2018年3月アーカイブ

白鷲と猿図:河鍋暁斎の動物図

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「白鷲と猿図」はジョサイア・コンドルの旧蔵品で、もともと暁斎がコンドルへの画法教授の目的も兼ねて描いてやった作品だと思われる。この作品は、狩野派の画法の特徴を盛り込んでいるところから、狩野派の一員としての暁斎の画法の一端をコンドルに示したのだろう。

踊子:荷風の世界

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荷風の小説「踊子」は戦時下の息苦しい時代に発表のあてもなく書いたものだ。そんなところからこの小説には荷風の本音のようなものが込められている。その本音というのは自分と女性との望ましい関係についてのもので、自分は女を愛玩動物のように可愛がりたいと思う一方、自分の生き方を女によって拘束されたくないというものだったように見える。実際この小説に出てくる二人の踊子、彼女らは実の姉妹なのだが、その二人とも主人公の男を拘束することがない。姉のほうは自分の亭主が妹に手を出しても文句を言わないばかりか、亭主が妹に産ませた子どもを自分が引き取って育てようとまでする。妹は妹で姉の夫にさんざんいい思いをさせてやったうえで、自分は踊子をやめて芸者になり、身を売った金を姉たち夫婦に気前よく与えるのである。その金で主人公の男は勝手気ままな暮らしをすることができる。スケコマシとまではいわないが、それに近い、女によって養われているような男である。

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このポスターは、ロートレックの友人で写真スタジオを経営していたポール・ペスコーの依頼で作ったものだ。ロートレックは図柄だけ提供し、レタリングは別の専門家が担当した。レタリングの上の文字は、ペスコーの店の住所を表わしたものだ。ピガール広場は、パリ北部のクリニー通りにある。

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陳凱歌の2002年の映画「北京ヴァイオリン(和你在一起)」は、中国人の親子愛をテーマにした作品だ。中国人の親子はとりわけ親愛の情が深いと言われる。そこには子によって老後を養ってもらいたいという親の側の打算もあるようだが、やはり4000年の歴史の中から、親子のつながりこそがこの世で最も大事なことだという思いが、中国人には染み込んでいるためだろう。その深い親子愛をこの映画はほろりとさせるような感覚で描いている。

EUの理念を聞く

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前回の四方山話の例会の席上、石子がEUの文書を自分で翻訳したものを配り、次回はこれに基づいて自分がレポートをすると言ったので、小生は20ページにわたるそのレポートを熟読したうえで今月の例会に望んだ次第だった。会する者は小生と石子のほか、小、浦、岩、六谷の諸子合せて六名だった。

ハイデガーのニーチェ講義は九回にわたるが、第一回目と第三回目が力への意志をテーマにし、その二つに挟まれた第二回目の講義が同一物の永劫回帰に宛てられている。この三つの講義の関係は次のように言えよう。第一の講義では、力への意思が存在の究極的な本質をなすものとして提起される。第二の講義では、その存在が同一物の永劫回帰という形で現れるということを提示する。そして第三の講義では、力への意思と同一物の永劫回帰とは、基本的には同じことを、つまり存在の本質について語っているのだと結論付けられる、ということである。

長津川公園の桜を見る

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先日のこのブログで、小生が住んでいる船橋の辺では三月二十三日に桜が開花したと書いたが、それから五日経った今日二十八日には満開となった。そこで小生はカメラを持って花見に出かけた次第だ。折から春爛漫というのを越えて、夏のような陽気だ。朝方から着ていたセーターを脱いで、シャツ一枚で家を出た。行先は小生の家の近くにある長津川公園。途中すし屋で弁当を買い、コンビニで缶ビールを買った。

学海先生の明治維新その十五

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 文久三年の日記は三月朔日に始まり十月朔日に終わる。わずか半年あまりのことではあるが記された内容は公私に多彩を極めている。その理由は諸外国の圧迫を契機にして攘夷熱が異常に高まり、またそれに対応して日本の政治がめまぐるしく動いたことにある。学海先生自身も佐倉藩の代官職を命じられるなど、身辺がようやくあわただしくなった。

