国際市場で逢いましょう:韓国現代史を描く

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2014年の韓国映画「国際市場で逢いましょう(ユン・ジェギュン監督)」は、韓国現代史の一こまを描いた作品。北出身の一人の男とその家族を通じて、韓国という国とそこに生きる人々のあり方みたいなものを描いている。しかも、韓国現代史を象徴する出来事を背景にして。その出来事とは四つ、朝鮮戦争と国家の分断、貧しい時代における海外特にドイツへの出稼ぎ、ベトナム戦争への参戦、そして南北離散家族問題だ。そのすべてに、映画の主人公である男は、なんらかのたたちで巻き込まれるのである。

その男は、釜山にある国際市場に店を出している。そのあたりには再開発の流れが押し寄せており、男は店の売却を迫られるが拒絶している。その店には男の強いこだわりがあったからだ。その店をめぐって、男は自分の生きてきた過去を回想する。映画はその男の回想という形で展開していくのである。

まず、朝鮮戦争中における南への避難と、そのさなかに起こった家族の分断が描かれる。かれの家族は北側の興南で暮らしていたのだが、そこが米中の軍事衝突の舞台となったことで、巻き添えを恐れる住民が大挙して南へ避難しようとした。これは「興南撤退」としてよく知られた歴史上の出来事である。前大統領文在寅の家族もその折に「撤退」したといわれる。この撤退は、映画の中では、中国軍の虐殺を恐れた住民がパニックになったというふうに描かれている。韓国風の歴史観が反映しているわけである。

少年の主人公は、父親及び妹と離れ離れになり、母親及び弟、妹とともに船に乗って釜山に上陸し、国際市場に店を出している父親の妹を頼る。船はその後、残りの避難民を済州島に運んだという。済州島では、朝鮮戦争の最中に、韓国政府による大規模な住民虐殺事件が起きているが、映画はそれには触れていない。

成長した主人公は、ソウル大に合格した弟の学費をかせぐために、西ドイツに炭鉱夫として出稼ぎにいく。朝鮮戦争後の韓国は、経済が停滞していて、多くの国民が海外に出稼ぎに出ていた。主人公もそんな出稼ぎ労働者の一人だったわけである。かれが出稼ぎを決意したのは、一家の家長として家族の世話をみなければならないという使命感を持っていたからだ。かれはその使命感を父親から叩き込まれていた。韓国は、日本同様、長子相続を当然とする権威主義的家族関係が普及しているらしく、長男は家を相続して、家族を養うのが当然だとする考えが有力なのだろう。

西ドイツでは、やはり出稼ぎに来ていた看護婦の女性と仲よくなり、やがて二人は結婚するのである。映画は、老齢になったその二人の回想という面も持っている。

ベトナム戦争が勃発すると、主人公は軍属のようなかたちで参戦する。国際市場の店を買い取るためと妹の結婚のための資金が必要だからだ。この映画では、ベトナム戦争への批判的な言及は一切なく、主人公ら韓国人が、ベトナム人(ベトコンと呼ばれている)を殺すのは当然だとするような見方が支配的である。そうした傲慢さのゆえか、主人公は脚に大きなダメージを受けるのである。

最後に、離散家族再会問題が描かれる。主人公は、避難途中に生き別れになった父親と妹に是非会いたいと思い、そのプロジェクトへの参加を申し出る。その結果父親の消息はつかめなかったが、妹とは連絡をとることができた。

こういう次第で、この映画は、一人の男の生涯に韓国現代史を代表させているのである。そこから伝わってくるのは、国力の弱い国は、国民が苦労するということである。やっと日本による植民地支配から解放されたと思ったら、米ソ冷戦にまきこまれて代理戦争の舞台となり、国民はなかなか安心できない。その後も、国力がつかない間は、海外に出稼ぎにいったり、外国の戦争に仕事の場を求めざるをえない。韓国人がベトナム戦争に参加するのは、道義的な理由からではなく、職を得るためだという露骨な動機がこの映画からは伝わってくるのである。





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