読書の余韻

日本再建イニシャティブは、朝日新聞を退職した船橋洋一が立ち上げたシンクタンクで、これまで福島原発の事故を検証したいわゆる「民間事故調報告」で知られている。そのシンクタンクが、民主党政権の三年三ヶ月を検証し、その失敗の原因を分析したのが「民主党政権失敗の検証」(中公新書)だ。

題名を読んでまず連想したのは、安部晋三の登場によって一気に元気になったこの国の反知性的な言動や、全体主義の芽を論じているのではないかということだった。斎藤環は、ヤンキーという言葉を用いて、この国の一部に見られる反知性的な傾向を分析してきた人だと思っていたし、佐藤優のほうは、この国の権力についてシビアな見方をしてきた人だから、この二人が、日本の反知性主義とファシズムを論じるのは時宜を得た企画だと思ったからだ。

内田樹「知に働けば蔵が建つ」

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題名からして、知識を活用して懐を豊かにする話が書いてあるのかと思うのは、筆者のみではないと思うが、この本にそれを期待する人は裏切られた気分になるだろう。この本のどこにも、金儲けのヒントは書かれていないからである。そのかわり、人を激昂させることの意義が書かれている。人を激昂させるとは穏やかな話ではないが、文章の命と言うものは、人を怒らせることにかかっていると言うのだ。人を怒らせない文章と言うのは、誰にとってもどうでもよい文章なので(たとえば「天声人語」のように)、人々の記憶から速やかに消え去ってしまう。ところが人を怒らせる文章と言うのは、どこかしら本質に触れるところを含んでいる。本質的な文章と言うのは、それなりに長持ちするというのである。

内田樹「街場の中国論」

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この本のあとがきで内田は面白いことを言っている。この本は自分自身に読ませるために書いた本だというのだ。というのも、他に読みたくなるような本がないときには、自分自身でそれを書く、それが内田の流儀だと言うのだ。そこで、自分で書いた本なんて、知っていることばかりで新しい発見がなく、面白いはずがないだろうという疑問が湧くところだが、その心配には及ばないのだと内田は言う。なぜなら、自分にとって面白い箇所は、「書く前にはそんなことを考えたことがなく、書き終わったあとは忘れてしまったこと」だからと言うのである。そんな理屈もあったものかと、感心した次第だ。

内田樹「ためらいの倫理学」

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内田樹はマルクス主義者とフェミニストが大嫌いだそうである。その理由は、彼らのどちらもが正義の人を自認しているからだという。彼らは、自分こそが正義を体現しており、その立場から世の中の間違ったことがらを糾弾しているというポーズをとる。だから、彼らの口調はいきおい査問調になる。そこのところが鼻持ちならないというのである。

斎藤美奈子「誤読日記」

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たとえ誤読なりとも、これだけの量の、しかも大した内容を持たない本を読み抜くには、相当な忍耐がいることだろう、と筆者などは思ってしまう。「誤読日記」と題した斎藤美奈子女史の書評集が取り上げているのは、こう言っては何だが、紙屑に近いようなろくでもない本ばかりだと言ってよい(なかにはいくつかまともなものもあるが)。こういう本は、古本屋でキロいくらで売っているような代物で、筆者などには、金を払うのは無論、目を通すのも御免だ。それを女史は、ひととおり目を通したばかりか、書評までしている。見上げた態度と言わねばなるまい。

池上彰、佐藤優「新・戦争論」

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佐藤優といえば、鈴木宗男バッシングの巻き添えを食って豚箱に放り込まれた男だが、出所後もそのことについては愚痴をこぼさず、旺盛な文筆活動を展開している。その姿を筆者などはなかなか見上げた態度だと、遠くから感心していた次第である。佐藤の持ち味は、国際情勢についての鋭い分析にあると言えるが、それは彼のお家芸であるロシアやイスラエルの情勢のみならず、広い範囲に及んでいる。「新・戦争論」と題した、池上彰との対談集は、そんな彼の現下の国際情勢についての、鋭い指摘に満ちている。読んで損をしない本だ。

イスラエルが中東で圧倒的な存在を誇っている背景にアメリカの影があることは周知のことだ。仮にアメリカがイスラエルの保護者として振る舞って来なかったら、イスラエルは今日まで存続していたかわからない。それが、周辺諸国との軍事的・政治的緊張を潜りぬけ、未だに非対称的な優位を保っていられるのは、アメリカのおかげだ。しかしそれにしてもアメリカは、なぜかくもイスラエルの保護者としての役割を果たして来たのか。言い換えれば、アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか。その理由の一端を、この本は明らかにしてくれる。

中島岳志「『リベラル保守』宣言」

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この題名は聊かトリッキーに映る。というのも「保守」と「リベラル」は、普通は対立する概念であって、融合するものではないとされているからだ。特にこの一対の概念が政治的な対立軸として流通しているアメリカでは、「保守」は共和党、リベラルは民主党が体現しているということになっている。アメリカのこの二大政党は、アメリカ建国の理念を共有するという点で、共通の地盤に立っているともいえるのだが、政治的には互いに対立しあい、排斥しあうものとして受け取られているし、政党自らもそのように自己認識している。

