アルトゥールとイェレミーアス:カフカ「城」を読む

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アルトゥールとイェレミーアスは、「城」からKの助手として派遣されたものだ。彼らは小説の最初の部分から登場する。そしてなにくれとなくKに付きまとい、Kの行動に一定の色を添えた後、突然小説の進行から脱落する。彼らをわずらわしく思ったKが追い払ったということになっているが、実際は彼らのほうでもKにうんざりしていたのだ。

彼らはどういう事情でこの小説に登場しなければならなかったか。あるいはこの小説における彼らの存在意義はどんな点にあるのか。ただ単に、小説の進行に色を添えるだけのものなのか。それとも、Kの人物像を浮かび上がらせるための重要なファクターとして、綿密に考慮されたものなのか。

表向きは、Kが城に助手を要求していたことに城の側が応える形で派遣されてきたという形をとっている。だから彼らが突然現われたとき、Kはあまり驚くことなく彼らを受け入れるのである。しかし彼らは、測量技師としてのKの仕事については何の理解も持っていないし、助手としては無論、一人前の人間ともいえないような代物だった。それゆえKは、彼らを別々の人格とは受け取らず、二人でようやく半人前の人間として遇したのだった。Kは彼らにこう通告するのだ。「私は君たち二人をアルトゥールと呼ぶよ。私がアルトゥールをどこかへやるといったら、君たち二人がいくのだ。アルトゥールに何か仕事を与えたら、君たち二人がそれをやるのだ。君たちをちがった仕事に使うことができないというのは、なるほど私にとってはひどく不便だが、そのかわり、私が君たちに頼むすべてのことに、区別なしでいっしょに責任を負ってもらうという利点がある」(原田義人訳)

こんなわけだから、Kはこの二人の人格を無視するかのように、厳しくあたる。それに対して二人は、たいした不満もいわずに懸命に努力する姿勢を見せる。というのも二人は、別にKに対して義務感を感じているわけではなく、自分たちをKに派遣した「城」に対して義務感を感じており、その義務を果たす為に、Kから多少厳しい扱いをうけても耐え忍んでいるらしいのだ。

二人をKに派遣したのはガーラターという役人だが、そのガーラターはクラムの代理としてそれを行ったのだった。その際にガーラターは二人にこう言い聞かせていた。Kという男はきむつかしいので、そのきむつかしさを幾分でも和らげてやれ、と。つまり、Kの仕事の助手としての役割ではなく、Kの機嫌取りとしての役柄を求められていたわけだ。だから二人は、Kから多少手荒い扱いをうけても、そのことに不平をいう筋合いではなかったわけだ。

二人に対するKの扱いは、雪が降る厳しい気象条件の中で、いつまでも戸外に立たせておくことでクライマックスを迎える。これがきっかけで、二人のKに対する忍耐は切れてしまう一方、Kのほうでも二人が耐え切れぬほどわずらわしくなって追い出してしまうのだ。

追い出された二人のうち、アルトゥールの方は城へ行ってKの仕打ちの理不尽さを訴える。一方イェレミーアスは町に残ってフリーダに接近する。フリーダのほうもイェレミーアスに保護者然とした態度を取る。それはKに対するあてつけでもあるのだが。

こうして二人は小説の本筋から消えていってしまうわけだが、その消え方は、他の重要人物、とくに女性の消え方と通じるものがある。この小説の場合フリーダも、イェレミーアスと歩調をあわせるように、一緒に消えていなくなるのだ。しかし、その消え方には多少の違いもある。フリーダの場合には一定の必然性が感じられるのに対して、この二人の消え方には、そういうものは感じられない。行きがかり上居なくなってしまったという具合なのである。

ともあれこの二人は、「審判」のなかの二人の役人、ヨーゼフ・Kの逮捕を通告に来た役人たちと多少似ているところがある。あの二人の役人も、やはり二人あわせて半人前で、自分の仕事についての正しい理解をもっていない。そのことで彼らは、鞭打ちの刑と言う不名誉な刑を受けるのだ。アルゥールたちは、そこまでひどい仕打ちは受けないまでも、Kにたたき出されたうえ、まともに任務を果たせない半端な連中だという評価を、城の役人たちに抱かせたに違いないのだ。

この二つのカップリングは、どちらも官僚機構の末端という役割を担っている。官僚機構と言うのは、普通は冷徹で打算的な行動をとるものだが、時には常軌を外れることもある。その常軌に外れた例として、この二つのカップリングがあげられる。そんな見方も成り立ちそうである。






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