鈴木大拙「東洋的な見方」を読む

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「東洋的な見方」は、鈴木大拙の最後の著作であり、いわば遺書みたいなものだ。かれはこれを、1963年93歳の時に出版した。いま岩波文庫から出ている「東洋的な見方」は、大拙の死後に、西田幾多郎の研究者としても知られる上田閑照が編集しなおしたものである。原作に収められた14篇の文章のほか、同時期に書かれた文章を合わせ、34篇からなる論文集としたものである。

大拙はこれを93歳で出版したというが、当初収められた文章14篇は、いづれも90歳前後に書かれたものである。驚くべき精神力といわねばならない。大拙自身、自分が長命でかつ強靭な精神力を保持していることを、自覚もし、そこに天啓を認めているようでもある。日本の宗教家には、法然や親鸞のように、八十歳を過ぎてなお旺盛な知的活動をした人もいるが、大拙のように、90歳を過ぎてなお知的な活動を盛んに行った者はめずらしい。それには大拙の打ち込んだ禅の効用が働いているのであろうか。もっとも、先日成仏した寂聴尼も、100歳近くまで旺盛な知的活動をしていたから、こうした知的な長命ぶりは禅者だけの話ではないらしい。

大拙の著作活動は、仏教を中核とした東洋的な思想とか考え方とか信仰のあり方とかを、西洋人に向かって解くことを中心にしていたので、最後の著作が「東洋的な見方」と題されたことには、十分の理由がある。大拙は西洋人に向かっては、東洋的な見方の意義をとき、西洋人もそれを積極的に身につけるべきだと主張する一方、日本人を含めた東洋人に向かっては、西洋的な合理精神を身に着けるべきだと言った。

大拙の考えでは、人間の精神活動には、知的なものと霊性的なものがある。知的な精神活動は、合理的な世界認識をもたらし、したがって科学の発展を促進する働きを持つ。一方霊性的な精神活動は宗教の基盤となるもので、むろん西洋人にもあるが、しかし西洋人の宗教は浅はかだというのが大拙の信念である。真の宗教は、深い霊性に支えられていなければならぬが、キリスト教の信仰にはそれが欠けている。真に霊性に支えられた信仰は仏教にあるというのが大拙の揺るがぬ信念なのである。だからこの遺書ともいうべき著作「東洋的な見方」は、仏教的な意味での霊性のあり方を説いたものといってよい。

そういうわけで、この著作に収められた諸論文は、いづれも、東洋的な見方としての仏教の世界観とか信仰のあり方を説きながら、西洋人に向かっては、その東洋的な見方のすぐれている所以を説き、日本人に向かっては、西洋的な合理精神を身に着けることの必要性を説く。大拙によれば、日本人は霊性には富んでいるが、合理的な精神に欠けているために、ややもすれば幼児的な振舞いに及ぶことが多い。日本が先の大戦に大敗したのは、精神性ばかりにこだわり、合理的行動ができなかったためである。合理的な考えを踏まえたうえで、霊性的に振舞うべきであるというのが、大拙の基本的な立場なのである。

日本人の非合理的な精神性の典型例を大拙は特攻に見る。特攻というのは、全体のために個人を犠牲にするのは当然だという前提に立っているが、それでは真の霊性とは相反している。真の霊性はあくまで個人の尊厳と調和せねばならない。そうした意識が日本人にはない。あるのは変な感傷性である。感傷が先に立つあまり、合理的な判断ができない。特攻などは、アメリカ人はただの自殺攻撃とみて、そういうことをするのは日本人が愚かだからで、別に勇気とは関係ないと見ていた。大拙もそう見る。そう見たうえで、日本人はもっと合理的な精神を磨くべきで、そのうえで、冷静的な振舞いをすべきだというのである。

「物の見方ー東洋と西洋」と題した小論の中で大拙は次のように言っている。「日本では何といっても感情が先立ち、また考え方の後面に潜伏しておる。これに反して、欧米人の考え方は合理性を持っている、人格尊重という倫理観または人道主義を盾としている。今からの日本人は、封建主義や奴隷根性、外来のナチス的ファッショ的見方、及び霊性を没却したソ連式共産主義などというものを一擲して、それからまた二千六百年などという小説的に童話的に組み上げた歴史観をも清算して、そうして日本民族の真実の姿を見定めて、その上に始めて、日本的な政治・経済・倫理・宗教・文化が、最も尖鋭的に世界性をもって、築きあげられるべきだということを述べたのである」






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