、お家芸の柔道のほか、体操とレスリング、それに女史バレーボールといったぐあいだが、これらについても日本人の活躍が万遍なく紹介されているわけではない。柔道に至っては、金メダルに輝いた選手の活躍ぶりではなく、神永がヘーシンクに負ける様子をクローズアップして映し出している。熊のように強大なヘーシンクを相手に戦う神永が、まるで子どものように映っている。そこも偉い人達を激怒させたのではないか。

映画は、選手たちの戦いぶりはともかく、彼らの人間としての表情に焦点を当てていた。そうした人間的な表情がもっともよく現われるのは,競歩とかマラソンとかいった過酷な競技だ。そうした競技を戦う選手一人一人の表情がきわめてドラマティックに映し出される。一発勝負でこんな場面を蒐集して、それをモンタージュするところは、さすが映画作りの名人といわれた市川崑だ。また、カメラワークもすばらしい。担当したのはこれもカメラの名人といわれた宮川一夫だ。これだけのものをとるのは、並大抵のことではない。

圧巻はやはり、体操のチャスラフスカとマラソンのアベベだ。チャスラフスカが豊満な体でくりひろげるダイナミックな演技がすばらしい。またアベベのほうは、冷静沈着なレース運びが強く迫ってくる。日本人はこの映画を通じて、アベベをあらためて見直したのではないか。この映画にもしも主役がいるとすれば、それはアベベとチャスラフスカだろう。その辺も偉い人達の気に入らなかった点だと思う。何故日本のオリンピックを描いた日本の映画が日本人を主役にしないのか、と。

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