「法を平等に適用しなければ、種としての人類が崩壊する」。これはカリム・カーンICC主席検察官がCNNのインタビューに答えて言ったことばだ。このインタビューの概要を、雑誌「世界」の最新号(2024年8月号)が掲載している。それについて、戦後責任論争で知られる高橋哲哉が解説を加えている。これらを読むと、人類社会もまだ捨てたものではないとの気にさせられる。なにしろ、プーチンについては、その蛮行を口を極めて罵っている「西側」が、イスラエルによるガザの大虐殺には目をつぶっている。そんなしらけた世相の中で、プーチンにしろネタニヤフにしろ、法の前では平等だ、犯した罪については、平等に裁かれなばならない、という当たり前のことを、カリム・カーンの言葉は、あらためて認識させてくれる。
カリム・カーンの応答には、悲壮さが感じられる。それは、アメリカやイスラエルの圧力があるからだろう。アメリカの議会は、カーンを直接名指しして非難し、彼自身ばかりかかれの家族にも制裁を課すと言っている。そうした圧力に屈するわけにはいかない。もし屈すれば、つまり、「私たちが不都合な真実をエアブラシで消すようなことをすれば、ガス室の犠牲者の名誉を傷つけることになります」とカーンはインタビューの最後で強調する。その言葉は、ICCがニュルンベルク裁判の結果を踏まえて生まれたという歴史的な事実を踏まえている。米英には「この裁判所はアフリカや、プーチンのような暴漢のために作られたものだ」と露骨に言うものもいるが、そうではなく、人類社会に正義を実現するためにある、ということをカーンは力強く言っているのだ。
高橋の解説は、ヨルダン川西岸において、イスラエル「国家と公的機関自体が違法行為を実行」してきたことに言及する一方、イスラエル政府のICCへの敵対行為についてスクープしたイギリスの新聞 The Guardianの記事を紹介している。そこで「ICCに対するイスラエルの九年間戦争(Spying, hacking and intimidation: Israel's nine-year 'war' on the ICC exposed)」と題するその記事を、ネット上に探し出して読んでみた次第だ。
イスラエルがICCへの敵対行為を始めたのは2015年のことだ。その年に、パレスチナが国連総会で国家として認められたことを踏まえてICCの構成国に加えられた。そのことは、イスラエルによる反人道的な行為をICCが取り上げる可能性を示唆した。じっさいICCは、ファトゥ・ベンスーダの指導のもとで、イスラエルの人道犯罪を調査し始めた。危機を覚えたイスラエル政府は、ありとあらゆる手段を使ってICCへの捜査妨害に乗り出した。それはきわめておぞましいもので、ベンスーダ個人とその家族の安全を脅かすものであった。だが、ベンスーダは屈しなかった。彼女の在任中にイスラエルの責任を問う具体的な動きには至らなかったが、彼女の業績があったおかげで、それを引き継いだカーンが今回の勇敢な行動に踏み切ることができた。
この記事を読むと、ネタニヤフらイスラエルの指導者らが、ICCに訴追されることを異常に恐れていたことが伝わってくる。それは、彼ら自身、国際法違反をしていると認識していたからだろう。ネタニヤフらは、イスラエルの諜報資源を総動員してICCの捜査を妨害し、また、アメリカにトラプ政権が登場してからは、アメリカ政府を巻き込んでICC非難を続けた。かれらは自分らの脅迫行為がかなり功を奏していると思っていたフシがある。だが、今回のカーンによる逮捕状の請求という行動を止めることができなかった。そうした経緯が、ガーディアン紙のこの記事には非常にわかりやすく書かれている。
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