黄色い大地(黄土地):陳凱歌

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陳凱歌は張芸謀とともに中国映画第五世代の旗手として中国映画を国際的な水準に引き上げた作家だ。いわゆる紅衛兵世代に属し、共産党体制に対しては複雑な気持ちを抱いているとされる。1984年の作品「黄色い大地(黄土地)」は彼の処女作であり、中国映画に海外の注目を集めるきっかけとなったものだ。

群猫釣鯰図:河鍋暁斎の動物戯画

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「群猫釣鯰図」と題したこの絵は、題名通り鯰を釣る猫たちを描いたものだろう。八匹の猫が木の上から、下の川で泳いでいる鯰を釣り上げよとしているように、一応は見える。川の流れは画面には描かれていないが、構図からそう読み取れるようにもできている。猫たちが木の枝から身を乗り出して、下をのぞき込んでいることからも、また、彼らが見ている鯰が上から描かれていることからも、この鯰が木の下を流れる川に浮かんでいるような見え方になるわけだ。

小熊英二「社会を変えるには」

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この本は、社会を変えるために一人ひとりが立ち上がるようにと勧めたものだ。何故社会を変えるのか。それは一人ひとりの問題意識によるだろう。そもそもそんな問題意識を持たない人もいる。そういう人にとっては、小熊のこの本はナンセンスであることを越えて、有害であるとさえ映るかもしれない。しかし、社会というものは、そんなものではない。これまでに変わらなかった社会というものはなかったし、これからもきっと変わっていくに違いない。そうであるとすれば、社会の変化を受け身で傍観するのではなく、自分自身がその変革にかかわることのほうが、色々な意味で望ましいのではないか。そういう問題意識にこの本は支えられているようである。

豊穣たる熟女たちと成田山に参る

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成田には三時過ぎに着いた。駅を出ると裏道を伝って新勝寺に至る参道へ出た。参道の人出は土曜日にかかわらず多くはない。近年は参詣者の数が減っているのだろうか。参道沿いに空き地が目に付く。昔は何軒も軒を並べていた羊羹屋も、いまでは片手の指が余るほどだ。

当世の職人:ロートレックのポスター

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キャバレーや書物の宣伝のためのポスターから出発したロートレックは、やがて一般の顧客からの商業用ポスターの依頼も受けるようになった。この「当世の職人」は、そうした仕事の最初のものである。この仕事をロートレックは、インテリア・デザイン会社を運営するアンドレ・マルティから依頼された。

豊穣たる熟女たちと佐倉を歩く

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前回会った新年会の席上、豊穣たる熟女たちから佐倉には桜の花は咲くのですかと聞かれた。勿論咲くよと答えたところ、どのくらい綺麗に咲くのですかと重ねて聞くので、小生は両手を精いっぱい広げて、これくらいいっぱいに咲きますよと答えた。すると熟女たちは、そんなにいっぱい綺麗に咲くんでしたら、是非わたしたちを連れてってくださいなと言うので、そのつもりでいたのだったが、今年の桜は例年よりかなり早く咲きそうだと言うので、熟女たちと示し合わせて、三月の二十四日という日に、佐倉まで花見に出かけた次第だった。午前中佐倉で花見をした後、午後には成田山にお参りしましょうというのが、我々のこの日の段取りとなった。

学海先生の明治維新その十四

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「先日も話したように、弘庵先生は国防について憂慮されてはいたが、頑迷な攘夷論者ではなかったのじゃ。海防を強化して外国の侵略を防ぐというのが先生の本意であって、なにも外国人を一人残らず締め出せなどとは考えていなかった。そこが水戸学とは違うところじゃ。水戸学は日本の神聖さを外国の野蛮さに対比させて、日本の神聖さを守るために外国を排除すべしと考えておった。しかし国力の差を考えればそんなことのできようはずもない。そのあたりは弘庵先生は十分に自覚しておったのじゃ。ところがその当時の日本は頑迷な尊攘思想が蔓延して、みな熱に浮かされたように絵空事のようなことを喚いておった。それを焚きつけたのは水戸学で、そういう意味では水戸学というのは時代の流れをわきまえぬ空疎な主張だったと言えよう。弘庵先生はその空疎な主張にかぶれておったわけではないぞよ。わざわざ京都まで出かけて行って尊攘派の人々と交わりもしたが、それは互いの意見を交換して世の中の流れを見極めるのが目的で、別に彼らと一緒になって攘夷の運動を起こそうというつもりはなかったのじゃ」

