巴里のアメリカ人(An American In Paris):ガーシュインとミュージカル

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1951年公開のミュージカル映画「巴里のアメリカ人(An American In Paris)」は、ジョージ・ガーシュインをフィーチャーした作品で、全編がガーシュインの曲であふれている。筋らしきものはない。パリで修行中の画家がパリ娘に恋をして、最期には彼女と結ばれるというものである。そのラブ・ロマンスというべきものが、ガーシュインのジャズタッチの軽快な音楽に乗って展開されるというわけだ。

主演のジーン・ケリーにとっては、「雨に歩けば」と並ぶミュージカル作品の代表作だ。この人はどちらかと言うと大根役者だが、愛嬌があって憎めなく、何と言っても歌がうまい。一方パリ娘を演じたレスリー・キャロンはいささかいかれた雰囲気を感じさせるが、これもまた愛嬌を感じさせて、いかれたところがハンデにはなっていない。

1951年というから、第二次大戦後間もないとあって、ナチスドイツによる占領を想起させるような場面も出てくるが、映画全体としては政治的なメッセージはほとんどない。ただひたすら巴里の素晴らしい街をバックにして若い恋人たちのラブロマンスを描いている。アメリカ人にとってパリはあこがれの的だったらしいから、この映画はそういうあこがれに応えたという意味でもヒットしたのではないか。この二年後にはパリと並んでアメリカ人あこがれの都ローマを舞台にした傑作「ローマの休日」が作られている。

ジーン・ケリー演じるアメリカ人が絵を修行中の画家の卵というのも面白い。パリは何と言っても芸術の都だ。だからそこに住んでいるアメリカ人は芸術とかかわる人間であることが望ましい。そんなわけで、あまり芸術と縁のなさそうな雰囲気のジーン・ケリーも芸術家を気取らざるを得ないのだろう。

その芸術家に最初に手を出したのは金髪の金持ち女で、それなりの美人だから、小生などは彼女がヒロインだと最初は思っていたが、そのうちレスリー・キャロン演じるパリ娘が出てきて、ケリーの愛を横取りしてしまう。そのレスリーが、ケリーの御世辞に反応して馬鹿笑いしたりするものだから、小生は最初、この女は頭が多少弱いのではないかと思ってしまったのだが、ケリーは彼女のそんなところが好きとばかり、猛烈にアタックする。彼女には以前からフィアンセがあり、しかもそのフィアンセはケリーの友人だったにかかわらずである。結局その友人が譲って、娘はケリーと結ばれることとなる。こういうところはいかにもアメリカ人好みの筋立てである。若い男女が惚れあえば、どんなことも彼らの絆をほどくことはできないというわけだろう。

この映画を監督したのはヴィンセント・ミネリ。あのライザ・ミネリの父親である。そういえばライザにもレスリー・キャロンのようなちょっといかれた雰囲気がある。そのいかれたところにヴィンセント・ミネリは弱かったのかもしれない。






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