今年の原爆の日の式典をめぐる広島・長崎両市の対応は分かれた。広島がイスラエルを招待したのに対して、長崎は招待しなかった。そのことに対して駐日イスラエル大使が口汚くののしっている。長崎市は招待によって混乱が生じることを恐れて見送ったというが、それはでっちあげの理由だというのだ。
日本国内では、広島がイスラエルを招待することへの強い批判がある。広島は、長崎同様、ウクライナを侵略していることを理由にロシアを招待していない。その理由が正当ならば、ガザのパレスチナ人に対してロシア以上にひどい虐殺を行っているイスラエルを招待するのは、あきらかにダブルスタンダードだ。
広島が、ガザの大虐殺には目をつぶって、イスラエルを招待しているのは、見方によっては、非常に政治的な行為である。広島は、ロシアには厳しくする一方で、イスラエルには連帯を表明している、と言われて仕方なかろう。それを主導しているのは某広島市長で、被爆者団体等はそれに批判的だという。これは某広島市長が政治的な動きを見せているのであり、被爆者団体のほうが理にかなった主張をしているとみてよい。
それにしても、駐日イスラエル大使の口汚いののしりかたは、まともな日本人ならとても受けいれられるものではないだろう。当該大使は、今進行中のイスラエルによるパレスチナ人の大虐殺にはいっさい触れていない。それを正当な行為だと思っているなら、ネタニヤフのように、率直に言うべきである。我々が行っているガザでの虐殺は正当な行為なのであり、ガザのパレスチナ人をイスラエルのユダヤ人が虐殺することは、正義にかなったことなのだと、と。
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