猫と鯰:暁斎の動物戯画

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河鍋暁斎は、蛙と同じように猫もよく描いた。「猫又と狸」のなかの猫はその代表的なものだ。そちらの猫は猫又といって半分妖怪のようなものだったが、この絵の中の猫は、色気のある雌猫である。色気はあるが、ゆるんではいない。目つきはなかなか鋭い。

デルス・ウザーラ:黒澤明のソ連映画

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黒沢明が1975年に作った「デスル・ウザーラ」は、一応日ソ共同制作ということになっているが、金の出所から俳優までほとんどすべてがソ連からなので、実質的には純然たるソ連映画と言ってよい。黒沢はソ連に招かれて映画のメガホンをとったという形だが、誇り高い黒沢がなぜ外国映画の制作にかかわる気になったのか。おそらく日本国内では、自分の好きな映画が作れないので、外国の映画でも作ってやろうかという気持ちになったのだろうが、詳しいことは筆者にはわからない。

小説「浮沈」に見る荷風の厭戦気分

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小説「浮沈」は昭和十四年前後の東京を主な舞台としている。昭和十四年と言えばヨーロッパで第二次大戦が始まった年であるし、日本では対中戦争が泥沼化し、太平洋戦争に向かって坂を転げ落ちるように突き進んでいった時代である。そんな時代を背景にして、この小説は作者永井荷風の反戦意識というか厭戦気分のようなものを色濃く反映している。この厭戦気分を荷風は日記「断腸亭日常」の中でも吐露していたが、小説では日記ほど露骨に言うわけにもいかぬので、かなりモディファイされた形においてではあるが、荷風日頃の厭戦気分を表現している。

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ロートレックは、ヴィクトル・ジョーズの小説「喜びの女王」のためにポスターを制作したことがあったが、引き続き彼の小説「ドイツのバビロン」のためにポスターを制作した。この小説の内容がどのようなものか、筆者は知らないが、どうやらフランス人の反ドイツ感情をあおる要素があったらしい。

天国と地獄:黒澤明

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黒澤明の1963年の映画「天国と地獄」はサスペンスドラマの大作である。黒沢は「野良犬」をサスペンスタッチで作ったが、この「天国と地獄」はそれを大がかりにしたもので、サスペンスドラマの命とも言える心理描写もきめ細かく、ストーリー展開も大胆で、長編ながらあっというまに見終わったかのような印象を与える。サスペンスドラマとしては、世界的な傑作といってよいのではないか。

ニーチェの正義論をめぐるハイデガーの議論には多少わかりづらいところがある。というのも、ニーチェ自身この正義という言葉をそう頻繁に使ってはおらず、また自分の思想の体系におけるその位置づけにもこまかく言及していないにかかわらず、ハイデガーがこの正義という概念をニーチェの思想の核心であるかのように提示しているからである。

学海先生の明治維新その十三

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 日記は安政六年十一月で中断し、三年半後の文久三年三月に再開するが、同年十月以降またもや三年以上の長い中断をして慶応三年元旦に再開する。ということは安政六年十一月から慶応二年の末までの約七年間のうち六年以上がブランクということになる。学海先生の青年期のうち六年間の空白は、先生の史伝を書く者としては、たとえそれが小説であっても非常に大きな制約条件だ。小生はなんとかしてこの穴を埋めようと思い、色々と他の資料をあたってみたが、間隙を埋めるに足るものは見つけられなかった。そこで英策なら多少のことは知っているのではないかと思い、彼の助け船を得るために会って話を聞くことにした。

生きものの記録:黒澤明

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「生きものの記録」は、黒沢には珍しく、時事問題を正面から取り上げた社会派ドラマ映画である。この映画が作られた1950年は、米ソ冷戦が過熱して、核軍拡競争が繰り広げられていた。軍拡競争の最たるものは核開発競争だ。そのあおりでビキニ環礁の水爆実験の犠牲者が日本人から出た。広島・長崎に原爆を落とされてから数年しか経っていない時点で、またもや原水爆の脅威にさらされた日本人の中には、この世の終わりが近いという深刻な恐怖を抱くものが出たのも不思議ではない。この映画は、そうした日本人の原水爆への恐怖をテーマにしたものだ。

