美を読む

プラム:マネ

| コメント(0)
manet18.2.jpg

晩年のマネは有名人となり、彼のまわりにはさまざまな人間たちが集まって来た。そうした人間たちの中でマネが興味を抱いたのは可愛い女性たちだった。マネはそうした女性たちの中から気軽にポーズをとってくれる女性を選んで、肖像画らしいスナップ風の絵を描いた。「プラム」と題するこの絵は、そのすぐれた一点である。

ナナ:マネ

| コメント(0)
manet18.1.jpg

ナナは、エミール・ゾラの小説「居酒屋」に出てくる少女の名である。その少女が大人になった姿をマネはこの絵に描いた。「居酒屋」の中では、ナナが娼婦になるとは書かれていなかったが、マネはそうなることを前提としてこの絵を描いたのだった。そういうわけだろうか、ゾラはこの絵の三年後に小説「ナナ」を発表した時に、ナナを娼婦として描いた。そこにマネとゾラとの奇妙な交際を見る事も出来よう。

manet17.jpg

サンボリズムの巨人といわれる詩人ステファヌ・マラルメは、マネよりも十歳年少だったが、マネの才能にいち早く注目し、高く評価した文学者たちの一人だった。そんなマラルメにマネは心を許し、二人は生涯仲よく付き合った。主としてマラルメがマネのアトリエを訪ね、美術やその他の芸術について熱く語るというのが彼らの関係だったようだ。

manet16.2.jpg

マネは1874年の9月に友人のティソとともにヴェネツィアに遊んだ。「ヴェネツィアの大運河」と題するこの絵は、その旅の収穫である。マネはサージェントやヘンリー・ジェームズの友人として知られるカーティス夫妻の招待客として滞在するかたわら、船で運河をめぐり、その上から岸辺の光景をスケッチした。この作品は、そんなスケッチをもとにして、あとで仕上げられたようである。

舟遊び:マネ

| コメント(0)
manet16.1.jpg

「舟遊び」と題するこの絵も、セーヌ川とボートの組み合わせをモチーフにしたものだ。ここでは二人の男女が小舟に乗って、ぼんやりとポーズをとっている。男はマネの義弟ルドルフ・レーンホフ、女はマネの妻カミーユだとされている。男のほうはこちら側、つまり観客に顔を向けているが、女のほうはどこ吹く風といった風情を見せている。

manet15.jpg

「アルジャントゥイユ」と題したこの絵も、屋外での作業の成果だろう。画面の明るさがそれを物語っている。だがこの絵も、「ボートのアトリエで描くモネ」同様、光の効果にはあまり注意を払っていない。その結果画面構成がかなり平板になっている。前景の二人の人物と彼らの背後にあるものとが、同じ平面にあるかのごとく、全体に平板さを感じさせる。

manet14.jpg

マネはモネ、ドガ、ルノアールといった印象派の画家たちと仲良くなったが、一番親しみを覚えたのはモネだった。モネが1865年のサロンに出展した海洋画が批評家たちの喝さいを浴びた時には、名前の似ているこの若い画家にいら立ちを覚えたこともあったが、じきに親密な間柄になった。モネのほうではマネを自分たち印象派の指導者のように思っていた。一方マネは自分を印象派とは区別し、あくまでもオーソドックスな絵画をめざすのだと思っていた。

鉄道:マネ

| コメント(0)
manet13.jpg

「鉄道」と題したこの絵を美術批評家たちは例によってさんざんにこき下ろしたが、その最もありふれた根拠は、「鉄道」と題しながら肝心な鉄道が絵からは見えてこないというものだった。しかしこの絵をよく見れば、背景が鉄道を描いたものだとすぐにわかるはずだ。鉄道を描いているのにそれがストレートに伝わってこないのは、蒸気機関車の吐きだす煙が充満していて、鉄道の様子を覆い隠しているからだ。それ故この絵は、煙がかもしだすぼんやりとした背景から浮かび上がった、母と子の肖像画として受け取られた。

manet12.2.jpg

1870年代になると、マネの肖像画のモデルは上流階級の婦人が多くを占めるようになる。この絵のモデル、マルグリット・ド・コンフランもそうした上流階級の婦人で、マネとは近い親戚筋にあたるという。この女性をマネは気に入ったようで、何点かの肖像画を描いている。マネは彼女を描くたびに、彼女の家に出向いていった。当時は良家の子女が画家のアトリエに赴いてポーズをとることははしたないと受け取られていたのである。

manet12.1.jpg

マネは1872年の8月にオランダを訪れた。目的の一つはフランドル派風俗画の画風を吸収することだった。その成果が、この「ル・ボン・ボック」である。この絵には、フランス・ハルスやフランドル派の画家の影響を強く感じ取ることができる。マネはこの絵によって、画家としての自分の世俗的名声を獲得しようと思い、満を持して1873年のサロンに出展した。

manet11.jpg

マネはベルト・モリゾーにマドリードに行くことを勧めた。マドリードの美術館は当時世界一のコレクションを誇っており、絵の勉強にはすばらしい機会を提供してくれたのである。しかもマネは自分の親しい友人であるザカリー・アストリュックを、彼女のエスコート役としてつけてやった。そんなわけで、プロの画家を目指していたベルトは、心おきなく絵の勉強に打ち込めたといって、マネに感謝した。

