古典を読む

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むかし、をとこありけり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどの家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。この男、宇佐の使にていきけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、女あるじにかはらけとらせよ、さらずは飲まじといひければ、かはらけとりていだしたりけるに、肴なりける橘をとりて、
  さつき待つ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
といひけるにぞ思ひいでて、尼になりて山に入りてぞありける。

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むかし、心つきて色好みなるをとこ、長岡といふ所に家つくりて居りけり。そこの隣なりける宮ばらに、こともなき女どもの、田舎なりければ、田刈らむとて、この男のあるを見て、いみじのすき者のしわざやとて、集りて入り来ければ、このをとこ、逃げて奥にかくれにければ、女、
  荒れにけりあはれ幾世の宿なれやすみけむ人の訪れもせぬ
といひて、この宮に集り来居てありければ、この男、
  葎生ひて荒れたる宿のうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり
とてなむいだしたりける。この女ども、穂ひろはむといひければ、
  うちわびておち穂ひろふと聞かませばわれも田づらにゆかましものを

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むかし、をとこ、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひあまりて、
  わが袖は草の庵にあらねども暮るれば露のやどりなりけり

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昔、をとこありけり。人のもとよりかざり粽おこせたりける返事に、
  あやめ刈り君は沼にぞまどひける我は野に出でてかるぞわびしき
とて、雉をなむやりける

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昔、をとこ、人の前栽に菊うゑけるに、
  植ゑし植ゑば秋なき時や咲かざらん花こそ散らめ根さへ枯れめや

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むかし、をとこ、妹のいとおかしげなりけるを見をりて、
  うら若み寝よげに見ゆる若草をひとの結ばんことをしぞ思ふ
と聞こえけり。返し、 
  初草のなどめずらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな

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むかし、をとこありけり。人のむすめのかしづく、いかでこのをとこにものいはむと思ひけり。うち出でむことかたくやありけむ、もの病みになりて死ぬべき時に、かくこそ思ひしか、といひけるを、親きゝつけて、泣く泣くつげたりければ、まどひ来りけれど死にければ、つれづれとこもり居りけり。時は六月のつごもり、いと暑きころほひに、よひは遊びをりて、夜ふけて、やゝ涼しき風吹きけり。蛍たかう飛びあがる。このをとこ、見臥せりて、
  ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風吹くと雁につげこせ
暮れがたき夏のひぐらしながむればそのことゝなくものぞかなしき

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むかし、縣へゆく人に馬のはなむけせむとて、よびて、うとき人にしあらざりければ、家刀自さかづきさゝせて、女の装束かづけむとす。あるじのをとこ、歌よみて裳の腰にゆひつけさす。
  出でゝゆく君がためにと脱ぎつれは我さへもなくなりぬべきかな
この歌はあるが中におもしろければ、心とゞめてよます、腹にあぢはひて

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むかし、かやのみこと申すみこおはしましけり。そのみこ、女をおぼしめして、いとかしこくめぐみつかうたまひけるを、人なまめきてありけるを、われのみと思けるを、又人きゝつけてふみやる。ほとゝぎすのかたをかきて、
  ほとゝぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふものから
といへり。この女、けしきをとりて、
  名のみたつしでのたおさはけさぞなくいほりあまたとうとまれぬれば
時はさ月になむありける。おとこ、返し、
  いほりおほきしでのたおさは猶たのむわがすむさとにこゑしたえずは

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昔、女はらから二人ありけり。一人はいやしきおとこの貧しき、一人はあてなるをとこもたりけり。いやしきをとこもたる、十二月のつごもりに、うへのきぬを洗ひて、手づから張りけり。心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざもならはざりければ、うへのきぬの肩を張り破りてけり。せむ方もなくて、たゞ泣きに泣きけり。これをかのあてなるをとこきゝて、いと心ぐるしかりければ、いときよらなる緑衫のうへのきぬを、見出でゝやるとて、
  紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
武蔵野の心なるべし。

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むかし、わかきをとこ、異しうはあらぬ女を思ひけり。さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへおひやらむとす。さこそいへ、いまだおひやらず。人の子なれば、まだこゝろいきおひなかりければ、とゞむるいきおひなし。女も卑しければ、すまふ力なし。さるあひだに、おもひはいやまさりにまさる。俄に親、この女をおひうつ。をとこ、血の涙をながせども、とゞむるよしなし。率て出でゝ去ぬ。をとこ、泣く泣くよめる。
  出でゝ去なば誰か別れの難からむありしにまさる今日はかなしも
とよみて絶えいりにけり。親あはてにけり。猶思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじと思ふに、真実に絶えいりにければ、まどひて願たてけり。今日の入相ばかりに絶えいりて、又の日の戌の時ばかりになむ、からうじていき出でたりける。昔の若人は、さるすける物思ひをなむしける。今の翁、まさにしなむや