アベネポティズム

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盤石な政権基盤の上に立って、無敵の荒野を行くが如き勢いだった安倍晋三総理に、一塊の暗雲が垂れ込めてきたようだ。その要因は、いわゆる「もりかけ問題」をめぐって新たな事態が起こり、安倍総理に対する国民の目が厳しくなったことだ。直近の各社の世論調査では、安倍政権の支持率は30パーセント台前半まで落ちた。

蛙の放下師:暁斎の動物戯画

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河鍋暁斎は、「風流蛙大合戦之図」をはじめとして多くの蛙の絵を描いている。すでに三歳にして蛙を写生したと伝えられる。蛙がよほど好きだったのだろう。その生き生きとしたところは、鳥羽僧正の蛙たちと双璧をなすと言ってよい。写実的な蛙もあれば、擬人化されたユーモラスな蛙もある。といった具合で、蛙の姿を千差万別に描き分けている。

無子高齢化

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少子高齢化の傾向に警鐘を鳴らす意見が聞かれるようになって久しい。しかしこれからの日本が直面するのはそんな生易しいものではない。子どもがおらず、老人ばかりがやたらに多い「無子高齢化」社会がやってくるという意見も出て来た。雑誌世界の最新号(4月号)は、そんな意見を取り上げている。

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ロートレックは、アリスティード・ブリュアンのために四点のポスターを制作したが、これはその最後のもの。ミルリトンとは、ブリュアンの出していたイラスト入り雑誌及びその名を冠したキャバレー。もっともミルリトンの文字は初刷りにはなく、二刷りから加えられた。

学海先生の明治維新その十二

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 安政五年の日記は九月に中断され、再開されるのは十か月後の安政六年七月である。この十か月の間には、学海先生にとって公私にわたり重要な意義を持つ出来事がいくつか起こった。それらは日録からは読み取れないので、ほかの資料をもとに再構成しなければならない。

白痴:黒澤明

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黒澤明の1951年の映画「白痴」は、ドストエフスキーの同名の小説を映画化したものだ。小生がこの小説を読んだのは半世紀以上も前のことなので、筋書きの詳細は忘れてしまい、したがって厳密な比較はできないのだが、雰囲気としてはかなり原作に忠実なようである。ただ一つ違うところは、映画の中の白痴の青年が、死刑判決を受けて銃殺されそうになったことを回想する場面だ。これは原作にはないのではないか。ドストエフスキーには、政治犯として銃殺されかかった経験があり、それを映画の中に取り入れたということなのだろう。

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これは鳥獣の下絵のなかの一枚、動物たちの行列を描いたものだ。行列の先頭には烏帽子をかぶった梟が行き、その後を狐にまたがった狸が行く。この狐と狸の関係は、狐が狸を乗せているのか、狸が狐に乗っているのか、どちらとも言えないところがミゾだ。一方の狐は冠がわりに人間の頭蓋骨を頭に乗せ、もう一方の狸のほうは大きな葉っぱを蓑がわりに羽織っている。これはこれから化けるという合図かもしれない。

永井荷風「浮沈」

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小説「浮沈」は、荷風散人晩年にして最後の傑作と言ってよい。この最後の傑作の中で荷風は、自分なりに抱いていた女性の理想像を描いた。その理想像を荷風は、作中人物越智をして語らせているが、この越智こそは荷風の分身と言ってよい。その分身が自分なりの女性の理想像を次のように表現するのである。

コーデュー:ロートレックのポスター

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アルベール・コーデューは、アリスティード・ブリュアンと人気を二分するエンタテイナーだった。その彼からの依頼で、ロートレックが制作したポスターがこれだ。画面からわかるように、もっぱらコーデュー一人を宣伝している。今ではこういう宣伝ポスターは珍しくはないが、19世紀末のヨーロッパで個人を宣伝するポスターは画期的だったようだ。

醜聞:黒澤明

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1947年の「素晴らしき日曜日」以降、「酔いどれ天使」、「静かなる決闘」、「野良犬」といった具合に、黒澤明は日本の敗戦(及びそれによる日本社会の混迷)にこだわった映画を作り続けたが、1950年の「醜聞」に至って初めて、そうした呪縛のようなものから解放され、いわゆる映画らしい映画つくりに励むようになった。しかしこの映画でも、社会に対する批判的な視点が強く感じられることは、それまでの作品の延長上にある。

