
「霊感(L'Inspiration)」と題されるこの作品は、フラゴナールの肖像画の傑作。フラゴナールは、幾人かいたパトロン達のために肖像画を描いたという。これは、かれのパトロンにして親しき友人アベ・ド・サン・ノンの肖像画と言われる。サン・ノンをモデルにしたものには、ほかに「想像上の人物」があり、またサン・ノンの兄をモデルにした「音楽」がある。音楽の制作年次は1769年であり、この「霊感」もその頃に描かれたものと考えられる。
タイトルから想像されるとおり、芸術家の霊感めいたものをモチーフにしている。サン・ノン自身は芸術家ではなかったようだが、芸術家気取りは好きだったのだろう。フラゴナールはそうしたパトロンの癖をわきまえて、このような絵を描いたのだと思う。
羽ペンを右手に持ってなにやら創作していたらしい男が、急なインスピレーションに啓示を受けて俄然精神活動を活発化させたというような図柄である。精神活動が活発化していことは、モデルの頬が赤く染まっていることに見て照れる。この赤ら顔が、精神的なインスピレーションではなく、男が酔っ払っていることのあかしだとする醒めた見方もある。
(1769年 カンバスに油彩 80×65㎝ パリ、ルーヴル美術館)
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