日本文学覚書

遁走:安岡章太郎と軍隊生活

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戦争文学の中でも兵営での日常の軍隊生活に焦点をあてたものとしては、野間宏の「真空地帯」と安岡章太郎の「遁走」が二大傑作ということになっているようだ。しかしこの二つの作品は、同じようなテーマを描いておりながら、その描き方は大分異なっている。野間の方がいわゆる告発調で、軍隊生活の不条理さを客観的な視点から浮かび上がらせようとしているのに対して、安岡の方は、軍隊での生活を、そこに生きている当事者の視点から、淡々と描いている。野間が外部から覗きこんでいるのに対して、安岡は内部から打ち明けている、そんなふうに受け取れる。

安岡章太郎の短編小説

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安岡章太郎の初期の短編小説をいくつか読んでみた。これらは過去に一度読んだことがあるはずなのだが、いずれも初めて読んだような印象を受けた。最初の読書体験の記憶がほとんど残っていないのだ。同じような時期に読んだ大江健三郎の短編小説、たとえば「死者の奢り」とか「飼育」といった作品についてはかなり詳細に覚えているのに、安岡の短編についてはきれいさっぱり忘れている。これはどういうわけなのだろうか。まずそんなことを考えた。

庄野潤三の短編小説:「静物」ほか

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今まで一度も読んだことのなかった庄野潤三の作品を読んでみる気になったのは、村上春樹の影響である。あまり日本の作家を読まないという村上が,ある程度読んでいるというのが所謂第三の新人と呼ばれる作家たちで、その中でも庄野潤三の作品は結構高く評価している。村上は、第三の新人たちに共通する傾向を、私小説の枠組の中に非私小説的な内容を盛り込むことだといっているのだが、そんなやり方をもっとも意識的に遂行しているのが庄野潤三だと位置づけているのである。

抱擁家族:小島信夫の逆説的世界

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小島信夫の小説に出てくる人物たちは、適度にスムーズな人間関係を築くのが苦手で、反発しあったり、すれ違ったりしながら、不器用に生きているのだが、その不器用さの中にも、それなりに人間性を感じさせるものがある。彼の前期の代表作とされる「抱擁家族」は、そんな不器用な人たちからなる家族を描いた作品である。家族といえば、もっとも親密な人間関係の場であるにかかわらず、この作品に出てくる人々は、なにか互いにしっくりいかないものを感じている。家族とはそれぞれに抱擁しあうことのできる人間関係のはずなのに、この小説の中に出てくる家族は、素直に抱擁しあえない。題名の「抱擁家族」とはだから、ひとつの大きな逆説なのである。

海老坂武の「加藤周一論」を読む

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加藤周一は、知の巨人とか巨匠とかいう言葉が相応しい最後の日本の知識人ということになっているようだが、筆者は迂闊なことに、これまでまともな読み方をしてこなかった。精々エッセーの類を断片的に読んだ程度だ。もうこの年になっては、一から読むというわけにもいかないが、さりとてこのまま通り過ぎてしまうというのも気が引ける。というわけで、まずは彼の業績の概要を一瞥するつもりで、海老坂武の加藤周一論「加藤周一~二十世紀を問う」(岩波新書)を読んでみた。

小島信夫の短編小説

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村上春樹が「若い人たちのための短編小説案内」のなかで、文學史上第三の新人といわれる作家たちの作品を取り上げ、これらが日本の文学史の中で独自の存在感を持つばかりか、前後の時代の作家たちに比べても、いまだによく読まれているということを指摘していたので、筆者もこれらの作家たちが気になるようになってしまった。というのも、筆者はこれらの作家たちを未だ熟読したことがないので、なにか損をしたような気になったからなのだった。

カズオ・イシグロは、日本人を両親として日本に生まれた。だから日本人と言ってもよいのだが、作家としての活動は英語で行っている。というのも、イシグロの5歳の時に一家はイギリスにわたり、それ以来イシグロはイギリスで育ち、イギリス人として自己形成してきたので、今ではイギリスに帰化してすっかりイギリス人になりきり、作家としての活動も、英語でするようになったからだという。一方、彼が生まれた国の言葉日本語は、もうしゃべれないそうだ。

谷崎潤一郎の疎開日記(その二)

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二つ目の着目点である戦時下の谷崎の創作活動と言う点では、この日記が触れているのはもっぱら「細雪」である。この小説は前年(昭和18年)の1月から3月にかけて雑誌に連載しはじめたところを、「時局に相応しくない」という理由で出版を差し止められていたという経緯があった。それ故、この日記を書いていた時点では公開の見込みがなかったわけであるが、谷崎は自家判にして親しい仲間に配るくらいなら大丈夫だろうと思って、稿を書き続け、昭和19年の7月に上巻を完成して、自家判30部を印刷させた。しかしそれについても当局からなにかと介入があって、谷崎は危うい思いをさせられた。その辺の事情はこの日記では触れていないが、後に回想記(細雪回顧)の中で詳しく触れている。

谷崎潤一郎の疎開日記(その一)

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谷崎潤一郎には断続的に日記をつける習慣があったが、そのうち昭和十九年一月一日から同二十年八月十五日までの分を、「疎開日記」と題して一篇にまとめている。戦争末期から終戦当日までの約一年半をカバーしている。この短い期間に谷崎は、神戸市の魚崎にあった本宅から別荘のある熱海へ、そして岡山県の津山、勝山と、疎開先を転々としている。それはまさに、B29の轟音に急き立てられながらの、より一層安全な場所を求めての逃避行であったわけだ。

想像ラジオ:死者たちのメッセージ

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先日NHKのニュース番組を見ていたら、いとうせいこうさんという人の小説「想像ラジオ」が取り上げられていて、なかなか面白そうだったから、早速アマゾンで取り寄せて読んで見た。読んでの印象を手短に言うと、アイデアは秀逸だが、ちょっと筆が追い付いていない、といったところだが、損をしたということではない。それなりに読んだ甲斐はあると思う。