英語民間試験を大学入試に活用する意義

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2020年度から始まる新しい大学入学共通テストに民間試験を活用する方針が文科省から出されている。これに対しては、その公正さに各方面から疑問が出されている。時に国立大学関係者は強い疑問を抱いているようで、東京大学の如きはこれを合否判定に使わないという方針を出した。旗振り役の文科省としては、面子にもかかわることなので、なんとか協力させようと躍起になっているようだが、ことは学生たちの将来を左右する問題だ。慎重にやってもらいたいものだ。

矛盾律は、同一律及び排中律と並んで伝統的論理学の基本概念である。この三者は、同じことを別の言葉で述べたもので、要するにAというものをAとして認識するという、人間の認識構造のあり方を表現したものに過ぎない。AはAであるというのが同一律であり、AはAであってしかも非Aであることはできないというのが矛盾律であり、あるものはAであるかAでないかのいづれかであってそれ以外のものではないというのが排中律である。人間の認識はこの三つの格率に従うことにより、世界をありのままにとらえることができる。そう考えられてきたし、実際世界もそのとおりのあり方をしている、というふうに受け取られてきたわけだ。

学海先生の明治維新その十一

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 安政四年の日録は五月で中断し翌五年正月に再開された。その冒頭の記事は次の如くである。
「晴。正服して今上皇帝陛下・大将軍殿下・吾が侍従公閣下を拝す。毅堂公、雑煮餅を贈らる。三椀を食せり。愛宕山に上りて日の出づるを観、次いで神明祠及び毘沙門祠を拝して還る」
 文中今上皇帝陛下とあるのは孝明天皇、大将軍殿下とあるのは十三代将軍徳川家定、侍従公とあるのは主君佐倉藩主堀田正睦のこと。天皇を皇帝と称し将軍より上位に置いているのは師藤森弘庵翁の勤皇思想の感化をうけている表れであろうか。もっとも学海先生が心底からの勤皇家だったどうかについては、大いにあやうげなところがあるのだが。

静かなる決闘:黒澤明

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黒澤明は、「すばらしき日曜日」や「野良犬」などで敗戦直後の庶民の日常を描いたことはあるが、そしてそれは戦争映画の偉大な達成という面を持っているのだが、戦争自体を正面から描いた作品は作っていない。1949年の映画「静かなる決闘」は、主人公が軍医ということもあって、戦争が一つのテーマになってはいるが、戦争自体を描くことが主題ではない。戦争中の出来事がきっかけで自分の人生に狂いが出てしまった男の悩みを描いたものだ。それ故戦争は物語のきっかけになってはいるが、戦争がなければ物語が始まらなかったというわけでもない。

所謂森友問題をめぐって、財務省の公文書改ざんが明らかになって、当時の理財局長某が国会に対して嘘をついていたことがわかった。このことを大方の識者たちは、国民への裏切り行為だとか民主主義の破壊だとか言って批判している。また野党の諸君は某理財局長はもとより、その上司である麻生財務大臣兼副総理の責任とか、安倍総理の責任について云々している。ところが麻生副総理には、そういう批判はまったくこたえないようだ。

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河鍋暁斎は、動物を描くための下絵として数多くの作品(画稿)を残している。これはその一枚。動物たちの踊る姿を描いている。これはあくまでも下絵であるから、これをもとに本格的な作品を描こうという心つもりだったわけであるが、今日の目から見れば、これ自体として立派な作品になっている。

断頭台の下で:ロートレックのポスター

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「断頭台の下で(Au pied de L'echahaud)と題したこのポスターは、同名の書物の宣伝のために作られた。その書物を書いたのは、ロケット監獄の教誨師を長年つとめていたアベ・フォール。フォールは在任中に立ち会ったギロチンによる処刑の様子を回想録としてまとめ、それを雑誌「ル・マタン」に連載した。このポスターは、その連載記事を宣伝したものである。

