山田洋次「下町の太陽」:青春群像

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山田洋次の1963年の映画「下町の太陽」は、山田の駆け出し時代の作品で、かれにとっては二作目の劇場用長編映画だった。それに倍賞千恵子が主演した。この若い女性の青春を描いた映画は、同名の主題歌と共に大ヒットし、山田にとっても賠償にとっても出世作となった。以後かれらは、「寅さんシリーズ」をはじめ、山田のほぼすべての作品で協力し合った。監督と俳優がこれほど親密な関係を築いたのは、世界中を探しても、他に例がないだろう。

タイトルにあるとおり、下町に暮らす若い女性の生き方を描いたものだ。その女性町子は、京成曳舟駅近くの石鹸工場(資生堂)で働き、家計を支えている。家は荒川の土手沿い、四つ木橋の付近にある。この当時の四つ木橋は、まだ木橋だった。彼女の家は、父親と二人の弟のほか、祖母が一緒に暮らしている。母親は病気で死んだことになっている。彼女は工場の同僚を恋人としていて、かれとの結婚を考えている。そんな設定で物語は進む。

恋人は、正社員になることを夢見ている。正社員になれたら、こんな煙突だらけの下町を脱出して、郊外の日当たりのいいアパートに引っ越したいと願っている。そんな折、町子の友人が結婚して、郊外の団地に移り住んだはいいが、あまり幸せそうに見えないのを不思議に思う。女性が結婚すると、専業主婦として家に閉じ込められ、夫唱婦随の生活が始まる。そんな生活の仕方に、町子も疑問を感じるのだ。どんな事態でも、自分は自由に生きたい。

下の弟は反抗期で、親や町子をこまらせる。悪さをして警察に補導されたりする。向島警察署の建物が映し出される。それは友達が悪いからだと思った町子は、鉄工所で働く若い男北(勝呂誉)をたずね、誘惑しないでくれと頼む。北は、弟はとてもいいやつだと答える。

恋人は結局採用試験に落ち、正社員にはなれなかった。そんな恋人を町子はなぐさめようとするのだが、恋人は自暴自棄になって、なさけない振る舞いをする。そんな恋人を町子はふがいないと感じる。そんな折に、北からデートに誘われ、浅草の花屋敷で遊んだりしているうち、次第に心が動いていく、といったような内容で、たいしたドラマ性があるわけでもないが、若い女性の感性がよく表現されていて、見ていてなつかしい気持ちになったりする。やはり、倍賞千恵子という女優の魅力によるものだろう。特に、ラストシーンで町子が北の呼びかけに微笑み返しをするところは、なんとも言えない気分にさせられるところだ。

曳舟を中心として、東京の下町向島地区が舞台になっているので、かつて曳舟にある向島区役所(墨田区役所向島庁舎)に勤務した経験をもつ筆者にとっては、非常になつかしい場所だ。町子が勤めていた資生堂の工場は、昭和の末期に閉鎖され、その後市民ホールに衣装替えした。





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