反哲学的エッセー

井筒俊彦は、西洋哲学の伝統的なタームを用いて東洋思想を読解することに生涯を費やした。かれが読解作業の俎上に載せた東洋思想は、イスラームからインド仏教、中国の道教や易経にまで及ぶ。儒教については宋学で代表させているようだが、その宋学は易経のバリエーションのようなものとして位置付けられている。こうした多彩な東洋思想を、ある一つの統一的な観点から読解するのが井筒のやり方で、かれは自分のそうした作業の大部分を英語で発表した。かれの英語の能力は、まるで母国語を操るように高度なものだったらしい。そのおかげもあって、かれの著作は世界スケールで広く読まれたそうだ。それは、英語の能力の賜物でもあるのだろうが、基本的には、かれの説明の仕方が、上述したように、西洋哲学の伝統的なタームを用いていて、西洋人に理解しやすかったためだと思う。

井筒俊彦は、講演集「イスラーム文化」において、イスラーム文化を特徴づけるものとして三つのものをあげた。主流派としてのスンニー派、反主流派としてのシーア派、そして異端思想としてのスーフィズムである。そのうち、スンニー派とシーア派の基本的な特徴について、「イスラーム文化」では触れていたわけだが、スーフィズムについては、その名をあげるだけで詳しい言及はしなかった。そのスーフィズムについてもっぱら紹介したのが、この「イスラーム哲学の原像」である。

井筒俊彦という人を、筆者はこの年(古希)になるまで知らなかったが、たいへん迂闊なことだったと思っている。イスラーム文化に造詣が深いほか、インド仏教や中国思想にも通じており、それらを土台にして、東洋思想として共通する要素を探求した人らしい。その業績については、追々読み進んで行こうと思っているが、とりあえず「イスラーム文化」と題した著作(岩波文庫)を取り上げたいと思う。

井筒俊彦は、日本人としてはスケールの大きな思想家だ。活躍の舞台が日本に限定されておらず、それこそ世界を股にかけた活躍ぶりを見せたというだけではない。思索の対象が全人類をカバーするほど広範囲だ。こういうタイプの思想家は、井筒以前には日本にはいなかった。国際的な名声という点では、鈴木大拙などは先駆者といえるが、大拙の場合には、ほとんど禅の領域に特化し、禅が国際的な関心を高めるのに乗った形で名声を高めたというような具合である。ところが井筒の場合には、彼の達成した学問が国際的な関心を高めることにつながったという点で、自ら名声を呼び寄せた。じつにユニークでかつスケールの大きな思想家だといえる。その井筒を小生は、最近になって読み始めたのだが、なにせ古希を過ぎて頭が固くなってきている頃合いなので、どれほど正確に井筒の主張が理解できているか心もとないが、井筒は噛んで含めるような、わかりやすい文章を書くので、小生のように頭の悪い老人でも、なんとかついていけた。

最後に日本人の死生観について触れたい。日本人の死生観は、古代日本人の抱いていた死生観に、仏教、道教、修験道などの死生観が加わって、やや複雑な様相を呈しているが、その基本は、霊魂崇拝である。日本人本来の考えによれば、人間は肉体と霊魂が結びついてできている。その霊魂は、肉体から遊離しやすいもので、実際しょっちゅう遊離している。遊離した霊魂は各地を旅するわけだが、その旅先で見聞きしたことを、のちに肉体と一緒になって意識を取り戻した時に、周囲のものに語って聞かせたという話はあちこちに残されている。霊魂が遊離すると人間は気絶した状態に陥るのだが、霊魂が戻って来ると、意識がもどる。だから人々は、霊魂が戻って来るのを期待して、人が死んだとしても、すぐにはそれを受け入れない。ある程度の期間が過ぎても意識が戻らないと、それは霊魂が飛び去ったのだと観念して、初めてその人の死を受け入れたのである。そんなわけで、古代日本人の死についての観念は、死を瞬間的な出来事としてとらえるのではなく、緩慢に進行するプロセスと捉えたものだった。

死の問題は宗教の領域と深いかかわりがある。宗教というものは、大きく二つの領域からなっている。一つは、自分が生きている世界がどのように生じ、何処へ向かっていくのかについての見方、いわば世界観ともいうべきことからなる領域だ。もう一つは、自分自身の存在についての疑問にかかわる領域、いわば死生観ともいうべきことからなる領域だ。死の問題は、死生観の中核をなす。