学海先生の明治維新その十

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 大阪に到着した翌々日、江戸からの書簡が旅館に届けられた。その中に学海に宛てた兄からの手紙もあって、その中で養父三浦氏の死を告げていた。俄かに病気になり正月廿四日に死んだということだった。驚いた学海先生がその旨を弘庵翁に報告すると、翁は、
「急なこととてお前としても如何ともしがたかったな。ともあれ養父が亡くなれば養子として喪に服さねばなるまいて。すぐに戻って葬儀の礼を尽くせ」と言った。
「そうではありますが、千里を離れた地にあっては、いますぐ駆け付けるというわけにはまいりませんし、それに私がいなくなっては先生のお世話にも差し支えがありましょう」

わが青春に悔なし:黒澤明

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「わが青春に悔なし」は、黒澤明の戦後第一作だ。敗戦の翌年1946年の10月に公開された。そんなこともあって、占領軍への配慮がにじんでいる。黒澤の戦後第一作は、本来なら「虎の尾を踏む男たち」のはずだったが、この映画は封建的な人間関係を礼賛しているところが占領軍の検閲に引っかかることを恐れた東宝が、公開を自主規制した。そのかわりに黒澤に作らせたのが、この「わが青春に悔なし」で、これは当時占領軍の検閲の基準になっていた民主主義の振興という項目に大いに合致していると、考えられたのである。

髑髏と蜥蜴:河鍋暁斎の鳥獣画

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「髑髏と蜥蜴」と題したこの絵は、「風俗鳥獣画譜」のなかの一枚。このシリーズは明治二年から三年にかけて、十四図が描かれた。いずれも絹本に金箔を貼り、極彩色で描かれている。テーマは木枯らしの霊だとかお多福だとか、暁斎一流の戯画的なものである。

濹東綺譚を読む

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荷風散人の小説「濹東綺譚」を傑作と言ってよいかどうかは異論があるだろう。しかし荷風散人の小説を集大成したものとは言えよう。この小説には散人の特徴ともいうべきものが遺漏なく盛り込まれている。世相に対する懐疑的な視線、随筆風の文章を以てなんとなく話を進めてゆくところ、しかもその文章になんとなく色気が感じられるのは女を描いて右に出る者がいないと言われるような女へのこだわりがあるためである。実際荷風散人ほど女、それも賤業婦と称され身を売ることを商売とする女を描き続けた作家は、日本においてもまた世界中を探しても、荷風散人をおいてほかにはない。

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ロートレックは、アリスティード・ブリュアンをフィーチャーしたポスターを四点作っているが、これはその代表作。ブリュアンはこのポスターを自分のトレードマークとして使い、自分が出る舞台にはかならずこれを飾ったという。舞台のみならずパリの街角をも長く飾ることとなり、ブリュアンはこのポスター共々パリ名物になった。

虎の尾を踏む男達:黒澤明

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黒澤明の作品「虎の尾を踏む男達」は、敗戦の前後に作られたが、公開されたのは1952年だった。配給会社の東宝が、占領軍の検閲を憚って自主規制したのである。映画の内容が、封建的な主従関係を賛美しており、それが占領軍の逆鱗にふれることを恐れた会社側が、占領が解かれて日本が独立を回復するまで、この映画の公開を封印したというわけである。

確定申告の期限が近付いてきたので、家人から手続きするようにと書類一式を渡された。見ると、医療費控除を申請するのに、領収書を添付していない。領収書がないよと言ったら、今年から添付する必要がなくなったのよと言う。そこで国税庁のホームページで確認したところ、医療費の明細を記した書類があればよく、領収書の添付は必要ないということがわかった。

ニーチェ自身に伝統的な意味での認識論への志向があったとは考えられないが、ハイデガーは「認識としての力への意思」を語るにあたり、トピックの性格からしてそうすべきだと考えたのか、ニーチェの認識論らしきものについてかなり突っ込んだ議論をしている。その議論を聞いていると、問題の立て方がカントの認識論を思わせるので、あたかもニーチェ自身が認識論について突っ込んだ思索をしていたように伝わってくる。

学海先生の明治維新その九

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 安政四年一月、藤森弘庵翁は京阪に旅した。尊王攘夷運動の思想的な指導者たちと意見交換するのが目的だった。この旅に学海先生は小崎公平と共に随従した。小崎公平は伊勢亀山藩士で、後に政府の官僚となり岐阜県知事などをつとめた。学海先生より五歳年下でこの時満十七歳、学海先生は二十二歳だった。この若さが二人を弘庵翁が旅の従者に選んだ理由だったと思われる。翁は京阪の地で、頼三樹三郎、梅田雲浜、梁川星巌、僧月性といった人々と会うつもりでいた。いずれも尊王攘夷思想の論客である。

