井伏鱒二には、大衆受けを狙った通俗的な作品もある。「駅前旅館」と題した中編物はその代表的なものだ。旅館の番頭の独白というような体裁をとっている。それも、作家に頼まれて、番頭としての自分の生きざまを語るという形である。作家がそれを頼んだのは、すでに過去のものとなりつつある番頭という職業の持つ独特の美学を記録しておきたいという考えからだということになっている。たしかに、戦後のあわただしい近代化の波を受けて、旅館経営も近代化し、徳川時代以来の番頭という身分は次第に消え去り、近代的なマネージャーなるものが、それに代わりつつあった。井伏は、そんな傾向に一抹のわびしさを感じ、番頭というものの美学的な雰囲気を多少とも記録しておきたいと思ったのであろう。当の番頭自身に語らせることで、その美学を生々しく再現しようとしたのであろう。
語り手は、上野駅前にある柊本という旅館の番頭。上野の駅前には多数の旅館があったようで、語り手の番頭は、他の旅館の番頭たちと、同輩としての付き合いをしている。場所は明示されてはいないが、いまでも御徒町方面へかけて旅館の集中立地する地区があり、上野駅前旅館街と呼ばれているから、そのあたりにあったものと考えられる。位置感覚がなくても小説は十分味わえるが、位置感覚が明確だと、味わいはさらに深さを増す。
この番頭は、母親が旅館の女中をしていたこともあり、子どものころから女中部屋で、女中に囲まれて育った。そんなことから性格的にいい加減なところがある。だが、そのいい加減さが番頭稼業にマッチする。番頭といえば、謹厳実直なイメージが浮かぶが、実際にはいい加減なものらしい。店の金と自分の小遣いの区別がつかないというのは、その最たるものだ。しかも、店の金を自分の懐にいれることに、何らのやましさも感じない。むしろそれを合理化するための屁理屈を弄する。よそから来た板前が、それを批判すると、かえって逆切れする。
仲間の番頭が、女房のほか色を持っているのに対して、この番頭は女房もいない。だが女が嫌いというわけではない。じっさい、この番頭はお菊といういわれ多い女に入れあげており、また、お菊がいなくなると、辰巳屋という飲み屋の女将とねんごろになる。とはいえ、くっつくまではいたらないようだ。辰巳屋は後家横丁という裏通りにある。戦後の上野には後家がたくさんいたものと見える。
関東の旅館の番頭は、江ノ島で武者修行をするものらしい。夏場は東京の旅館はヒマになるが、江ノ島は夏でもにぎわう。そこで江ノ島の旅館に一時奉公して、客引きのコツを身に着けるのが一流の番頭になる秘訣だ。番頭の仕事のうち最も肝心な部分は、いかにして客を入れるかということなのである。自分の才覚でいれた客は、半分は自分の財産のようなものだ。だから、店を通さず直接客と取引をすることもある。それは近代的な感覚では公私混同だが、番頭たちの伝統的な観念のうちでは正当な行為なのである。
お菊は二度番頭の前に顔を見せる。一度目は甲州の旦那の付き添いでくる。その際に番頭はお菊から二の腕あたりをつねられる。だがそれ以上には接近しない。二度目は、信州の紡績工場の女工たちを引率して東京見物に来る。その際は、飲み屋で脚を絡ませるくらいで止む。番頭は、色好みであっても、客の旦那の色に手出しするようなことは、職業倫理として許されないと考えているのである。
お菊がいなくなると、女日照りになった番頭は、辰巳屋の女将に接近する。だが、男女の関係までは進まない。その前に、友達になってしまうのだ。男女が友達同士になると、いわゆる男女関係には発展しないものらしい。
番頭は、仲間の番頭の勧めもあって、見合いをする気になる。その前祝いとして、仲間同士で甲州辺へ旅行することになる。だが、いろんな事情があって、甲州旅行は中止、番頭は辰巳屋の女将とともに、東中野の求心閣というところへ出かける。東中野にはかつて、ちょっとした宴会場があったものだが、どうやらそれをイメージしているらしい。そこは今は存在しない。再開発のためのタネ地にされてしまったからだ。
求心閣に行ったことで、番頭は昔のことを思い出す。さる書生の見合いのことだ。その書生は、下宿の女将と変なかかわりになったおかげで、その姉を押し付けられたのだった。
そんな具合で小説としてはまとまりも取り留めもない。作家の要望に応えて自分の体験を語るという体裁のためであろう。
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