アララトの聖母 アルメニア人へのジェノサイド

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2003年のカナダ映画「アララトの聖母(Ararat)」は、1915年に起きたトルコによるアルメニア人の大虐殺をテーマにした作品。この大虐殺はのちにジェノサイドの原型的なケースと言われるようになり、また特定の民族の消滅を狙ったことから民族浄化の原型とも言われる。だが、当事者のトルコ政府はその事実をかたくなに否定し、事件の記憶が次第に薄くなっていくことで、歴史から抹殺されてしまうのではないかとの危機感が、アルメニア系住民の間に高まってきた。この映画は、カナダ映画ではあるが、アルメニア系の人々が、このジェノサイドの記憶を後世に伝えることを目的に作ったというふうにアナウンスされる。だがジェノサイドの史実に焦点をあてるのではなく、それと並行して、映画監督とか、アルメニアの歴史の研究者だとか、その息子、そして息子と奇妙な時間を共有する税務官吏などが出てきて、それぞれの個人的な事情を披露したりする。そうした個人的な事情は、ジェノサイドを考える上では全く関係がないと思えるので、映画の構成をだらけたものにしている。

タイトルにある「アララトの聖母」とは、アルメニア出身の画家アーシル・ゴーキーの作品「芸術家とその母親」のことである。ゴーキー自身ジェノサイドのサバイバーだった。ジェノサイドの最中母親を失ったことから、母親を守れなかったという深い罪責感にさいなまれていた。絵には、そうしたかれの罪責感が反映されていると指摘されている。映画の中でゴーキーはかなりな存在感を示しはするが、しかし事件とは関係のない人物たちの個人的な事情にまぎれて、いまひとつぱっとしない扱いである。ジェノサイドの事実を後世につたえたいという意気込みにかかわらず、中途半端な仕上げになっている。

そんなわけで、映画としては欠陥の多い作品ではあるが、色々考えさせる面がある。まずこのジェノサイドが、人類史上初めての本格多岐な民族浄化だったということ。その非人間性はどんないいわけも受けつけない。だが人類社会によるきちんとした総括がなされなかった。それがナチスによるユダヤ人へのホロコーストをもたらす結果となった。そしていま、イスラエルのシオニストによるパレスチナ人へのジェノサイドが堂々と行われている。それを国際社会は止められないでいる。トランプなどは、アメリカの力を背景にシオニストによるジェノサイドを合理化する始末である。

人類社会はこのあたりで、ジェノサイドの反人類的犯罪性について徹底的な検証とその禁止についての合意を確立する必要があろう。アルメニア人へのジェノサイドといえば、反射的にシオニストによるパレスチナ人へのジェノサイドが思い浮かぶ。パレスチナ人は、シオニストに侵略されて以来、すでに80年間もジェノサイドの圧力にさらされ、いまや民族としての存亡の危機に面している。それに対して国際社会の反応は鈍い。ジェノサイドの実体が意図的に隠されてきたことも一つの原因だ。イスラエルのシオニストに加え。アメリカはじめ西側先進国のユダヤ人らが妨害しているからだ。パレスチナ人側にも、自分らの意見を広く世界に発信してくれるフロントランナーがいない。このままでは、パレスチナ側の言い分はますます無視されていくであろう。

なお、アララトは聖書にはノアの箱舟が乗り上げた山ということになっている。聖書はユダヤ人の創作だが、アルメニア人もこの山に特別な思いがあるらしい。維新の俊英成島柳北が西洋旅行の途次紅海を通ったときに次のような漢詩を読んでいる。
亜刺羅山在那辺  亜刺羅(アララット)山は那辺にか在る
  風涛淼漫碧涵天  風涛淼漫し碧天を涵(ひた)す
  艙間併載牛羊豚  艙間併せ載す牛羊豚 
  彷彿千秋諾亜船  彷彿たり千秋諾亜(ノア)の船

(注)アルメニア人のジェノサイドをテーマにした映画としては、トルコ系ドイツ人ファティ・アキンの作品「消えた声が、その名を呼ぶ」(2013年)がある。






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