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むかし、西院の帝と申すみかどおはしましけり。その帝のみこたかい子と申すいまそかりけり。そのみこうせ給ひて、おほむ葬の夜、その宮の隣りなりけるをとこ、御葬見むとて、女車にあひ乗りて出でたりけり。いと久しう率て出でたてまつらず。うち泣きてやみぬべかりかるあひだに、天の下の色好み、源の至といふ人、これも物見るに、この車を女車と見て、寄り来てとかくなまめくあひだに、かの至、ほたるをとりて、女の車に入れたりけるを、車なりける人、この蛍のともす火にや見ゆらむ、ともし消ちなむずるとて、乗れるをとこのよめる。
  出でゝいなば限りなるべみともし消ち年へぬるかと泣く声を聞け
かのいたる、かへし、
  いとあはれ泣くぞ聞こゆるともし消ち消ゆるものとも我は知らずな
天の下の色好みの歌にては、なほぞありける。至は、順が祖父なり。みこの本意なし。

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むかし、宮の内にて、ある御達の局の前を渡りけるに、何のあたにか思ひけむ、よしや草葉よ、ならむさが見むといふ。をとこ
  罪もなき人をうけへば忘れ草おのが上にぞ生ふといふなる
といふを、ねたむ女もありけり。

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むかし、春宮の女御の御方の花の賀に、召しあづけられたりけるに、 
  花にあかぬ嘆きはいつもせしかども今日のこよひに似る時はなし

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むかし、をとこありけり。あはじともいはざりける女の、さすがなりけるがもとにいひやりける。
  秋の野に笹わけし朝の袖よりも逢はでぬる夜ぞひぢまさりける
色好みなる女、返し、
  見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなで海人の足たゆくゝる

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むかし、をとこ、片田舎にすみけり。をとこ、宮づかへしにとて、別れ惜しみて行にけるまゝに三年こざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろにいひける人に、今宵あはむとちぎりたりけるを、このをとこきたりけり。このとあけたまへとたゝきけれど、あけで、歌をなむよみ出だしたりける。
  あらたまのとしの三年を待ちわびてたゞ今宵こそにひまくらすれ
といひい出だしたりければ、
  梓弓ま弓槻弓年をへてわがせしがごとうるはしみせよ
といひて、去なむとしければ、女、
  梓弓引けど引かねど昔より心は君によりにしものを
といひけれど、おとこかへりにけり。女、いとかなしくて、しりにたちて追いひゆけど、え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。そこなりける岩に、およびの血してかきつけゝる。
  あひ思はで離れぬる人をとゞめかねわが身はいまぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。

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むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでゝあそびけるを、大人になりにければ、をとこも女も恥ぢかはしてありけれど、をとこはこの女をこそ得めと思ふ。女はこのをとこをと思ひつゝ、親のあはすれども、聞かでなむありける。さて、この隣りのをとこのもとよりかくなむ。
  筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしも妹見ざるまに
女、返し
  くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき
などいひいひて、つひに本意のごとくあひにけり。

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むかし、をとこ女、いとかしこく思ひかはして、異心なかりけり。さるをいかなる事かありけむ、いさゝかなることにつけて、世の中をうしと思ひて、いでゝいなむと思ひて、かゝる哥をなむよみて、物に書きつけゝる。
  いでゝいなば心軽しといひやせむ世のありさまを人は知らねば
とよみをきて、出でゝ去にけり。この女かく書きおきたるを、異しう心おくべきこともおばえぬを、何によりてかかゝらむと、いといたう泣きて、いづ方に求め行かむと門に出でゝ、と見かう見みけれど、いづこをはかりとも覚えざりければ、かへり入りて、
  思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我や住まひし
といひてながめをり。
  人はいさ思ひやすらむ玉かづら面影にのみいとゞ見えつゝ
この女いと久しくありて、念じわびてにやありけむ、いひをこせたる。
  今はとて忘るゝ草のたねをだに人の心にまかせずもがな
返し
  忘れ草植うとだに聞く物ならば思ひけりとは知りもしなまし
又々ありしより異にいひかはして、をとこ
  わするらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞかなしき
返し、
  中空に立ちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりにけるかな
とはいひけれど、おのが世ゝになりにければ、うとくなりにけり。

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むかし、をとこ、大和にある女を見て、よばひてあひにけり。さて、ほどへて、宮づかへする人なりければ、帰りくる道に、三月ばかりに、かへでのもみぢのいとおもしろきをゝりて、女のもとに道よりいひやる。
  君がためた折れる枝は春ながらかくこそ秋のもみぢしにけれ
とてやりたりければ、返事は京に来着きてなむ持てきたりける。
  いつの間にうつろふ色のつきぬらむ君が里には春なかるらし

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むかし、をとこ、宮づかへしける女の方に、御達なりける人をあひ知りたりける、ほどもなくかれにけり。同じところなれば、女のめには見ゆるものから、をとこはあるものかとも思ひたらず、女、
  雨雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆるものから
とよめりければ、をとこ、返し、
  雨雲のよそにのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
とよめりけるは、又をとこなるある人となむいひける。

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