ボケ老人が去って不良老人が戻ってきた 落日贅言

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アメリカ大統領選はトランプの勝利をもたらした。そのトランプを小生はかねがね不良老人と呼んで、批判してきた。一方、現職のバイデンを小生はボケ老人と呼んで、かれのあやふやな立居振舞にあきれかえってきた。先般この二人が討論会に臨んだ際には、たがいに相手を口汚く罵りあうのみなので、そのさまを「ボケ老人と不良老人の罵りあい」と表現した。この二人のうち、ボケ老人が去って、不良老人がアメリカの大統領に復帰することになった。その前に、不良老人に対してバイデンの副大統領カマラ・ハリスが立ち向かったのであったが、力不足は明らかで、ねじ伏せられた。ハリスはバイデンのコピーのように見なされて、独自の存在感を示すことができなかった。存在感の希薄なものに、権力は担えない。

今回の大統領選は、最後まで帰趨の見えない激戦だと言われてきたが、小生はトランプの勝利を確信していた。その理由は二つある。一つは、いわゆるスウィングステートの票がハリスを見放すことが明らかだったこと、もう一つは、黒人やヒスパニックなどこれまで民主党の岩盤支持層と言われてきた層に民主党離れの傾向が顕著に見られたことである。まずスウィングステートの動向であるが、これについて小生は、「バイデンの再選に黄信号」という小文をこのブログに乗せたことがある。それはいわゆるスウィングステートの動向が選挙結果に決定的な影響を及ぼすということを踏まえて、今回の選挙では七つあるスウィングステートの大部分が民主党を見放すだろうと予測したものだ。スウィングステートには、無視できない数のアラブ系の有権者がいて、その動向が選挙結果を決定する。民主党はそれ相応の対応をしない限り、つまりスウィングステートのアラブ票を取り込まない限り、選挙に負けるだろうと予測したのだったが、民主党は有効な対策をとらなかった。そのためアラブ票のほとんどを失うことになり、それがスウィングステートでの敗北につながった。前回(2020年)では、七つのうち六つの州に勝利したものが、今回は七つすべての州で共和党に敗れた。アラブ系の人たちが民主を見放したのは、民主党がイスラエルに加担して、パレスチナ人の虐殺を放置していると考えたからだ。かれらの怒りは、民主党そのものに向けられたと言える。そんなわけで今回民主党がトランプに敗れたのは、自業自得なのである。

七つ以外の州では、選挙結果は前回と全くかわっていない。だから一層、スウィングステートの動向がものを言ったわけだが、それら他の州においても、民主党の退潮ぶりが目立った。ニューヨークやカリフォルニアといった従来民主党の強かった州でも、支持率を大きく下げている。黒人やヒスパニックといったマイノリティの層が民主党に愛層をつかしたためだ。そのことはかなり以前から指摘されていたことだ。黒人やヒスパニックはこれまで民主党をダイバーシティを重んじる政党として応援してきたが、その傾向が崩れつつある。かれらにとって今の民主党は、デモクラシーとか女性の権利に重心を置くあまり、かれらが属する労働者階級の利益を軽視している、というふうに映っているようである。民主党内からも、サンダースのように、民主党が労働者を見捨てたので、労働者も民主党を見捨てたと言う者もいる。このままでは民主党はじり貧になっていくであろう。なにしろ今回は、絶対得票数でも民主党は共和党に負けたのである。民主党にとっては地滑り的な敗北と言ってもよいのだが、とりあえず今回は、スウィングステート以外の州では現状を維持したということになる。

トランプが大統領に返り咲くことで、どんなことが起るのか。いま世界はそのことに神経をとがらせている。はっきり言えることは、一期目におけるアメリカファーストの政治をもっと徹底するだろうということだ。経済的にも軍事的にも一国主義を深めるだろう。また、政治姿勢についても人の度肝を抜かすような態度をとるだろう。トランプはいつくかの気になることを公言している。少なくとも大統領就任の日には独裁者として振る舞うこと、いままで自分を訴追・批判してきた者に復讐すること、政府機関のスタッフを総入れ替えし、自分に忠誠を誓う者だけを採用すること、特に軍隊については自分に忠誠を誓うものだけで構成する、などである。経済の分野では、高関税を課してアメリカ企業の利益を守ること、外交の分野ではウクライナへの支援をやめる一方、イスラエルにはやりたい放題にやらせるといったメッセージが伝わってくる。