内田樹「街場のアメリカ論」

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内田樹の「街場のアメリカ論」はさまざまな角度からアメリカを論じたもので、なかなか啓発される。とくに日米関係に関したところは、この正反対といえる両国が、如何に歴史の腐れ縁で深く結ばれているということを、説得的に論じている。ここでは、そんな内田のアメリカ論の視点のうちから二つを取り上げてみたい。ひとつはアメリカ人の原理主義的な姿勢とそれが日本に及ぼした余波、もう一つはアメリカの西漸志向とそれがどのようにして日本を巻き込んだか、ということだ。

高島俊男「漢字と日本人」

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中国語学者の高島俊男が著した「漢字と日本人」という本を、丸谷才一が激賞したということを聞いて、丸谷が激賞するくらいだからきっと有意義な本に違いないと思って、読んでみた次第だ。読んでの印象は、期待を裏切らない有意義な本だというものだった。日本語としての漢字に関心を持っている人は、是非一読の価値があると思う。

脳学者養老孟司氏の啓蒙的著作「バカの壁」は、「話せばわかるは大嘘」ということから始まるので、のっけからずっこけてしまう。筆者も含めて普通の人は、人間同士というのは「話せばわかる」と何となく思い込んでいると思うのだが、氏はそれを根拠のない思い込みであり、そんなことを主張するのは「大嘘」だと言うのである。

ほめころしとけなしあげ

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表面的には相手を褒めていると見せかけて、その実はけなしているというレトリックを、俗に「ほめころし」という。それなら、その反対、つまり相手をけなしているように見えて、実は褒めている、ということもあってよさそうだが、こちらの方はあまり聞いたことがない。ところが、そういう例を探し出して来て、それに名前まで付けた人がいた。ユニークな文芸批評で知られる斎藤美奈子女史だ。

賊軍のルサンチマン

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内田樹と白井聡の対談「日本戦後史論」を読んでいたら、先の敗戦について内田がユニークな説を展開しているところが強く印象に残った。内田は、この敗戦には、しかるべき理由があった、それは薩長藩閥勢力に対する旧賊軍のルサンチマンともいうべき感情が齎したものだという。つまり、この敗戦は、日本人自身が選んだものなのであり、その背景には、明治維新以降、薩長勢力が中心になって築き上げてきた近代日本のシステム全体を壊そうとする反薩長勢力=旧賊軍勢力の怨念が働いていたというのである。

日本人の歩き方:なんば歩行

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内田樹の著作「寝ながら学べる構造主義」は、「寝ながら学べる」とうたってあるだけに、非常にわかりやすく書かれている。これなら、たしかに布団の中で読んでもわかりそうな気がする。書いてあることが、子供でも分かるほど単純なことだというわけではない、書かれている内容は、話題が哲学のことだから、結構複雑だ。その複雑なことを、わかりやすく噛み砕いて書いてあるから、寝ながらでも読めそうな気がするのだ。

内田樹のユダヤ人論を読む

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内田樹のユダヤ人論「私家版・ユダヤ文化論」を読んだ。日本人の内田が何故ユダヤ人に強い関心を抱くようになったか。内田自身は、自分の師であるエマニュエル・レヴィナスがユダヤ人であり、ユダヤ人であることに強くこだわり続けてきたことに感化を受けたという趣旨のことを言っているが、それのみではないようだ。ユダヤ人が、知の分野から金儲けの分野に至るまで、広い領野で圧倒的な存在感を示し続けてきたことに、ある種の畏敬を感じ、それがユダヤ人への強烈な関心につながっていったということらしい。

刑罰における正義:ロールズの正義論

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ジョン・ロールズは、刑罰を正当化する理論的根拠は二つあると言う。一つは応報的見解と呼べるもので、悪行は刑罰に値するという道徳的な根拠によって刑罰が正当化されるというものである。この見解によれば、刑罰の厳しさは、犯された悪行の悪質さの程度に応じて課せられる。もう一つは、功利主義的見解と呼びうるもので、(犯罪がなされた)過去のことはさておいて、刑罰は将来の社会秩序の維持に寄与する限りで正当化されるというものである。この見解によれば、刑罰は将来の犯罪の発生を抑止するために、その政治的・社会的影響の度合いに応じて課せられる。

パレート均衡とロールズの格差原理

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ジョン・ロールズの「格差原理」は、分配における正義を巡る議論であるが、同じような議論を展開したものとして、パレートの理論がある。「パレート最適」あるいは「パレート均衡」と呼ばれ、厚生経済学の重要概念の一つとされているものである。

ジョン・ロールズの市民的不服従論

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ジョン・ロールズは、立憲民主制のもとでも市民的不服従は正当化されると考えた。その理由として彼は、「正義にかなった憲法の下においてもなお、正義に反した法律が可決され正義に反した政策が実施されうる」(ロールズ「公正としての正義」所収論文"市民的不服従の正当化"平野仁彦訳)ということを挙げている。

ジョン・ロールズが正義の概念を巡って展開した一連の議論は、とりあえずは、アメリカのリベラリズムといわれる政治的潮流に理論上の根拠を与えるという歴史的意義をもっていたといえる。だが、それにとどまらず、政治哲学の議論に新たな方向性を満ち込み、政治哲学全体を活性化させる役割をも果たした。20世紀の政治哲学、とくに英米圏のそれは、長い間功利主義の罠にはまりこんで、沈滞していたのであるが、ロールズの正義論によって、眼を覚まされたといわんばかりに、俄に議論が活性化したのである。

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