キム・ギドク「春夏秋冬そして春」 韓国の禅寺

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キム・ギドク(金基德)の2003年の映画「春夏秋冬そして春」は、アメリカで評判となり、韓国映画に世界の注目が集まるきっかけになった作品。いかにも韓国を感じさせる自然を背景に、禅寺で暮らす老僧と、その庇護をうける少年の半生を描いたものだ。小生のような仏教に関心を持つ者には、韓国にも禅寺があることに新鮮な気持ちを覚えた。

山奥に、水上に浮かぶ寺がある。禅寺である。その寺を浮かべている水は、ちょっと見には湖に見えるが、水位の満ち欠けがあることから、川のようでもある。実際船が自然に動いて行ってしまうシーンがあるので、川なのであろう。岸辺とは、その小さな船で行き来する。

少年は、五歳くらいに見える。老僧に養われ、のびのびと暮らしている。その少年がやがて青年になり、普通の大人になる過程を描く。最後には、老僧が死んで廃墟になった寺にその大人が住みつき、その大人が、寺を訪ねてきた幼い少年を、自分の庇護下に置く。かつての自分もまたそのようにして、老僧に庇護されたらしいのである。

そこに仏教でいう輪廻のようなものを、欧米人は感じて、この映画に関心を示したのであろう。

五つの場面からなる。ある種のオムニバス作品である。第一の場面は春。少年が小さな動物を相手に遊ぶうちに、動物の命をもてあそんだことを老僧に叱られる。

第二の場面は夏。女の二人連れが寺を訪ねてくる。母親が娘の病気の治療を老僧に依頼してきたのだ。その娘に青年になった主人公が恋をする。老僧はその恋を祝福し、青年は娘とともに寺を出ていく。

第三の名面は秋。数年たって、大人になった主人公が単身戻ってくる。かれは妻殺害の容疑で追われている。老僧はそれを知りつつ主人公を受け入れる。そこに警察が追ってくる。老人は、床に般若心経を書経し、文字を彫り込めと主人公に命じる。その作業がおわるまで、警察官は逮捕を延期する。作業が終わると、主人公は連行されていく。その後ろ姿を見送った老僧は、気を落として自分の顔に「閉」という文字を書いた紙を張り付ける。どういう意味かはわからない。

第四の場面は冬。刑期を終えた主人公が寺に戻ってくると、老僧はすでに死んでいて、主人公は単身そこに住む決心をする。そこに小さな子供を伴った女が訪ねてくる。女は氷の裂け目にはまって死ぬ。

再び春がくると、主人公はその子供に教育的に接するようになっている。といった内容である。

見どころは、やはり韓国のみずみずしい自然だろう。とりわけ緑の森と澄んだ水が呼応しあい、のんびりした雰囲気のなかにも、自然の豊かさ、厳しさを感じさせるところがよい。






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