死と苦痛は暴力と深いかかわりがある。この三者が最も深く結びつくのは戦争においてである。戦争は暴力そのものの爆発といえる。戦争においては正義や理性がないがしろにされるとレヴィナスはいったが、まさに戦争こそは暴力の爆発として、人間性を踏みにじるのだ。正義とか理性といったものはその人間性を土台にしている。それが根こそぎにされるわけだから、正義とか理性などというものは、暴力の前では無力なのだ。

大江健三郎の短編小説に「死に先立つ苦痛について」と題する作品がある。人間は死を恐れるが、死それ自体は体験できるわけではない。体験できるのは死に先立つ苦痛であって、その苦痛があまりにも激しいものであるために、死それ自体も激しい苦痛を伴うものだと思い込むのだ。しかし、死と苦痛とはやはり別物であり、我々は死そのものを恐れる必要はない。小説のなかの登場人物は、このように考えて、苦痛を最低限に抑えながら、死を迎えようとするのである。

死について2

| コメント(0)
ハイデガーは、人間が有限な存在であることに着目した。有限な存在とは、死すべき存在であるということだ。人間には誕生があり、死がある。始まりと終わりとで区切られた存在、それが人間なのである。そこから時間の観念が生じる。時間というものは、有限な存在について初めて意義をもつ観念なのである。もしも人間が、誕生する以前から存在し、死を超えて存在し続けるとしたら、つまり永遠に存在し続け、誕生することもなければ、死ぬこともないとしたら、時間という観念は生じないだろう。時間の観念は、ある一定の限定された存在のあり方から生じて来るのであって、限定されていない存在のあり方からは生じようがないのだ。もし私が、永遠に死なないとわかっていたら、時間を気にする根拠はどこにもない。時間というものは、人間が自分自身に向けた気遣いのようなものなのである。

死について1

| コメント(0)
人間にとって何が切実かといえば、死より切実なことはないであろう。ところがこのことについて、西洋哲学の伝統においては、まともに論じられたことがなかった。宗教においても、あまりかわらない。一見して宗教は、死の問題と真正面から取り込んだというふうに思われがちだが、宗教が死を取り上げるのは、死そのものというより、死をめぐる周縁的な領域のことに過ぎなかったのではないか。たとえば、魂は死後の世界でどう生きるかとか、キリストの死後の復活とかいったものである。死をそのものとして、いわば死の内部から、これに取り組んで来たとは言えない。

今日のヨーロッパ人の文化は、ギリシャ文化とキリスト教文化を二大源流にしていると言ってよい。この二つの文化はかなり異なったものだ。ギリシャ文化を担ったギリシャ人は、人種的にはガリア人に近いと言われているから、ガリア人が属しているヨーロッパ人種に共通した文化を体現していたと思われる。それに対してキリスト教文化のほうは、ユダヤ人の中から生まれてきたもので、ユダヤ文化と共通する部分が多い。ということは、今日のヨーロッパ人の文化は、ヨーロッパ固有の文化にユダヤ起源のキリスト教文化が重なることによって形成されたと言える。この二つの文化のうち、キリスト教文化のほうが圧倒的な影響力を持ったので、いわばヨーロッパ人がキリスト教文化に染まることで、今日のヨーロッパ文化を形成したと言える。

根拠の問題は因果的な思考につきものだ。根拠についての問いは、ある事柄がなぜそうであるのかについて問うことだが、その何故とは、結果についてその原因を問うことと同義だからだ。それゆえ因果的思考を追求した西洋哲学にあっては、根拠の問題は中核的な問題だったのだ。因果関係についての問いは、論理的な問いとして論理学の問題となる。したがって根拠律は論理学の重大な要素となる。論理学上の問題としての根拠をめぐる議論は、一つの法則として結実し、根拠律という概念を生み出すのである。

