
セザンヌはあるイタリア人少年をモデルにした絵を四点描いた。1888年頃のことだ。そのうち最も有名なのが「赤いヴェストの少年(Le Garçon au gilet rouge)」と題されたこの絵だ。他の三点も、赤いヴェストを着た少年を描いているが、ポーズはそれぞれ違う。それらはみなアメリカの博物館にある。
この絵の中の少年は、床几のようなものに腰掛け、テーブルの上に肘をのせてなにやら瞑想している。その雰囲気がなんともいえない。そこがこの絵を、セザンヌの肖像画を代表する存在にした所以だろう。セザンヌの肖像画の代表たるのみならず、油彩の肖像画のもっともすぐれた作品の一つに数えられる。
伝統的な画法からまったく離れた、セザンヌ特有の画法を感じさせる。遠近法をほとんど無視し、また明暗で立体感を表現しようともしていない。影らしきものはあるが、それは立体感の演出とは無縁である。あくまでも二次元の平面として構成されている。その二次元の平面のなかで、テーブルもカーテンも実際の形態とは別な形に再構成されている。
(1888-1890 カンバスに油彩 80×64.5㎝ チューリッヒ、ビューリー財団)
コメントする