プーシキン「スペードの女王」

| コメント(0)
プーシキンの短編小説「スペードの女王」は、かれの散文作品の頂点といわれている。テーマは賭博である。それに老婦人の怨念がからめてある。この老婦人は、ドイツ人の工兵士官から、カルタに勝つ方法を教えるように強要され、恐怖のあまり死んでしまうのであるが、その恨みを死後幽霊となって巧妙な形で晴らす。だから、一種の怪談話といってよい。プーシキンには、「葬儀屋」とか「吹雪」といった、怪奇的な趣味を感じさせる傾向があるが、その怪奇趣味が、この小説では怪談話の形であらわれたわけである。

ドイツ人の工兵将校ゲルマンが、友人のトムスキイから、かれのおばあさんの超能力のことを聞かされる。その超能力とは、特定の数字を用いて、必ずカルタに勝つというものだった。自分もその超能力の功徳にあずかりたいと思ったゲルマンは、そのおばあさんである伯爵夫人に近づく。伯爵夫人に仕えている小間使いをたらしこんで、その手引きで婦人に面談し、超能力を教えろと迫るのである。ゲルマンの手引きに利用された小間使いのリザヴェータは、この小説の重要なプレーヤーであり、大部分が彼女の感情を描くことに費やされているほどなのだが、ゲルマンの手引きが成功するとあっさり退場してしまうのだ。

老婦人は死んだ後に幽霊となって復讐したといったが、彼女は棺の中からゲルマンに微笑みかけ、謎の数字をかれに教えるのである。それは、三・七・一の順に、カルタの目をかけるというものだった。喜び勇んだゲルマンは、さる高名な賭博師が催すカジノに出かけていき、そこで夫人から教えられた数字をもとに、カルタの目をかける。最初の勝負は首尾よく成功し、かれは巨額の掛け金を獲得する。二度目の勝負ではその倍の金額をかけ、これも成功する。いよいよ三度目。かれはまよわず一の目にかけ、じっさいそのとおりのカルタを手にしたと思ったのだったが、よくよくみると、一ではなく、スペードのクィーンなのだった。なぜそんなミスをしたのかわからない。もっともありうるのは、夫人がゲルマンに幻覚を見せたということだった。ゲルマンは夫人の幽霊によって、まんまと復讐されたというふうに読者は感じるのである。

というのも、最後のカルタを手にしたとき、「そのとき、スペードの女王が眼をすぼめて、ほくそ笑みをもらしたと見えた。その生き写しの面影にかれは悚然とした」とあるからである。その後ゲルマンは気が狂い、リザヴェータは地味だが幸福な結婚をし、友人のトムスキイは意中の姫をめとったとわざわざ断っている。

こんなわけで、遊びの精神に富んだ、ちょっと知的な小話という体裁をとった作品というべきであろう。なお、スペードの女王にこのような役割をプーシキンが与えたのは、ロシアのことわざに、「スペードの女王は悪しき下心を示す」というのがあることを踏まえたのだと思われる。







コメントする

アーカイブ