休息:マネ

| コメント(0)
manet10.jpg

マネはベルト・モリゾーのこの肖像画を1873年のサロンに出した。その際彼女の名前をそのままタイトルにするつもりだったのだが、彼女の母親が強く反対した。モデルのとっているポーズがくだけすぎていて、良家の娘のようには見えないという理由からだった。そこでマネは、彼女の名は表に出さず、単に「休息」と題した。彼女のとっている姿勢が、ゆったりとくつろいでいるように見えるからだ。

manet09.1.jpg

「バルコニー」と題したこの絵をマネは「アトリエでの昼食」とともに1869年のサロンに出展し、どちらも入選したのだったが、批評家の評判は例によって芳しくなかった。「アトリエでの昼食」は絵の中に銃や兜など奇妙なものが加えられているのが意味不明だと言われ、この絵については、それぞれの人物が不自然な様子に描かれていると言って非難された。

manet08.jpg

マネはゾラの友情に応えて肖像画をプレゼントした。その絵は1868年のサロンに出展され入選したが、批評家の評価は芳しくなかった。いつもは自分をほめてくれるゾラが当時者になったことで、誰もこの絵をほめるものはいなかった。ゾラ自身、この絵が気に入らなかったとみえて、自分の家にかざることをしなかったという。

manet07.jpg

メキシコ皇帝マクシミリアン処刑のニュースが、パリ万博で湧いていた最中にもたらされた。マクシミリアンはハプスブルグ家の一員だったが、フランス皇帝ナポレオン三世の要請によってメキシコ皇帝についていた。しかしメキシコの独立をめぐる内乱のさなか、独立派のファレスによって銃殺されたのだった。それには、皇帝でありながら自前の強い軍隊を持たず、フランスの軍事力に頼っていたという事情があった。フランス軍が彼を見捨てて去って行ったために、無防備の状態になってしまったのである。

manet06.jpg

マネは1866年のサロンに、「悲劇役者」と題する絵と共にこの「笛を吹く少年」を出展したが、どちらも落選した。しかも今回は、「草上の昼食」や「オランピア」の時のような、マイナスではあるが大きな反響を呼ぶこともなかった。大方の美術批評家から黙殺に近い扱いを受けたのである。

manet05.jpg

1865年のサロンに送られた「オランピア」は、「草上の昼食」以上に激しい罵倒を浴びた。批評家の誰一人としてこの絵を評価するものはなかった。これは芸術ではなく卑猥な見世物だという侮蔑の言葉が一斉に浴びせかけられたのである。この絵のどこがそんなに卑猥なのか。現代の鑑賞者になかなか理解できないが、当時の批評家には、こんな絵を公衆の眼にさらすのは許しがたい蛮行と映ったのだ。

manet04.jpg

1863年に、サロンに落選した作品を集めた「落選展」が開かれた時、マネは三点の作品を出展した。その一つがこの作品で、彼はその時これを「水浴」と題していた。ルーヴル美術館にあるティツィアーノの有名な作品「田園の奏楽」を意識した作品だったと彼自身が後に言っている。ティツィアーノの作品も若い楽師と裸の女性が描かれているのだが、誰もそれをおかしいとは思わなかった。ところがそれの同類といえるマネのこの作品に対しては、轟々たる非難が巻き起こった。猥褻だというのである。

manet03.1.jpg

マネは、自分の最初の作品群をボードレールに褒めてもらったことで、ボードレールに対して友情を抱き、親しく交際するようになった。ボードレールの方ではマネをドラクロアほどには評価しなかったが、それでも新しい時代の旗手としての意義は認めてやった。そのボードレールは、彼一流のユニークな視点から美術批評を展開したわけだが、そんなボードレールの美術観に影響されたのが「チュイルリー公園の音楽会」と題したこの作品である。

manet02.jpg

「老音楽師」と題したこの絵は、かなり奇妙な構図に見える。七人の人物が配されているのだが、彼らの間にはあまり関連性がない。みな銘々に勝手な姿勢をとっている。視線も一人の少年のそれを除けば、テンデバラバラである。しかも彼らは荒野のようなところでかたまっているのだが、これもまた必然性を感じさせない。というわけでこの絵には全体を統一する理念のようなものがない。その結果分裂気味に感じられる。

Previous 5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15



最近のコメント

アーカイブ