曙橋で気炎を吐く

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例のロシア旅行同人の諸君と久しぶりに会って飲んだ。場所は曙橋の中華料理屋峨眉山。この連中と会うのは今年の二月以来だ。その間メンバーから何の音沙汰もないので、もしや死んでしまったのかと心配したくらいだ。なにしろ我々は、いつ死んでもおかしくない年だからね。そこで安否確認をかねて小宴の開催を呼び掛けたところ、みないそいそと集まったというわけだ。

前回はフルコースを頼んだところ、ボリュームがありすぎて食いきれなかった。だから今回はアラカルトにしようと浦尾が言う。その浦子が岩子の顔をしげしげと見つめて、白髪が増えたね、皺も増えた、口の周りなどはシワシワだよと冷やかした。すると、岩子はむっとした顔つきをした。今日も午前中はテニスを楽しんだ、健康には自信がある。皺のことを指摘されるのは心外だ、と言いたいようである。その岩子の顔を横目に見たところが、やはり浦子の言うとおり、口の周りに皺が寄っていた。明らかに老人の相である。白髪が目立つのは、ヘアダイの効果が切れているからだろう。

浦子はまた、先日は大学の中国語クラスの連中9人で同窓会をやったそうだ。場所は北門近くのソバ屋だそうだ。9人とはまあ、随分集まったね。我々の仲間だった笠子も中国語クラスだったと思うが、笠子はすでに死んでしまった。その中国語クラスは27組だったという。われわれロシア語クラスは29組だったが、その中間の28組は何語クラスだったかね、と小生が問うと、28組がロシア語クラスで、29組は存在しなかったはずだと他の連中が言う。そうかなあ、と小生は自分の記憶力に自信を失った。

折から都知事選の最中である。石子はR女史を応援しているそうだ。現職は問題がありすぎる、次善の策としてR女史を応援したいというのだ。かれはなかなか政治意識が旺盛で、いまでも毎月国会前のデモに参加しているのだそうだ。前回のデモには300人くらいしか集まらなかった。でも、声を上げ続ける意義はある、そう石子は言う。小生はデモをするまでには至らないが、先日は、路上で抗議の声をあげる人に連帯感を示したことがあった。政治的な意思表示は大事なことだと思う。

小生は、今度の都知事選の最大の争点は神宮外苑の再開発に象徴される東京の緑の破壊だと主張した。ところが都知事選では、このテーマが争点化されているようには見えない。このままだと、神宮外苑のあの貴重な緑が壊滅してしまう。東京都民ではない小生までが、こんなに憂慮しているのであるから、都民はもっとこの問題を真剣に受け止めてほしいね。

沖縄での米兵の度重なる少女強姦事案を、日本政府がひた隠しにしていたのは怪しからんね、と浦・石両君が憤慨する。駐日米大使はこのことを百も知っていながら、沖縄に出向いて行って、日本人も中国と戦う覚悟をもてと発破をかけた。日本人に命をかけて戦うことを求めるなら、その前に、米軍の規律を徹底してもらいたいね。こんなことが繰り返されるようでは、沖縄の人々が独立への意思を固めることには十分な合理性がある。日本政府も、日頃沖縄に対して不誠実な態度をとり続けていては、沖縄の人たちの独立への意思を否定するわけにいかなくなる。もっとも、沖縄が日本から独立していやっていけるのかという懸念はあるが。そういう小生の懸念に、世界には沖縄より小規模でも国家としての自立をはたしている国もある。沖縄には独立してやっていけるだけの十分な能力がある、と石子は強調した。

今回は紹興酒のうまいやつを飲もうということになって、八年物を注文した。ラベルには、中国紹興で製造したとある。そこで小生は、紹興の国営醸造所で見た紹興酒製造の現場の様子を話してやった。面白いことに、工場の貴賓室に林彪の肖像画が架けてあったよ、と言ったところ、みな一様に驚いて見せた。中国の江南地方では、娘が生まれると紹興酒を仕込むという。年頃まで熟成させて嫁入り道具に持たせるのさ。そう言ったところ、みな感心していた。

ところで、EU諸国で右翼が躍進しているが、どう見るかね、と誰かが言い出したので、小生は、ウクライナやイスラエルのことがきっかけで、どの国でも露骨なナショナリズムが高まっているのだろうね。フランスに関しては、それに加えて、マクロンのオウンゴールもあると思うよ、と解説した。マクロンは、フランス軍をロシアに派兵するとまで言った。それに国民が反発したというのはありうる。大事な息子をロシアに引っ張っていかれて、挙句に殺されるのはかなわない。そんな心配がマクロンへの鉄槌となったと考えられる。そう言ったところが、その心配がなぜ右翼の躍進につながるのか、みな納得できない様子だった。

峨眉山で二本目の紹興酒を片付けたのち、例によってガウチョおじさんの店に移った。石子も岩子も明日は朝早くから仕事があると言ったが、仕事などはいつでもできるさ、生きる喜びを味わうのが利口な生き方というものさと言いながら、おじさんの店になだれ込んだ。今晩はわれわれのほか客がないので、おじさんもわれわれの輪に加わった。われわれと同じハイボールをすすめたところ、病気を気にして飲まないことにしているという。症状が進行して、最近は肺の周辺に鋭い痛みを感じることがある。もう寿命が尽きかけているのかもしれない、と弱音を吐くので、我々としては何とも言えないが、まあ、生きる気力を保ち続けることだね。気力がなくなると、ろくなことはないというから、といって慰めにもならない言葉をかけることしかできない。

そんなわけで、今晩は妙にしんみりした雰囲気となり、カラオケで喉のリハビリをするということにはならなかった。





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