古典を読む

西行の同性愛:西行を読む

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西行には、同性愛を疑わせる歌がある。たとえば、 
  こととなく君恋ひわたる橋の上にあらそふ物は月の影のみ(山1157)
この歌には次のような詞書が付されている。「高野の奥の院の橋の上にて、月明かりければ、もろともにながめあかして、その頃西住上人、京へ出でにけり、その夜の月忘れがたくて、又同じ橋の月の頃、西住上人のもとへ言ひつかわしける」

西行の恋(三):西行を読む

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山家集の雑の部には、「恋百十首」と題した一連の歌が収められている。西行は何故、恋の部ではなく雑の部に、このような大量の恋の歌を収めたのか。その手がかりを掴むには、恋の部の歌と雑の部の恋の歌とを丁寧に読み比べるくらいしかないと思うのだが、それにしても両者の間にそんなに明瞭な違いがあるようにも思えない。そんななかで一つ、気になるところがある。それは、男が女を思って歌ったというよりも、女の立場から恋の思いを歌ったと思われるようなものが雑の部の恋の歌には見られるという点だ。たとえば、
  待かねて一人は臥せど敷妙の枕並ぶるあらましぞする(山1284)

西行の恋(二):西行を読む

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山家集の恋の部は、月に寄せて恋を歌った一連の歌のあとに、単に恋と題した歌五十九首を載せている。月は愛する人の隠喩だったからこそ、恋の部の歌の多くを、月を歌ったものが占めたわけだが、恋はなにも月を連想させるだけではない。ほかのものを通じても恋は連想されるわけだし、恋の感情そのものをストレートに歌ってもよい。そんなふうに思わせる歌が、月に続いて収められたわけであろう。ここではその中からいくつかを取り出して鑑賞したい。

西行の恋(一):西行を読む

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西行は生涯に三百首を超える恋の歌を作ったが、それらがどんな人に向けられていたのか、特定の一人の女性か、あるいは時に触れ愛した何人かの女性か、ほとんどわかっていない。有力な説としては、西行が生涯に愛した女性はただ一人、それは待賢門院璋子だとするものがあるが、確証があるわけではない。待賢門院が徳大寺家の出で、徳大寺家に仕えていた西行とは深いつながりがあったはずだ、というのがその主な根拠で、また、待賢門院の子である崇徳院に西行が異常な忠義を尽くしていることを傍証にしているものが多いが、それとても西行と待賢門院との結びつきを愛の観点から説明するには苦しい。第一待賢門院は西行より十七歳も年上だ。十七歳という年の差は、西行の時代には母子のそれに相当する。そんな女性に西行が生涯をかけて恋い慕ったとするには、不自然なところも多い。だが、西行が待賢門院と深くかかわっていたことだけは事実のようだ。

恋の歌:西行を読む

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山家集は四季それぞれの部に続いて恋の部があり、最後にそのほかのものをまとめて雑の部としている。恋の部には百三十四首の歌が収められているが、西行は他にも恋の歌を多く歌っており、その数は三百首以上になる。僧の身である西行がなぜかくも恋にこだわり、しかも恋の歌を異常ともいえるほど数多く読んだのは、いったいどんな事情に駈られてか、後世の注意を引き続けたところである。西行は隠遁者として世の無常を歌ったというイメージが強いが、実際には恋多き煩悩の人でもあったわけである。

雪:西行を読む

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冬の景物といえばやはり雪ということになる。古今集の冬の部は大部分が雪の歌である。山家集の冬の部には八十七首中二十数首雪を歌った歌が収められている。雪は隠遁生活に慣れていた西行にとっては、隠遁の趣を更に深めるものでもあり、良きにつけ悪しきにつけ、深い感慨をもたらすものだった。

冬の歌:山家集を読む

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山家集の冬の部には八十七首の歌が収められており、夏の部の八十首より多い。古今集では、冬の部はわずか二十九首で夏の部の三十四首より少なく、また万葉集では冬の歌は非常に少ないことに比べると、西行は比較的冬に感じることがあったといえなくもない。

もみじ:西行を読む

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もみじは秋におきる現象であるから、和歌の伝統においても秋と深く結びつけて歌われてきた。今日もみじといえば、楓の紅葉を代表として葉が赤く色づく紅葉が思い浮かぶが、万葉集の時代には、葉が黄色く色づく黄葉のほうが注目されたようだ。万葉集の歌の大部分は、この「黄葉」を歌っており、万葉仮名にも「もみじ」に「黄葉」という漢字を当てている。たとえば次の歌、
  秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも(万0208)
これは万葉仮名では、「秋山之黄葉乎茂迷流妹乎将求山道不知母」であり、もみじの部分に「黄葉」の字があてられている。

月:西行を読む

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日本の詩歌の歴史において月が秋と深く結びつくのは平安時代後半以降のことだ。中国での観月の風習、これは旧暦八月の十五日に行われたが、その風習が平安時代の半ばに入ってきたことが、秋と月を結びつけるきっかけになった。日本人は九月の十三夜にも観月をするようになったので、月と秋の結びつきがいよいよ強まったわけである。