超越は、無や無限と並んで、西洋哲学における重要な概念であるが、日本人にはいまひとつピンとこないものがある。その理由は、この概念がキリスト教の神と深いかかわりがあるからだろう。キリスト教の神は、我々の生きている世界を、無から創造したということになっている。ということは、キリスト教の神は、世界の外部にあって、その世界を無から作ったということである。この世界の創造者として神は、いまでもこの世界から超越した存在である。超越というのは、この世界の外部にあって、この世界に属するものとは異なった次元にあるという意味なのである。だから我々は、直接神に接することができない。神に接することができるためには、我々自身がこの世界を超越しなければならない。パスカルはじめ超越を語る人々は、みな神を思いながらこの言葉を語っていたのである。

無限は、無と並んで、哲学上の由緒ある概念として長らく思索の対象となって来た。無限をどうとらえるかは、有限な存在としての人間にとっては、ある意味生き方の根拠にかかわることである。有限な存在として、有限な命を生き、有限な生涯を終えるというだけならば、人間が生きていることにいかほどの意義があるだろうか。それゆえ人間は、どこかで無限につながっていたいと思うように出来ているようである。無限とかかわりがあると思えれば、自分の命にもなにがしかの永続する意味がある、そう思えるようである。

無について

| コメント(0)
哲学は存在についての問いから始まったが、その時から無は哲学の最大級のテーマでありつづけて来た。何故なら無は、存在の否定として、存在と不可分だからだ。否定は、人間の知的な能力のうちでも、もっとも基本的な能力をあらわすものである。人間があるものを認識する時は、それを肯定する作用とならんで、否定する作用が、根本的な働きとして動くからだ。それゆえライプニッツは、何故無ではなく存在があるのか、その根拠がある、という言い方で、無と存在とが一対の双子の概念であることをあらためて確認したのだった。

イロニーは非常に幅広い内容をもった概念であり、さまざまな意味合いに使われてきた。それを大雑把に分類すると、哲学的な意味合いと文学的な意味合いとに区分できる。この二つの意味合いでのイロニーという言葉は、ギリシャ時代から使われて来た。哲学的なイロニー概念はソクラテスにおいて、文学的なイロニー概念はソポクレスを頂点としたギリシャ悲劇において、それぞれ典型的な形で展開された。

前稿で因果的思考と対比させて隠喩的思考について述べた際に、隠喩的思考は文学的あるいは詩的な思考だと言った。文学的とか詩的とかいう言葉を使ったのは、隠喩的な思考は因果的思考と違って、論理性ではなく言葉のもつ創造力に訴える点があることに注目したからだった。論理が人間の思考を正確に表現するのに欠かせない道具だとすれば、創造力はそれとは別の能力である。その能力を高めることを意図した学問に修辞学=レトリックというものがある。

人間の思考の基本的かつ最小の単位は判断である。思考は判断の積み重ねからなっていると言ってよい。その判断の様相とか形式を対象にした学問が論理学である。論理学はアリストテレス以来の伝統をもち、さまざまな角度から研究されてきたが、今日主流の論理学は記号論理学といわれるものである。これは論理を形成する判断をいくつかのパターンに形式化し、それを記号に置き換えたうえで、その記号の組み合わせを通じて人間の思考の特徴を考察しようとするものである。

フッサールは意識の直接的所与としての直感から出発する点でカントの正統な後継者である。だが、カントとは異なった面もある。それには二つあって、一つは直感として与えられる現象を、それを引き起こした物自体と区別しないで、現象だけを人間の認識のすべてをカバーするものだとしたこと。もう一つは、直観には感性的なものばかりでなく、知的なものもあるとしたことだ。フッサールはその知的な直観を、本質直観とか形相的直観とか呼んでいる。カントにとって直観とは、知的認識にとっての材料を提供する感性的な内容をさすのであって、それ自体のなかには知的な要素は含まない。感性的な所与と知的な認識とはあくまでも区別されねばならない。本質とか形相とかいうものは、知的な働きの結果生じてくるのであって、直観として与えられることはない。ところがフッサールは、本質も又直観の内容となりうるといって、知的な直観を認めたのである。

デカルトが意識から存在を導き出して以来、西洋哲学は意識を舞台に展開してきた。中にはマルクスのように存在が意識を規定すると言ったり、ニーチェのように西洋哲学の枠組みそのものをひっくり返そうとしたものもいたが、それらは例外と言ってよく、西洋哲学の主流を歩く者は、意識という道を踏み外すことはなかったのである。その意識の問題をもっとも先鋭的な形で突き詰めたのは現象学であった。

Previous 1  2  3



最近のコメント

アーカイブ