想田和弘の2011年公開の映画「Peace」は、想田の妻柏木規与子の両親の生き方を追ったドキュメンタリー作品。両親は岡山で暮らしている。父親は養護学校の教員をやっていて、定年退職後は障害者を対象にしたボランティア活動に従事している。障害者を車に乗せて移動する仕事である。福祉タクシーのようなものだが、普通のタクシー料金の半額以下でなければならない。そのため、売り上げがすべて経費で消え、自分の所得にはならない。だからボランティア活動なのだ。母親のほうは、障害者や病人の日常の世話をしている。夫婦でボランティアなのだ。
父親は、ボランティア活動のかたわら猫の面倒をみている。もともと野良猫だった猫やそれが生んだ猫だ。猫の数はだいたい五匹前後で安定しており、一定の新陳代謝がある。新しい猫が加わると古い猫がいなくなり、数は一定に保たれるのだ。現在は、新しいオス猫がやってきて、集団の秩序を乱している。そのオス猫を、父親は泥棒猫と呼んでいる。在来の猫がメスばかりなのに、この泥棒猫はオスで力が強い。それでメス猫たちは、そのオス猫に遠慮するようになっている。それが父親には心配だ。
画面は、数人の身体障害者を父親が車で送り届ける様子を写したのち、末期がんの患者に焦点をあてる。この患者は、母親のほうも密接にかかわっている。治療の手助けをしたり、また福祉関係者との連絡にあたったりだ。その患者を父親が病院に運ぶ。その際患者は、精一杯おめかしする。患者は肺がんで、進行している様子は見られないが、かといって安心できる状態でもない。この患者の口癖は、「これ以上迷惑をかけたくないから、早く死にたい」というものだ。それに母親は「まだお呼びじゃない」と答える。この言葉をこんなシチュエーションで使うというのは意外だった。
岡山の街角に鳩山由紀夫のポスターが貼られているのが見える。この映画がドキュメントしているのは、ちょうど2009年の政権移行があったころのことだ。その年の選挙に勝った民主党が政権を握った。有権者は鳩山の政策に期待して民主党を勝たせたのだったが、民主党は権力争いにあけくれるなど、稚拙さを披露して、国民の支持を失った。
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