美を読む

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「テベリアの湖のキリスト:門(Tiberiade:Au Portique)」も、聖書の福音書に取材している。「テベリアの湖のキリスト」は、ヨハネ伝第21章(付録)のなかで、キリストの三度目の復活についてのエピソードとして、また「門」は同じくヨハネ伝第10章のなかの「羊の門」の話として出てくる。ルオーは、これら全く違う話を一つの画面のなかにイメージ化したわけである。

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絞首台に首をくくられてぶら下がっているこの男は、どんなイメージを喚起するだろうか。まさか、信仰への受難をイメージさせるとは、誰も思わないのではないか。しかし、この絵の作者がルオーだと知らされると、もしかしたら受難を表わしているのではないか、と思わせられないでもない。キリストの受難は、十字架に張り付けられることであったが、現代の信仰者の受難は、首をくくられることであってもおかしくはない。

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「深き淵より(De Profundis)」と題するこの絵は、聖書の詩編130に取材している。この詩は、次のような言葉で始まる。「De profundis clamavi ad te, Domine:Domine, exaudi vocem meam. Fiant aures tuae intendentes in vocem deprecationis meae. (深い淵から、主よ、あなたに叫びます。主よ、私の声を聞き入れてください。あなたの耳を傾けてください、嘆き祈る私の声に)」

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「エジプトへの逃避(La fuite en Egypte)」と題するこの絵も、聖書に取材したものだ。福音書によれば、キリストの誕生を祝った東方の三博士が国へ帰ったあと、主の使いがヨセフの夢に現れて、生まれた子と母親を連れてエジプトへ逃れよと言った。ヘロデ王が、その子を殺そうとしているからというのだ。そこでヨセフは、夜の間に嬰児とその母親とを連れてエジプトへ逃れた、という話である。

聖顔:ルオーの宗教画

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聖顔をモチーフにしたルオーの絵が、キリストの顔だけをアップで画いたことには、ヴェロニカ伝説が背景にある。前回に述べたように、キリストが十字架を背負ってゴルゴタの丘へと引き立てられていったとき、ひとりの女性が前へ進み出て、布でキリストの顔を拭いた。するとその布にキリストの顔が焼き付いた、というのがこの伝説の眼目だ。ルオーはその伝説を彼なりに斟酌して、布に焼き付いたキリストの顔を描き続けたのだと思う。

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キリストが十字架を背負わされてゴルゴタの丘へ向かう途中、大勢の群衆の中から一人の女性が前へ出て、布でキリストの顔を拭いてあげたところ、その布にキリストの顔が焼き付いたという話は、聖書にではなく、ニコデモの外典に出てくる話だが、聖書と劣らぬほど広く民衆の間に流布した。そして多くの画家が、その逸話をイメージ化した。ルオーのこの絵も、そうした伝統の上に立ったものである。

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ルオーは、キリストの受難をテーマにした絵を夥しく描いた。「辱めを受けるキリスト(Le Christ aux outrages)」と題するこの絵は、その代表的なものの一つである。「この人を見よ」という言葉で知られている、ピラトの官邸におけるキリストの受難を描いたものだ。

老いた王(Le vieux roi):ルオーの世界

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「老いた王(Le vieux roi)」と題するこの絵は、ルオーの最高傑作のひとつに数えられる。ステンドグラスを思わせるその画風が、もっともルオーらしさを感じさせるとともに、ルオー特有の内面的な深さをも表現し得ているからだろう。ルオーはこの絵の完成に20年以上をかけたと言われるが、それほど彼自身もこの絵に特別のこだわりをもっていたのであろう。

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ルオーは、キリストの顔をアップで描いた絵がおびただしい数に上る。その大部分は、首から下のない頭部だけを描いたもので、文字どおりキリストの顔と呼べるものである。ルオーはまたそのほかに、首から下を入れた、半身像のような絵をたくさん描いた。この作品は、その代表的なものである。

十字架の道(Via Crucis):ルオーの宗教画

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宗教画家としてのルオーは、生涯に夥しい数のキリストの絵を描いた。それらはキリストの顔であったり、また新約聖書に取材したキリストの行いや蒙った迫害をモチーフにしたものだ。この絵「十字架の道(Via Crucis)」は、キリストの受難をテーマにしている。

聖顔:ルオーの世界

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ルオーは1912年以降、キリストの顔、聖顔を繰り返し描き続けた。その大部分は、文字通りキリストの顔をアップで映し出すように描いたものだ。顔だけで、首から下のないものである。その顔は、長く伸びた鼻、大きく見開いた目、おちょぼぐちのように小さな口という特徴をもっている。その顔を画面の中心にどっかりと据え、その周辺を比較的単純なパターンのようなものでかたどっている。