痴呆の芸術:谷崎潤一郎の義太夫批判

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谷崎潤一郎の小文「所謂痴呆の芸術について」は、義太夫の馬鹿馬鹿しさを痛烈に批判したものである。それも、谷崎が日頃懇意にしていた義太夫の巨匠山城少掾から、義太夫を擁護してくれるような文章を書いて欲しいと頼まれて書いたということになっている。山城は、谷崎の友人である辰野隆が義太夫のことを余りに悪しざまに言っていることが憤懣に耐えず、それへの反駁分を書いてもらいたいといってきたのだが、それに応えて書いた文章が、結果的には辰野隆以上に義太夫を悪しざまにいうことになったというわけなのである。

月と狂言師:谷崎潤一郎の能楽趣味

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谷崎潤一郎が日本の伝統文化に深い関心を寄せていたことは良く知られているとおりで、中でも能については小説の題材に使ったり、あるいは謡曲の一節をふと文中に忍び込ませたりしているほどであるが、自分でも実際たしなんでいたようである。「月と狂言師」という小文は、そんな谷崎の能楽趣味が彷彿と伺われる作品である。

谷崎潤一郎の陰翳礼讃

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谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は、筆者が高校生時代の国語の教科書に載っていたから、これが多分筆者の読んだ最初の谷崎作品だった。もとより全文ではなく、その一部を抄出したに過ぎなかったが、その部分と言うのが、日本家屋の特徴を論じたもので、要するに日本の伝統家屋には陰影がつきものだということを論じた部分であった。

谷崎潤一郎の関西観

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谷崎潤一郎は関西に移住した後すっかりそこが気に入ったと見えて、空襲が激化して疎開を余儀なくされるまで住み続け、関西を舞台にした多くの作品を書いた。「卍」では、関西弁での一人称形式を取り入れるなど、関西文化に熱を入れていたことが伺われるが、その一方で、関西人の一種あくどさといったものに辟易している様子も見せていた。自然なことながら、谷崎の関西観には複雑なものがあったようだ。

谷崎潤一郎の「日本的恋愛」論

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谷崎潤一郎の書いた随筆というのは、自分の日頃思っていたことを、何の工夫もなくストレートに表現したものが多いので、深みと言うか、教えられるところは殆ど何もないが、しかしそれなりに読ませるところがある。その面白さは、小説と同じく、これはあくまでも作り物だよということを、読者に納得させたうえで、いわば了解づくで語りかけてくることの、無責任さから生まれるのだといってよい。そんなこともあって谷崎が随筆に手を染める時、そのテーマはおよそ肩の凝らない性格のものが多いのである。

谷崎潤一郎の永井荷風論

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谷崎潤一郎は、永井荷風の評価によって文壇に認められたと自覚していたこともあり、生涯荷風に敬意を払った。その谷崎が荷風の文学を正面から論じたものがある。一応褒めているといえるので、往年の借りを返したということかもしれないが、それでいてなかなか辛辣な批評を述べてもいる。「つゆのあとさきを読む」と題した小文のことである。
村上春樹の「若い読者のために短編小説案内」は、表題にあるとおり、若い人たちを対象に日本の作家たちの短編小説の魅力について語ったものだ。この本の序文の中で書いているとおり、村上は若い頃から日本文学の良き読み手ではなかったが、アメリカに暮し、プリンストン大学やタフツ大学でアメリカの学生を相手に日本文学について担当することになったのをきっかけに、日本の現代作家たちを集中的に読み、その中から感銘を受けた作品を材料にして、学生たちと一緒に読み解くことになった。その時に村上が選んだのが、第三の新人と呼ばれる作家たちと、その前後に現れた作家なのだという。
村上春樹の短編小説集「レキシントンの幽霊」は、表題作ほか6篇の短編小説を収めているが、そのうち表題作と「七番目の男」は、「ねじまき鳥クロニクル」を書いた後に、その他は、「めくらやなぎと、眠る女」を別にすれば、「ダンス、ダンス、ダンス」を書いた後にそれぞれ執筆したという。そこには五年のブランクがあるわけだが、だからと言って、短編小説集として、まとまりがないという印象は受けない。というより、それぞれの作品がかなりユニークなので、相互の比較を論じることをナンセンスなものにしてしまうのである。これはのちの短編集「神の子どもたちは皆踊る」や「東京奇譚集」に比べての、この作品集の特徴である。前二者が統一したテーマのようなものを感じさせるのに、これにはそれがないのだ。
サリンジャーの小説「ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、村上春樹にとって特別の小説だったらしい。彼はそれを高校生の頃に野崎孝訳で読んで以来、ずっとこだわり続けてきたというようなことを言っているし、また、できたら翻訳もして見たかったともいっている。その宿願がかなって晴れて翻訳できた。そこで翻訳の協力者柴田元幸と、この小説の不思議な魅力について語り合った。それが「サリンジャー戦記」である。「翻訳夜話」の続編ということになる。
村上春樹、柴田元幸の両氏が翻訳について縦横に語った「翻訳夜話」という本を面白く読んだ。村上春樹は小説を書くかたわら膨大な量の翻訳をしており、それがまた読みやすいことで定評があるのだが、そんな彼の翻訳を縁の下で支えてきたのが柴田元幸ということらしい。というのも柴田自身がいうように、「熊を放つ」以来、村上の翻訳を英文解釈レベルでチェックし続けてきたらしいのである。それゆえ柴田は村上にとって翻訳の同志のようなもので、大いに信頼感を抱いている、そんな雰囲気がこの本の行間から伝わってきた。
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