鳥獣:西行を読む

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秋にゆかりのある鳥獣といえば雁と鹿があげられる。万葉の時代以来この二つは好んで歌われてきたし、山家集の秋の部にも鳥獣の代表として取り上げられている。面白いことにこの二つとも、姿よりも声に関心が向けられている。初雁の声は秋の到来を知らせるものとして、鹿の声は配偶者を求める求愛の徴として捉えられている。

秋の草花:西行を読む

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古代の日本人は、秋の花の中でも萩の花をとりわけ愛したようで、万葉集には萩の花を歌った歌が百四十二首もある。花を歌った歌の中では最も多い。萩は草花ということもあり、梢に高く咲く梅や桜の花に比べて地味ではあるが、草の茎に沿って小さな花が密集するので、遠目にも目立つ。そんなことから秋の花の代表として、歌にも多く歌われたのだろう。

秋の虫:西行を読む

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秋風と並んで秋の到来を感じさせるものに秋の虫がある。蝉の声がだんだん弱まってついに聞こえなくなる頃、それに代わって虫の声が聞こえ出す。それが秋の風の吹き始める頃にあたるので、あたかも秋風に乗って秋虫の声が聞こえてきたかの感じを抱かせる。

秋の歌:西行を読む

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山家集の四季部の歌の中でも秋の部の歌は最も多く二百三十七首を数える。古今集も同じであって、四季の部あわせて三百四十二首のうち秋の歌が百四十五首をしめる。その古今集の秋の部の冒頭は、藤原敏行の有名な歌である。
  秋きぬとめにはさやかにみえねども風のをとにぞおどろかれぬる(古169)

五月雨:西行を読む

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山家集の夏の部は、ほととぎすについで五月雨を歌った歌が多い。この部だけを対象にざっと数えただけで二十四首ある。五月雨は夏のうっとうしさを代表するようなものなので、かららずしも情緒豊かなものではないが、捉え方によっては歌にもなると、少なくとも西行は考えたのであろう。

ほととぎす:西行を読む

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古今集の夏の部の歌は九割方ほととぎすを歌った歌が占めている。これは、ほととぎすが夏を代表するものとして人々に受け入れられていたことをあらわすと言えないでもないが、逆に、夏にはほととぎすくらいしか思い浮かばない、つまり夏にはあまり風情を感じない、ということを物語るとも受け取れる。

夏の歌:西行を読む

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四季のうちでも夏は、長雨や耐え難い暑気のためにとかく敬遠され、歌に歌われることも少なかった。古今集では、秋の歌二百三十七首、春の歌百七十三首に対して夏の歌は八十首で、もっとも数が少ない。山家集でも、夏の歌は三十四首で、冬の歌の二十九首とともに数が少ない。日本人はやはり、春と秋を愛し、その時期に多くの歌を読んできたのである。

梅:西行を読む

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梅の花は万葉集でも萩の花と並んでもっとも多く歌われた花である。万葉集でただ花とあれば、それは梅の花をさすほどに人気のある花だった。ところが中世以降になると、花といえば桜をさすようになり、梅は花の王座を桜に譲る。これは日本人の美意識が変化した結果だと受け取るべきなのか。興味深いことではある。

西行桜:西行を読む

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世阿弥の能の傑作に「西行桜」がある。西行の次の歌、
  花見にとむれつつ人の来るのみぞあたらさくらの咎にはありける(山87)
この歌をモチーフにして変則の複式夢幻能に仕立てたものだ。変則というのは、普通複式夢幻能ではシテが前後両段に姿を変えて現れるのに、この能ではシテは桜の樹精となって後段にしか現れないからである。ともあれこの作品に世阿弥は大分自信があったようで、「後の世かかる能書くものやあるまじき」(申楽談義)と語っているほどだ。

浄土と桜:西行を読む

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  願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃(山77)
これは西行の歌の中でもっとも有名なものの一つだ。生涯桜を愛した西行が、生涯の終わりにも桜を眺めながら死んでゆきたい、と歌ったものだと解釈されるのが普通で、西行の純粋な美意識がこもったものだと受け取られてきた。この歌に、単なる美意識を超えて、西行の浄土信仰が込められていると解釈したのは吉本隆明である(西行論)。

落花:西行を読む

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桜は咲くとすぐに散ってしまうものであるから、桜の花の散るさまを歌った歌は多い。万葉集から次の二首をあげてみよう。
  阿保山の桜の花は今日もかも散り乱るらん見る人なしに(1867)
  春雨はいたくなふりそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも(1870)
一首目は、阿保山の桜が見る人もなく散ってしまうのは惜しい、という気持を歌ったものであり、二首目は、桜が見る人もなく散るのは惜しいからあまり強く降らないでくれと春雨に呼びかけている。どちらも桜の花が人知れず散ってしまうのが惜しいという感情を歌ったもので、歌としては非常に素直なものだ。

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