傷ついた道化師:ルオーの世界

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「傷ついた道化師」と題するこの絵は、「小さな家族」と同じく1932年に描かれた。この絵にも、親子らしい三人の道化が出てくる。真ん中にいる母親らしいものが、傷ついたのだろう。それを夫らしい右側の男と、子どもらしい左側の少年が気遣っている。

小さい家族:ルオーの世界

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ルオーは生涯を通じてサーカスにモチーフをとった作品を多く描いた。1903年ごろから描き始めたそれらの絵は、当初は道化などの人物をアップにしたものが多かったが、1930年代に入ると、複数の人物を主題にして、複雑な構図の絵が増えるようになる。1932年に描かれた上の絵は、そうした新しい傾向を感じさせるものである。

赤鼻の道化師:ルオーの世界

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「赤鼻の道化師」と題するこの絵は、1906年ごろに描いたものを、1925年ごろから28年ごろにかけて描きなおしたものだ。原型がどうだったか、伺いしれないが、おそらく構図はそのままで、色彩がかなり暗かったのだと思われる。それをルオーは、色彩を中心に描きなおした。その結果、コントラストの激しい、このような形に収まった。

ピエロ:ルオーの世界

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今日いわゆる「ルオー的な」絵として知られる絵をルオーが描くようになるのは、1920年代の半ば頃である。上の絵は、1925年に描かれたものだが、これなどは、いかにもルオーらしい。この一年前に描いたサーカスの道化の絵と比べて、相違は一目瞭然である。だから筆者は、この絵をもってルオー的な様式を確立したものだとし、また1925年をルオーにとっての決定的な転換の年だとしたい。

鏡の前の娼婦:ルオーの世界

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ルオーは1903年のサロン・ドトーヌ展に出品することで画家としてのキャリアを出発した。その頃から1910年代の半ばごろまでにおけるルオーの主なモチーフは、サーカスとか娼婦といったものだった。これらのモチーフは、ピカソなども手掛けており、またそれ以前から多くの画家が好んで描いたものであって、ルオーに限らず時代の流行と言ってよいものだった。だが、ルオーの描き方には、ある特徴がみられた。それはサーカスの芸人や娼婦たちを、好奇の視線の先にあるものとしてではなく、精神的な存在として描くことであった。その精神性がやがてルオーを、キリスト教的な精神世界の表現に向けさせることになるのである。

ジョルジュ・ルオー:キリスト者の幻視

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(ジョルジュ・ルオーの自画像)

ジョルジュ・ルオーは、20世紀最高の宗教画家と言われる。彼の絵は深い宗教性を感じさせるのであり、それを見る者を宗教的な恍惚にいざなう。彼のそうした宗教的な芸術表現は、14歳で弟子入りしたステンドグラスの職人としての修行に根差していることはよく言われる。というのも彼は生来敬虔なキリスト教信者であったわけではなく、カトリックに入信したのは1892年、21歳のときであった。その彼がキリスト教をテーマにした宗教的な作品を多く描くようになったのは、ひとつには少年時代のステンドグラスの修行と、生まれながらでなく自分の意思によって選び取った信仰の賜物と言ってよいのではないか。

ヨハンナ・シュタウデの肖像:クリムト

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これもクリムトの遺作の一つである。完成度はかなり高い。あと一筆といったところだ。この肖像画のモデルとなったヨハンナ・シュトラウスと思われる女性の未完成の別の肖像画が残されているが、それを見るとクリムトの肖像画制作のプロセスがわかる。クリムトはまず、顔の部分をほぼ完成させ、その後に衣服や背景に映ってゆくのである。

花嫁(Die Braut):クリムトのエロス

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「花嫁(Die Braut)」と題したこの絵もクリムトの遺作の一つ。テーマは花嫁だが、アダムとイヴが聖書から伝わるイメージとかけ離れているように、この絵もまた花嫁のイメージとあまり結びつかない。花嫁のイメージを画面から読み取ろうとすれば、中央上部で顔を横に傾けた女性ということになろうが、それでも彼女から花嫁らしさが伝わってくるとはいえないようである。

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クリムトは55歳の若さで死に、多くの未完成作を残した。「アダムとイヴ(Adam und Eva)」と題するこの作品もその一つである。テーマは聖書にあるアダムとイヴの物語らしいが、絵からはそのようなイメージは伝わってこない。イヴはクリムトの作品に出てくる他の女たちとほとんどかわらないし、アダムのほうはあまり存在感を感じさせない。

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