姿三四郎:黒澤明

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姿三四郎は小説の主人公の名で、架空の人物ではあるが、日本人はこれをあたかも実在の人物のように取り扱ってきた。いまでも小柄で強い柔道選手を〇▽三四郎と呼ぶが、それはモデルとなった三四郎のイメージを投影したもので、大柄な選手には決して三四郎とは言わない。

中国の改憲をうらやむ人々

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習近平政権が中国憲法を改正して国家主席の任期を無期限としたことに対して、アメリカのトランプ大統領が早速エールを送って祝福した。これで習近平は中国の終身支配者になることができて、おめでとうというわけだ。そのエールの言葉は例によってツイッターでつぶやかれたが、それはトランプの本音だろうと多くの人が思っている。

動物群舞図:河鍋暁斎の動物絵

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河鍋暁斎は動物を主人公にした数多くの戯画を描いた。それらの動物たちは、いずれも人間的な仕草や行為をしており、擬人化されている。単に擬人化というにとどまらず、風刺やアイロニーが込められてもいる。その点では人間さまをフィーチャーした暁斎流戯画の動物版といってよい。

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ロートレックは、1892年のポスター「ディヴァン・ジャポネ」の中で、当時人気のダンサー、ジャンヌ・アヴリールを観客の一人としてそれとなく描いたが、今度は自分の名を主題にしたポスターを作ってほしいとジャンヌにねだられた。その結果作ったのが翌1893年のポスター「ジャルダン・ド・パリのジャンヌ・アヴリール」である。

学海先生の明治維新その八

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 学海日録は安政三年二月朔日から始まる。その日の記事は次の如くである
「二月朔己丑。四谷に遊び、手套子を市店に獲、並びに岡伯駒の開口新話一巻を買ふ。賃書肆来る。伝花田五集六巻を借る。是の日太田米三郎を訪ふ。費やすところの銭五百五十六文なり」
 原文は漢文であるものを読み下し文にしたものである。漢文での表記は二年半後の安政五年九月まで続く。この時代の教養人には日記を残したものが多いのであるが、それらの大部分は漢文で記されていた。まだまだ漢学が教養の基本だった時代である。

ブラザーフッド:朝鮮戦争を描く

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2004年の韓国映画「ブラザーフッド」は、朝鮮戦争を韓国人の視点から描いた作品だ。この手の映画はとかく、韓国は正義のために北朝鮮の不正義と戦ったという具合になりがちだが、この映画はそのように単純には割り切っていない。北朝鮮は共産勢力の傀儡であり、それと戦うのは正義にかなったことではあるが、それでは韓国が正義の国であるかといえばそうとも言えない。当時の韓国政府は自国民に対して必ずしもフェアではなかった。そういう視点がこの映画にはあって、単純な見方を許さない。

放屁合戦絵巻:河鍋暁斎の戯画

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「放屁合戦絵巻」は、戯画師暁斎の面目躍如といった作品だ。放屁合戦の模様にことよせて世のなかを屁とも思わぬと笑い飛ばしている。暁斎はこのテーマの絵巻を二つ作っており、これはそのうちのひとつ。慶應三年に制作した。この手の戯画的な絵巻としては、鳥羽僧正の「鳥獣戯画」のほか、平安末期の仏絵師定智の「へひり比べ」などがある。この作品はそうした伝統を意識したのだろうと思う。

ひかげの花:荷風の世界

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荷風は娼妓や売笑婦たちを賤業婦と呼んだが、彼が小説で描いたのは、一貫してこの賤業婦たちだった。日本を含めた世界の文学界で、生涯賤業婦だけを描き続けた小説家は荷風をおいてほかにはいないだろう。何が荷風を駆り立てて賤業婦の描写に向かわせたのか。それ自体が興味あるテーマと言えよう。