トランプが独裁者として振る舞うと公言しているのは、どういうことか。かれはヒトラーをかなり高く評価しているようなので、ヒトラーを参考にして、強い権限を行使するという意味か。あるいは自分は法を超越した存在だと言いたいのか。法を超越しないまでも、今後トランプが独裁者として振る舞う条件はかなり整っているといえる。いまやアメリカ大統領の権限は史上最大規模の強大さをほこっている。制度上大統領の権限を制約できるのは議会と司法以外にない。ところが議会は上下両院とも共和党(トランプ党)が制し、司法もまたトランプの応援団と化しているありさまである。権力のチェック&バランスがきかなくなっている。そういう状態では、トランプは無制約に自分のやりたいことをやることができる。そういう事態を政治学のジャーゴンでは独裁という。トランプは、今の制度を活用して独裁者として振る舞えるのである。今の制度を前提とすれば、かれは今後四年間だけ独裁者でいられるわけだが、もしかしてプーチンのように、終身権力を握る存在になりたいと思うかもしれない。それでこそ本物の独裁者である。

トランプは、政治上の敵について強い口調で語る。敵・味方のレトリックは、カール・シュミットもいうとおり、もっとも原始的でしかももっとも強力なレトリックだ。そのレトリックを活用しながらトランプは、自分の批判者を徹底的に弾圧するだろう。かれは国内にいる敵に徹底的な打撃を与えると公言している。必要なら軍隊を動員して、それらの敵を殲滅するとも言っている。軍隊は、政敵への攻撃だけではなく、クーデターの担い手にもなる。トランプは、前回の大統領選にさいして、敗北を認めず、クーデターまがいのことまでやったわけだが、力足らず破綻した。もしあの時に、軍隊が自分の側にたったら権力を手放さずに済んだ、と考えても不思議ではない。トランプが軍人に対して自分への個人的な忠誠を求めるのは、生涯権力を手放したくないという野望のためと考えるのは、下種の勘ぐりだろうか。

トランプの再来によって当面もっとも影響をこうむるのは国際情勢だろう。とくにウクライナと中東の情勢だ。バイデンは西側諸国と協調してウクライナを支えてきたが、トランプはそれについて否定的である。自分が大統領になったらウクライナでの戦争をすぐに終わらせるともいっている。具体的な方法は述べていないが、現状で停戦させるというのがもっともありそうなやり方である。現状で停戦するというのは、ロシアが占領した地域をそのままロシアに割譲させるということを意味する。ウクライナが希望しているNATOへの加盟は当面あきらめさせる。そのかわりにロシアのこれ以上の侵略を許さないだけの軍事力を保証するという案も考えているようだが、いずれにしてもロシアのやりどくで決着する可能性が大きい。ロシアの帝国主義的な拡大への野望をトランプがかなえさせることになる。

中庸情勢についてもトランプはすぐに終わらせると(あるいはネタニヤフに向かって早く終わらせろと)、言っている。これも具体的な方法は述べていないが、どうもパレスチナ人を早く屈服させろということらしい。そのためには多少手荒なことをやってもよい。ネタニヤフはトランプのお墨付きを得て、パレスチナ人へのジェノサイドに仕上げを施すだろう。今やパレスチナ人の死者は、餓死を含めて十万人にのぼると推測される。このままだと二十万とか三十万あるいは四十万単位で死者が出るだろう。そうなればパレスチナ人は長期間にわたって抵抗する能力を失う。アメリカは一方で、パレスチナの最大の後援者であるイランを徹底的に叩く。イランの経済力に打撃を与えるために必要なことは何でもする。イスラエルによるパレスチネ人へのジェノサイドとアメリカによるイランの無力化を並行して進めれば、中東にはアメリカ=イスラエルの力による平和が実現する、というのがトランプの青写真ではないか。

トランプの当面する最大の敵は中国だろう。トランプは一期目でも中国を最大の敵とみなしてさまざまな手を打ったが、それをさらに次元を高める形で実行するだろう。もっとも軍事力でもって脅迫するかどうかはわからない。中国が台湾をとりに行くようなことがあれば、軍事力で反撃する可能性はある。日本は台湾有事を国家存亡の緊急事態としているから、トランプの戦争に参加するはめになる可能性が高い。トランプのことだから、日本を前面にたてて対中戦争に臨むかもしれない。バイデンがウクライナを使ってロシアを叩いたのと同じやり方で、トランプは日本を使って中国を叩こうとするかもしれない。

日本にとってトランプは手ごわい相手だ。石破政権はそのトランプにどのように向き合っていくつもりか。石破政権の最大の売りは、アジア版NATOを作ることと日米地位協定の見直しだ。どちらもトランプから反発される可能性が高い。トランプは本家のNATOにも懐疑的あるいは否定的だし、日米地位協定については、日本側の負担の増大を求めることはあっても、アメリカの既得権を手放すようなことは決して考えないと思う。石破含めて日本の政治家には、頭の使い方をよくわきまえてほしいところである。








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