漢詩と中国文化

白楽天は23歳の時に父を失って、苦学しながら科挙に備えたが、29歳で進士に及第、ついで32歳の時に試判抜萃科に合格した。しかして秘書省の校書郎を授けられて官僚生活を開始し、長安の常樂里に寓居を構えた。この詩は、その寓居にあって、官僚として出発したばかりの自分の生活ぶりを歌ったもの。前途洋々とした若者の、溢れるような抱負がみなぎっている。なお、この詩は数人の同僚と思われる友人に寄せられているが、その中には白楽天にとっての生涯の友となった元稹の名も含まれている。姓と名の間に挟まっている数字は、兄弟の中での出生の順番をさす。

白楽天は中唐を代表する詩人ということになっている。中唐の時代というのは、その名のとおり盛唐と晩唐に挟まれた時代で、唐王朝が繁栄から没落へと向かう転換期に当っていた。転換期というのは、一方では体制の古い要素が乗り越えられて新しい息吹が芽生えてくる側面をもつとともに、転換ゆえの不安定さを併せ持っている。前者の要素がうまく働けば、その王朝は勢いを盛り返していっそう栄えることとなる可能性が高まるが、後者の要素が暴走すると破滅していく危険性を持ってもいる。中唐の時代はこの二つの要素が絡まり合いながら、基本的には没落に向かってゆっくりと坂を転がり落ちて行った時代だったと言えるのではないか。

秋瑾の七言絶句「闕題(題を欠く)」(壺齋散人注)

  黄河源溯浙江潮  黄河の源は溯る 浙江の潮
  衞我中華漢族豪  衞れ我が中華を 漢族の豪よ
  莫使滿胡留片甲  滿胡をして片甲を留めしむる莫かれ
  軒轅神冑是天驕  軒轅の神冑は是れ天驕なり

秋瑾の歌「女權に勉むる歌」(壺齋散人注)

  吾輩愛自由      吾輩は自由を愛す
  勉勵自由一杯酒  勉勵せよ自由一杯の酒を
  男女平權天賦就  男女平權 天賦に就く
  豈甘居牛後      豈に牛後に甘居せん
  願奮然自拔      願はくは奮然として自拔し
  一洗從前羞恥垢  一洗せよ從前羞恥の垢を
  若安作同儔      若(なんじ)安じて同儔作(た)れ
  恢復江山勞素手  江山を恢復するに 素手を勞せよ

秋瑾の詞から「臨江仙」(壺齋散人注)

  把酒論文歡正好  酒を把って文を論ぜば 歡正に好し
  同心況有同情    同心 況んや同情有るをや
  陽關一曲暗飛聲  陽關 一曲 暗に聲を飛ばせば
  離愁隨馬足      離愁 馬足に隨ひ
  別恨繞江城      別恨 江城を繞る

秋瑾の七言絶句「杞人の憂」(壺齋散人注)

  幽燕烽火幾時收  幽燕の烽火 幾時にか收まる
  聞道中洋戰未休  聞道(きくならく)中洋戰ひ未だ休まずと
  漆室空懷憂國恨  漆室の空懷 憂國の恨み
  難將巾幗易兜冒  巾幗を將(も)って兜冒に易(か)ふること難し

秋瑾の七言絶句「酒に對す」(壺齋散人注)

  不惜千金買寶刀  千金を惜しまず寶刀を買ひ
  貂裘換酒也堪豪  貂裘 酒に換ふれば 也(また)豪たるに堪へん
  一腔熱血勤珍重  一腔の熱血 勤めて珍重せば
  灑去猶能化碧濤  灑ぎ去りて猶ほ能く碧濤に化すが如し

秋瑾の七言絶句「梅」(壺齋散人注)

  本是瑤臺第一枝  本(もと)是れ瑤臺の第一枝
  謫來塵世具芳姿  塵世に謫來して芳姿を具(あらは)す
  如何不遇林和靖  如何せん林和靖に遇はざるを
  飄泊天涯更水涯  天涯に飄泊して更に水涯
ノンフィクション作家山崎厚子さんの秋瑾伝「秋瑾 火焔の女」を読んだ。中国清朝末の女性革命家として知られる秋瑾は、日本ではあまり紹介されることがなく、竹田泰淳の書いた「秋風秋雨人を愁殺す」などによって、わずかに彼女の生涯の輪郭を知りうる程度だったので、山崎さんのこの本は、日本人が秋瑾を知る上での貴重な手がかりを増やすことになろう。

魯迅の短編小説「傷逝」は、男女の結婚の破綻とそれがもたらした不幸を描いたものだが、それには魯迅自身の個人的な事情もいくらか盛り込まれていると考えられる。この小説の中の主人公は、魯迅自身と重なりあう部分をある程度持っていると推測されるのである。

