フランス・レジスタンスの詩人たち:加藤周一「途絶えざる歌」

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加藤周一は、ナチス占領下のフランスのレジスタンス運動を象徴する詩人たちを高く評価する。とくにアラゴンとエリュアールを。この二人ともシュル・レアリストだった詩人であり、現実を超越するところに人間の価値を認めていた。ところが、フランスがナチスに占領され、フランス人の誇りが傷つけられるという現実に直面して、俄然リアリストになった。現実を正しく認識するためには、リアリストの目が必要だからだ。彼らの直面した現実とは、祖国フランスのみじめな状況だった。そこでかれらはそのみじめな状況を乗り越えて、誇らしく生きることを望んだ。その怒りと祖国への愛が、彼らのレジスタンス期の詩人としての活動を推し進めたと加藤は言うのである。彼の小論「途絶えざる歌」は、そんな彼らへのオマージュになっている。

フランスの詩の伝統は、シュル・レアリズムが運動として停滞した1930年代には、ほとんど死にかけていた。それが、ナチスの占領を受けて国民の愛国感情が高まると、それに寄り添うようにして復活した。アラゴンとエリュアールがその先頭に立って、ナチスへの抵抗と祖国への愛をうたった。フランスの詩の歴史上かつてないことだった。フランス人は、詩人といえども、愛国心を歌うような伝統を持たなかった。それが突如、愛国心に訴えかけるような歌が声高らかに響いたのである。

アラゴンについていえば、ダンケルクからイギリスに逃れ、そこから南仏に潜入して、「国民作家協議会」を立ち上げ、エリュアールと共につくった「ビブリオテーク・フランセーズ」紙上に「祖国フランス」を歌う詩を発表し、フランス人を鼓舞した。そのさまを加藤は次のように表現する。「およそ一人の詩人が、これほどまでに、フランスということば、祖国またはわが国ということばを、繰り返した例は、他にあるまい。そしてそれが外国人であるわれわれにさえも美しく響いたという例は、なおさら他にあるまいと思われる」。

ナチスへの抵抗と祖国への愛がなぜかくも感動を呼んだのか。それについて加藤は、アラゴンにとって祖国への愛は、一人の女への愛と不可分に結びついていたということをあげる。祖国の存在は、女との愛を成就させるうえで不可欠のものである。だから女への愛を成就させるためにも、祖国の解放を求めねばならない。つまりアラゴンにとっては、「フランスへの愛が同時に個人的な愛」だったというのである。

加藤のこうした解釈をどうとるかは、読み手の気持ち次第であるが、小生などは、そこに功利主義的な割り切りを感じざるをえない。

エリュアールは、祖国への愛を自分の個人的な愛と結びつけることはなかった。かれが歌ったのは、個人的な感情ではなく、真実であった。その真実とは、エリュアールにとって、「まず祖国の解放であり、祖国の解放は人間の解放であり、人間の解放である以上、ナチスからの解放であるばかりではなく、第三共和制の抑圧者からの開放を意味するほかはなかった」。つまりエリュアールは、加藤によれば、普遍的な価値としての真理のために立ちあがったということになる。

いずれにしても、アラゴンやエリュアールが、ナチスによる占領に直面して、それへの抵抗と祖国への愛を歌ったことは間違いない。その祖国への愛を歌うということが、それまでのフランスの詩の伝統から著しく飛び出していたのである。つまり、かれらにとっては、自分自身とフランスという国家とが幸福な調和に包まれていたということになる。ふつう、詩人や芸術家が過度に愛国的になるのは、胡散臭いものと思われがちだが、ナチス占領下のフランスにおいては、愛国心は自我意識と矛盾することがなかった、と加藤は考えているようなのである。

加藤はこの文章の中では全く触れていないが、ナチスに対するレジスタンス意識を高揚させた詩人として、他にデスノスがいる。デスノスは、祖国を歌うことはなかった。かれが歌ったのは、権力によって引き裂かれる個人の苦悩である。その苦悩があまりにも人間的であり、かつ普遍的なので、それを読むものはおのずから、不条理への怒りと人間性の解放を願わずにはおれない。デスノスがその詩を通じて訴えかけるのは、人間としての感情なのであって、別に祖国の危機をことさらに強調せずとも、状況の危機的様相は十分伝わるのである。

以上を通じて感じ取れることは、詩の形式によってレジスタンスと人間性の解放を訴えるには、かならずしも祖国への愛を介在させる必要はないということだろう。だが、それが手っ取り早い方法であることは間違いないことなので、アラゴンやエリュアールは祖国への愛に訴え、それに対してデスノスは自身の置かれた不条理さに向きあったとうことなのであろう。デスノスの直面した不条理さは、愛する人と切り離され、孤独のうちに死んでいくことの予感であった。

なお、タイトルの「途絶えざる歌」とは、エリュアールの著作の表題だそうだ。






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