新しい戦前と憲法:雑誌「世界」の特集

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岩波の雑誌「世界」最新号(2023年5月号)が、「新しい戦前と憲法」と題した特集を組んでいる。「新しい戦前」という言葉は、タレントのタモリが言い出したものだ。あるテレビ番組の中で、黒柳徹子女史から今の日本についての印象を聞かれ、この言葉を口に出したのであった。いわゆる安保三文書の改訂や、敵基地攻撃能力の保持など、官民あげて好戦的な雰囲気が充満しているいまの日本を、戦争に向かって突き進んでいった時代に重ね合わせて、こんな言葉が出たのだろうと思う。

色々と考えさせる論文が並んでいる。青井末帆「安保三文書改定と私たちの平和構想力」は、この改定が国民的な議論を抜きに行われ、明白な憲法違反が指摘できるにかかわらず、それを問題にとりあげることがはばかられている状況に危機感を表明しているし、加藤陽子「現代の安保関連三文書を、戦前期の『帝国国防方針』から考える」は、この文書が戦前の「帝国国防精神」を手本にしながら、それを踏み超えた内容をもっていることに、やはり重大な懸念を表明している。この安保改定三文書を積極的に評価する文章は、この特集の中には見られない。伝統ある左翼としての矜持の現れだろう。

小生がもっとも興味を持ったのは、石井暁と斎藤貴男の対談「防衛省、世論誘導工作スクープの裏側」である。これは、昨年末に、防衛省のAIを使った世論誘導工作をスクープした石井に、斎藤が訪ねるという形をとっている。防衛省を含めた各国の軍部勢力が自分の都合のいいように世論を誘導するというのは、別に不思議なことではない。しかし日本の場合には、政権がにわかに好戦的な姿勢に転じ、国民もある程度権力に迎合して好戦的になりつつある雰囲気があるので、この時点で防衛省の世論誘導工作が活発化し、世論がその誘導に乗せられることには危機感を覚える、というのがこの対談の主要な色合いである。

スクープの内容はさておいて、それに対する権力側の反発が大きかったという。石井は共同通信の記者であるが、その共同通信社あてに、防衛省の官房長名で抗議文がきたそうだ。これは異例のことであって、この問題についての権力側の姿勢を感じさせる。それについて、ほかの大手メディアは後追い報道を控えるなど、権力に忖度する姿勢をとっている。だから石井本人は、孤軍奮闘の状況に追い詰められた。「若い記者だと、あそこまで追い込まれたらけっこう厳しいんじゃないかと思います」と語っている。

このスクープに関連して、「経済安保の人脈と監視社会」とか、「河野太郎と実力組織」とかが取り上げられる。河野太郎について斎藤は、「ちょっとエキセントリックというか、何をやり出すかわからない怖さがありますね」と言っている。たしかに河野太郎には、エクセントリックなところがあると小生も思う。

今の日本の好戦的な雰囲気を象徴するのは、台湾有事に関する言説を中心とした中国敵視的な雰囲気が高まっていることである。それについて彼らは、今回の安保改定三文書の成立によって、日本は台湾有事に際して対中戦争に参戦する以外選択肢はなくなったという。これまでは憲法の制約を理由に戦争参加を抑制することができたが、安全保障法制によって集団的自衛権の行使を容認してしまったので、もう逃げられなくなってしまった、と言うのである。もっともそれはかれらの懸念であり、この国の権力は戦争することに前のめりになっているわけだが。

最後に彼らは、ジャーナリストらしく、記者の仕事で一番大事なのは権力監視だと言った。今の日本の大手メディアには、権力を監視するどころか、権力に迎合してその提灯持ちを演じるものが多いことを思うと、かれらのジャーナリストとしての使命感の表明は、実に意義のあることだと思う。





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