魯迅の短編小説「引き回し」は、中国の民衆のもつ野次馬根性を正面から描いたものだ。中国人の野次馬根性を魯迅は、あの有名な幻燈事件のさいに、いやというほど思い知ったのであったが、そのときに感じたであろういやな思いを、この小説の中で吐き出した。そんなふうに思わせる一篇である。

魯迅の短編小説「祝福」は、或る女乞食の不幸な生涯を描いたものだ。不幸な生涯を描くのに「祝福」と題したのは、他でもない。祝福というのは、中国の片田舎の町の大晦日の祭のことをいうのだが、その祭の日に生じた小さな出来事が、この小説の中の話のきっかけとなっているのだ。その出来事とは、ある女乞食が小説の語り手に思いがけないことを問いかけてきたことだった。その女乞食は、語り手を学問のある人と見込んで、こう尋ねたのだ。すなわち、人間が死んだあとで魂はあるのか、もしそうなら地獄というものはあるのか、また、死んだら家族はいっしょになれるのか。

「彷徨」は、魯迅第二の短編小説集であり、かつ彼の最後の小説集にもなった。1924年から翌年にかけて執筆した短編小説11篇を収めている。この時期は中國の革命運動が沈滞し、各地に軍閥が割拠して、中国社会に大きな暗雲が垂れ込めていた時期である。俗に五四退潮期などと呼ばれている。そんな時代背景もあったのか、ここに収められた作品の多くは、「吶喊」で展開したテーマ、すなわち中国社会の前近代性の告発というテーマを引き継ぎながら、それについての内省を一層深めるというスタンスをとっている。

魯迅は「故郷」の中で、自分が少年時代を過ごした牧歌的な世界を懐かしく思い出してみたが、その懐かしい世界は、大人になった今では、もう二度と戻ることのできない遠い世界のこととして、記憶の彼方に消え去ってしまっていた。その消え去ってしまったはずの懐かしい世界を、追憶の中でもよいから体験しなおしてみたい。そんな思いから書かれたのだろうと、思わせるような作品がある。「宮芝居」である。

魯迅の短編小説「故郷」は、日本の中学三年生の国語教科書すべてに採用されているそうである。中学三年生といえば、生涯でもっとも多感な時期だから、その時に感動したことは一生心から離れることはないだろう。それほど意義のある読書体験を、日本の国語教育は、魯迅という中国人作家の作品を通じてさせようとしている。魯迅のこの作品のどこに、そんな期待をさせるような要素があるのだろうか。

阿Q正伝」は魯迅の代表作であり、中国文学にとって記念碑的な意義を持つ作品であるから、幾通りもの読み方を許容するような広がりと深みを持っている。もっとも素直な読み方としては、阿Qという人物を通して、辛亥革命が中国の一般社会にどのようなインパクトを与えたのか、それを考えさせるものだとする読み方もあるだろうし、また、そもそも辛亥革命が矮小なものに終わりがちだった所以、それを暴露するのが主な目的だとする読み方もあるだろう。そして、そこで暴露されているのは、中国社会に蔓延する虚偽なのであり、それは、いいかえれば、「狂人日記」のなかで主人公が糾弾していた旧弊、つまり食人道徳というべきような、非人間的な道徳観念なのだということになる。こうした見方に立てば、「阿Q正伝」は「狂人日記」の中で提示されていたテーマを、ぐっと進化させたものだということもできよう。

魯迅は短編小説「薬」の中で、人肉で作った饅頭を食えば、どんな病気も忽ちに治るという迷信の犠牲となって、むざむざ息子を死なしてしまう親たちの蒙昧ぶりを描いていたのだが、続いて「明日」という短編小説の中でも、同じようなテーマ、つまり民衆の痴愚蒙昧というテーマを取り上げた。

魯迅の処女小説「狂人日記」は、色々の点で中国文学にとって画期的な先品である。まず、口語体で書かれた初めての小説だという点。語彙や文法の点で、まだ文語の面影を完全には払しょくしていなかったが、句読点の用い方などを工夫することによって、なるべく日常の話し言葉に近づけようとする意図が伺われる。円熟した口語体が自在に用いられるようになるには、翌年発表の「孔乙己」を待たねばならないが、とにかくこの作品は、中国文学にとって、口語体で文章を書くという画期的な方向性に、初めて応えた作品なのである。

魯迅が日本に留学したそもそもの目的は近代医学を学ぶことだったが、彼はその目的を途中で放棄して、文学を志すようになった。何故そうしたのか、その経緯なり理由について、魯迅は処女作品集「吶喊」自序の中で書いている。

陸游の辞世の七言絶句「兒に示す」(壺齋散人注)

  死去元知萬事空  死し去りては元より知る萬事空しと
  但悲不見九州同  但だ悲しむ九州の同じきを見ざるを
  王師北定中原日  王師北のかた中原を定むるの日
  家祭無忘告乃翁  家祭忘るる無かれ乃翁に告ぐるを
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