相米慎二「あ、春」:父と子の絆

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相米慎二の1998年の映画「あ、春」は、父と子の絆とは何かを考えさせる作品。それに1990年代末の金融危機を絡ませている。父と子の絆を結ぶのは普通は血のつながりだが、この映画は、血のつながりばかりが父子の絆ではなく、人間はもっと広い関係性を通じて絆を深めるものだというようなメッセージが伝わってくる作品である。

佐藤浩一演じる証券マンは、金持の女(斉藤由貴)と結婚して、そこそこに満足できる生活を送っている。かれの会社は、折からの金融危機のあおりで、倒産寸前である。職場の仲間には、要領よく転職をはかるものもいるが、かれにはそうした度量はない。なりゆきまかせに生きているだけだ。そんなかれのもとに、お前の父親だと名乗る老人が出現して、彼の家つまり妻の家に居候を決め込む。妻はともかく、義母はそんな老人を胡散臭く思うが、老人はどこか憎めないところがあり、だらだらと居候を続けることができる。

義母の入浴を盗み見したのを譴責されて、いったん家を追い出されるというハプニングもあるが、ホームレスの仲間に加わったりしてなんとかしのぎ、息子の怒りが収まるのをまって、見事家に返り咲く。老人には、息子しか頼るものがないのだ。

佐藤には実の母親が生きていて、その母親が関わり合いになるなと忠告する。だが佐藤は、実の父親をたたき出すなどできないとはねつける。そこで一計を案じた母親は、老人の同席する場で、佐藤の出生の秘密を語る。実はこの子は、お前の子ではなく、お前もよく知っている別の男の子だというのだ。お前が長期の航海に出ているすきに、別の好きな男と懇ろになり、その男の種を宿したというのである。その話を聞いて驚愕したのは、息子よりも老人のほうだった。老人はそのショックで病気になり、そのまま死んでしまうんだ。

筋書きはいたって単純だが、老人をめぐる世相のありさまとか、金融危機による社会不安とか、いろいろ背景的な事情を感じさせる映画である。老人を演じた山崎勉の演技が光っている。なお、佐藤が務める証券会社は、1997年に破綻した山一証券をイメージしているらしい。その金融危機が、結果として、いわゆる失われた二十年の起点を画したわけである。






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