フィンセントの椅子:炎の画家ゴッホ

| コメント(0)
88.12.1.jpg

これは「黄色い家」のゴッホの部屋に置かれていた椅子を描いたものだ。この変哲も無いものを絵のモチーフに選んだ画家はゴッホ以前にも、ゴッホ以後にもいない。椅子が付随的に描かれることはあっても、椅子そのものをこのように大写しに描くなどとは、誰の頭にも思い浮かばなかったに違いないのだ。

そこに我々は、ゴッホという画家の比類を見ないユニークさを認める。ゴッホは弟宛の手紙の一節で、ディケンズの死後に彼の仕事部屋を描いた挿絵を見たとき、そこに描かれた主人不在の椅子が、死による不在の象徴のように見えたと語ったことがあるが、この絵の中の椅子は、ゴッホの不在をあらわしてはいても、死のイメージは伝わってこないだろう。

それにしても無骨な椅子である。実用一点張りの飾り気のない形態だが、人の尻を支える部分は柔らかい物質でできている。その柔らかい物質の上に、ゴッホ愛用のパイプが乗せられている。このパイプがゴッホその人の代理であるかのように。

床はレンガのようである。前作の「フィンセントの部屋」では、床は赤く塗られているだけで、レンガの質感を感じさせなかったが、ここでは対象が大写しにされたことで、床のレンガもリアルに描かれることになった。

「フィンセントの部屋」同様、赤と青のコントラストをきかせている。

(1888年12月 カンバスに油彩 93×73.5cm ロンドン、ナショナル・ギャラリー)






コメントする

アーカイブ