新たな核軍拡競争:プーチンとトランプ

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大統領選を直近に控えたプーチンが、自国民と世界向けの演説を行い、その中で軍事力の強化を訴えた。その主な内容は、欧米のディフェンス・システムを突破する能力を持つ核弾道ミサイルの開発に注力するというものだ。このミサイルはアメリカからの迎撃をかわして、世界中の標的を確実に攻撃できる。また、ロシアに対しては無論、ロシアの同盟国への攻撃には、ロシアは断固として反撃する。世界中の国々、とくにアメリカはロシアのこの決意を厳粛に受けとめた方が良い。プーチンはそう言って、ロシアの軍事力の充実を誇った。

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マルティール街75番地にあったキャバレーを、1972年にエドゥアール・フルニエが買収し、それを「ディヴァン・ジャポネ」と名付けて、徹底したジャポニズムを売りものにした。そのため店を全面改修し、内部を日本風に装飾したうえで、店の雰囲気を如実に物語るポスターをロートレックに依頼した。ロートレック自身ジャポニズムに興味をもっていたから、この仕事は楽しかったに違いない。

華氏451:フランソア・トリュフォ

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フランソア・トリュフォの1966年の映画「華氏451」は、ディストピアを描いた作品だ。ディストピアにはいろいろなタイプがありうるが、この映画が描くディストピアは、人々が本を読むことを禁じられている社会だ。本を読むだけでなく、文字を読むこと自体が禁じられているらしい。というのも、新聞というものがあるにしても、それには一切の文字が省かれており、絵だけで構成されているからだ。ただ、消防署の壁には「451」という文字が書かれている。これは「華氏451」を現わす文字で、紙が燃え上がる温度を示している。あらゆる文字を追放するために、その媒体である紙が、この社会では消滅の対象となっているのである。

劣化する日本の官僚たち

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安倍政権が所謂働き方改革の目玉である裁量労働制の拡大について、法案の撤回に追い込まれた。安部首相はこの間ずっと強気だったが、何故急に撤回に追い込まれたのか。法案の趣旨説明の根拠とされるデータがあまりにもでたらめで、これを根拠にしている限り国民の不信を買う一方だと判断したためだろう。

100年後の復活を目指して冷凍保存

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ナショジオの最新号に、未来の復活蘇生を願って遺体を冷凍保存してもらっている人たちのことが載っていた。そういう人たちは、将来医学の進化によって、冷凍保存していた人体が生き返るかもしれないと期待しているわけだ。このような期待を裏付けているのがトランス・ヒューマニズムと言われるもので、人間は科学の進歩によってあらゆる病気を克服できるばかりか、不死の生命を獲得できるようになり、いったん死んだ人間でも生き返ることができるようになるだろうと、主張しているらしい。

ハイデガーのニーチェ講義第三講「認識としての力への意思」は、一読しただけではわかりにくい構成になっているとの印象を受ける。冒頭から始まり大部分は、力への意思としての認識についてのニーチェの議論を中心に展開する。ニーチェによれば、認識とは真理を把握することであるが、その議論はハイデガーによれば、西洋の伝統である形而上学の枠内で展開されているということになる。形而上学とは、真理をイデアとして、つまり永遠普遍に存在するものと捉える一方、個々の現象を仮象、つまり真ならざるものとして捉える。このように真理と仮象との対立が西洋哲学の伝統的な立場なのであり、ニーチェもそれに従っているのだという主張を、冒頭から四分の三ほどをかけて行うわけだが、その後、議論は急展開して、真理と仮象との対立は実は偽の対立であって、この対立=区別は、乗り超えられるべき運命にあると主張されるようになる。その辺の議論は、実にあっさりとしていて、駆け足との印象を与えるのだが、それは、これについての詳細な議論を「芸術としての力への意思」においてすでに行っているとの前提があるからだと思われる。「芸術としての力への意思」においては、真理と仮象=見せかけの世界との対立は所詮は廃棄されるという主張でとどまってしまったわけだが、この講義では、そこから一歩進んで、真理と仮象との対立が乗り越えられたあとには、果たしてどんな事態が訪れるか、についての考察を行っている。常識的な考え方をすれば、真理と仮象との対立がなくなれば、真理そのものもなくなるだろうということになると思うのだが、ハイデガーの解釈を通じたニーチェは、そうではなく、真理は真理として残り続けると主張する。そこが読者にとって一番わかりにくい。そのわかりにくさがあるゆえに、この講義全体が、冒頭に言ったように、わかりにくい構成だとの印象をもたらすのだと思う。

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