美を読む

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「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか(D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?)」は、ゴーギャン畢生の大作であり、彼の代表作でもある。なにしろゴーギャンは、自殺する決意を固めた上で、この世を去るにあたっての遺言のつもりでこの大作を描いた。気迫がこもっているし、彼の人生や世界についての考えが集約的に表現されたものであるから、見る人を圧倒する迫力がある。

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1897年の4月、タヒチのゴーギャンに悲痛な知らせが届いた。愛娘アリーヌの死を知らせるものだった。愛するものを失い、芸術家としての名声にも見放されたと感じたゴーギャンは、もはや生きる意味を見失い、自殺しようと考えた。しかしその前に、自分がこの世に生きていたあかしとなるような、しかも自分に納得できるような絵を、いわば遺書のようなものとして残したいと思い、自殺をしばらく延期して、最後の気力を絞るように製作にとりかかった。それらの作品は、タヒチの田園とそこに生きる人々をテーマにしたものだった。

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「ネヴァーモア(Nevermore)」とは、エドガー・ポーの詩「大鴉」のなかで、なんども繰り返されるリフレインだ。この絵にゴーギャンが何故こんな題名をつけたのかよくわからない。モデルは、当時の愛人バフラだと思われるが、彼女はゴーギャンの子を失ったばかりだったので、そんなことはもう御免だ、という気持をこめたのだろうか。

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タヒチに戻ってきたゴーギャンは、テウラから見放されてしまったので、別の愛人を作った。バフラという名の女性で、当時の年齢とか詳しいことはわからない。この女性が、島に戻った翌年の1896年に子を出産したのだが、その子はすぐに死んでしまった。ゴーギャンは、この女性をマリアに、死んだ子をキリストに見立てて、この絵を描いたと言われる。

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「王族の女(Te arii vahine)」と題したこの絵のモデルが本物の王族の女なのかどうか、ゴーギャンははっきりとは言っていないようだ。「とても知的で、素朴な英知をもったタヒチのイブである」と手紙の中で書いているところから、そういう知性が王族の女といわれるに相応しいと考えたようだ。

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「無為(Eiaha Ohipa)」と題するこの絵は、小屋の中で寛ぐ二人のタヒチ人を描いている。二人とも床の上に座り、男のほうは脚を投げ出して楽な姿勢をとりながらタバコを吸い、女は男の背後にかしこまっている。男の方を明るく、女をやや暗く描くことで、男の方を強調する意図を示している。

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ゴーギャンは1893年の8月にフランスに帰ったが、二年もたたないうちにフランスがいやになり、またタヒチに舞い戻った。1895年の9月のことである。今度は二度とヨーロッパの土を踏まない決心だった。

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「月と大地(Hina Te Fatou)」と題するこの絵も、タヒチの神話に題材をとったものである。タヒチの神話は一種の二元論的な世界で、タッアロアが陽=雄で宇宙の生命そのものの原理なのに対して、ヒナは陰=雌で死の原理である。ヒナは月のイメージであらわされるが、それは月の満ち欠けが死を連想するためだと思われる。

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ヴァイラウマティ(Vairaumati tei oa)とは、タヒチのマオリ族に伝わる神話の中の女神の名である。これをゴーギャンがイメージして描いたのがこの絵である。

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この当時のタヒチのゴーギャンとしてはめずらしく、Pastorales Tahitiennes とフランス語で題名をつけたこの絵を、ゴーギャンは大変に気に入り、1892年の12月にモンフレーに宛てて書いた手紙の中で、「これまで最高の出来栄え」と誇った。

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ゴーギャンは、「悪魔の言葉」でイブのイメージを暗示的にあらわしたが、「かぐわしき大地(TE NAVE NAVE FENUA)」と題した絵では、それを明示的に表した。ここで描かれているのは、タヒチのイブのイメージなのだ。

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マタイエアの海岸は、さんご礁の砂洲に囲まれて、内海のようになっている。だから泳ぐには都合がよい。この絵は、その海辺で遊ぶ女たちと、銛で魚をとる男を描いている。

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ゴーギャンは「死霊が見ている」で、死霊におびえているテウラの裸の姿を描いたが、この「悪魔の言葉(Parau na te Varua ino)」では、悪魔に語りかけられているテウラの裸体を描いている。ゴーギャンは「ノアノア」の中でタヒチの神話についてかなりくわしく触れているが、悪魔については触れていないので、この絵のイメージが何を物語っているのか、判然としない。

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テウラとの生活は、ゴーギャンにとって幸福な毎日だったようだ。彼女は年のわりに大人びていて、ゴーギャンが仕事をしているときは黙って邪魔をしないようにつとめ、暇なときには現地の神話を語ってくれたりした。そんな折に、テウラが神話の中に出てくる死霊に脅かされるという出来事が起った。それをゴーギャンは「ノアノア」のなかで次のように書いている。

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ゴーギャンは、第一次タヒチ滞在中に、現地人の少女を妻にした。テウラという名の十三歳の少女で、ゴーギャンは偶然彼女と出会い、一目見て妻にすることを決心したのだった。「ノアノア」には、その折の様子が次のように記されている。

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「いつ結婚するの(NAFEA Faa ipoipo)と題したこの絵は、ゴーギャンの第一次タヒチ滞在時代の傑作の一つだ。長らくバーゼル美術館が保存してきたが、2015年に所有者が匿名の相手に売却した。その時の価格は三億ドルだったそうだ。

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「気晴らし(Arearea)」と題したこの絵は、女たちの楽しいひとときを描いたものだ。マタイエアの珊瑚の浜辺で、木陰に座った二人の女。一人は縦笛を吹き、もう一人がその音に聞き入っているが、何故か表情はこちら側を向いている。あたかもポーズをとっているようだ。

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「市場にて(Ta Matete)」と題したこの絵は、パペーテの市場の様子を描いたものだ。南洋の島の市場にかかわらず、果物や魚などを売る様子は描かれていない。描かれているのは、派手に着飾った女たちだが、実はこれも売り物なのだ。女たちは着飾って媚びを売るような表情を見せ、自分の体をフランス人に売り込んでいるのである。

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「マンゴーを持つ女(Vahine no te vi)」は、「花を持つ女」とともに、ゴーギャンが西洋流の構図で描いた肖像画の傑作だ。「花を持つ女」のほうは、ダ・ヴィンチのモナリザを想起させるのに対して、この「マンゴーを持つ女」は、同じくダ・ヴィンチの「白貂を抱く女」を想起させる。「白貂を抱く女」は、両手で白貂を抱いた女が、頭を体と反対向きにしているところを描いているが、この絵でも、女は体と反対の方へ顔を向けている。

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「浜辺のタヒチの女たち」と非常に良く似た構図の絵だが、微妙に違うところもある。二人の女のうち左側は、ポーズも服装も全く同じといってよいが、右側は腕と脚を露出させ、タヒチ風と思われる衣装を身につけており、ポーズも違っている。ただ表情はよく似ている。もっともこちらの方が、ピリッとした表情に見える。

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