幸徳秋水の帝国主義論

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幸徳秋水が「二十世紀の怪物帝国主義」を執筆したのは明治三十三年から翌年にかけてのこと。ちょうど十九世紀から二十世紀への移り目のときである。この時期は、列強諸国による海外侵略と領土の分割がピークを迎えており、そうした動きが「帝国主義」という名で観念されるようになっていたが、帝国主義を論じた本格的な研究はまだ現れていなかった。そういう中での秋水の帝国主義論は、国際的にも一定の存在意義を認められよう。

明治三十三年から三十四年にかけての時期は、日本にとっても帝国主義的な動きが高まっていた時期だ。日清戦争の勝利によって国民意識が高まり、その高まった国民意識が日露戦争になだれ込んで、日本はますます帝国主義的な国家となってゆく。だから秋水のこの帝国主義論は、世界の動向を念頭に描きながらも、日本の帝国主義がもたらすものについての考究にもなっている。

秋水は言う。「帝国主義は、愛国心を経とし、いわゆる軍国主義を緯として、織り上げた政策ではないか」(中公版世界の名著、伊藤整責任編集による現代語訳)と。愛国心といい、軍国主義といい、秋水の生きた時代に特有の現象ではないが、その時代にとりわけ強固な形であらわれ、それが帝国主義の最大の特徴となった、そう秋水は考えたようである。秋水の分析は、かならずしも社会科学的な厳密さを持ってはいないが、しかし同時代の情勢、とりわけ日本の情勢への鋭い批判意識に支えられていた。それが彼の帝国主義論に一定の迫力をもたらした所以である。

愛国心の本質は、国民の自国を愛する気持ちよりも、敵国への憎しみの深さにある、と秋水は喝破した。日本の場合も同様で、日清戦争を通じて清国への憎しみと侮蔑の情が異常に高まり、それが反転して愛国心という形をとった、そう秋水は考えるわけである。だからそのような愛国心を自分は排斥しないわけにはいかない、と言っている。

「日本人の愛国心は、征清の役にいたって、史上かつてないほどの爆発をした。彼らが中国人を侮蔑し、嫉視し、憎悪するありさまは、言葉で形容できるようなものではない。白髪の老人から、小さな子どもにいたるまで、ほとんど中国四億の生霊を殺し、絶滅して、ようやく安心する、といった傾向があった。冷静に考えて見よ。むしろ狂人のたぐいではないか。むしろ、餓虎の心に似ているのではないか。さよう、野獣のたぐいではないか」(同上)

この愛国心が発展して、軍国主義となり帝国主義となって、全世界に流行しているというわけである。そこで次に軍国主義についての秋水の分析であるが、軍国主義の本質は戦争の賛美にあると秋水は言う。なぜ戦争を賛美するのか。その科学的な原因を秋水は立ち入って分析してはいないが、いったん軍国主義に取りつかれた国は、とほうもなく戦争を好きになると言っている。戦争の日常化と、その戦争を遂行するための軍事態勢の恒常化、それが軍国主義の特徴だというわけである。

愛国心と軍国主義が一体となって帝国主義が成立する。帝国主義とは、戦争を通じて領土を拡大し、地球上に一大帝国を形成することを目的としている。今のところ、イギリスを先頭に、独仏米の諸国が地球の分割を競い合っているが、それに日本も加わろうとしている。そう秋水は見る。

欧米列強や日本が帝国主義を追求する理由は何か。これについて帝国主義諸国は、人口の増大による貧民の増加を理由にあげる。貧民が増加すると、それを国内で養えなくなるので、外国を自国の領土にしてそこに余剰の貧民を送り込む。これは必然的な傾向なのであるから、帝国主義には立派な存在理由がある。また、生産力が拡大する一方で、国内ではそれに対する需要が追い付かず、生産品が余剰になる。その余剰になった生産物の売り払い先としても、植民地は有意義である。このように言って帝国主義を擁護する者がいるが、それは大きな嘘だと秋水は言う。

まず、「貧民の増加は、ほんとうは現在の経済組織と社会組織が不良であるためにほかならぬ。したがって、資本家や地主が、法外の利益と土地を独占するためにほかならぬ、したがって、財富の分配の公平をうしなっているためにほかならぬ」と秋水は言い、生産物の過剰については、「生産が過剰なのは、ほんとうはその需要がないためではなくて、多数人民の購買力が不足しているゆえにすぎない。多数人民の購買力がとぼしいのは、富の分配が公平を失して、貧富がますます懸隔しているためにほかならぬ」と言う。このあたりでの秋水の分析には、鋭いものがある。生産物の余剰を有効需要の不足としてとらえるところなどは、ケインズの議論をはるかに先取りしている。

こうした議論を踏まえて、ほんとうに望ましい社会・経済組織の在り方は、帝国主義などではなく、社会主義だという主張につながっていくわけであろう。秋水は基本的には無政府主義者だが、社会・経済組織の望ましいかたちとしては、分配の正義を追求できる社会主義的政策を考えていたわけである。

その社会主義的社会・経済組織のあり方について、秋水は次のように言う。「欧米における今日の経済問題は、他の未開の人民を圧伏して、商品の消費を強要するよりも、まず自国の多数人民の購買力を増進させることでなければならぬ。自国の購買力を増進させるためには、資本に対する法外の利益を独占するのを禁止して、それをもって、一般労働に対する利益の分配を公平にすることでなければならぬ。そして、分配の公平を期するためには、現在の自由競争制度を根本的に改造して、社会主義的制度を確立することであなければならぬ」

秋水の批判的な目は、結構遠くまで及んでいたことがわかる。






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