想田和弘の2020年のドキュメンタリー映画「精神0」は、同監督の2008年の映画「精神」の続編である。「精神」で出ていた山本医師の10年後の姿を追っている。山本医師は、高齢を理由に現役引退を決意し、患者たちにその旨を話し、別の医療機関に引き継ごうとしている最中である。カメラは、そんな山本医師が、患者たちと向き合い、今後の治療方針を相談する姿をとらえている。一方、認知症に陥ったと思われる夫人の姿にもカメラを向けている。山本医師と夫人のやりとりを見ていると、夫人の世話をせねばならなくなった事態が、彼の引退の決意を早めさせたというふうに伝わってくる。
前半で山本医師と患者たちとのやりとりが、後半で山本医師と夫人とのやりとりが映される。患者たちはみな一様に、山本医師との別れに不安をぶつけてくる。ただに治療ということにとどまらず、人間的なつながりを山本医師との間に築いてきて、そのつながりあるいは絆が断ち切られることに深い不安を感じるのだ。患者によっては、いきなり中断するのではなく、過渡的な時間を持つようになるだろうと山本医師は思ったりする。すこしずつ離れていかねばならぬだろうと予感するのだ。
夫人については、前の作品に出ていたときの様子が写されるが、その時の夫人はきりりとしたところを感じさせる。ところが、いまでは心身ともに衰えを感じさせる。足元がおぼつかないし、心も自立性が弱まっているように感じられる。そんなにひどい症状とは思われないが、認知機能の衰えを感じさせる。そんな夫人に対して山本医師は優しく接する。かれらは中学校以来の幼馴染で、高校では同級生だったそうだ。若い頃は、夫人のほうが積極的だったように思われるが、今では医師が夫人に対して保護者的に振舞っている。
想田は、例によって単身カメラを持って取材している。夫妻の居間にも単身乗り込んでカメラを向ける。そんな想田を山本夫妻は寿司でもてなす。寿司を食いながら酒を飲もう。タクシーを呼んでやるから、と山本医師は想田に語り掛けるのである。山本医師がなぜ想田に対してそこまで融和的に振舞うのか、画面からはわからないところが多いが、独特の信頼関係を築いているのであろう。
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