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飛翔:ゴヤの版画「妄」

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(飛翔法)

レオナルド・ダ・ヴィンチが「飛行する機械」を構想して以来、人類が鳥のように飛翔するイメージが人々の心を捉え続けた。ゴヤもまたそのイメージを共有した一人だったようだ。

結婚:ゴヤの版画「妄」

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(結婚の妄)

この絵は、男女が背中合わせにくっついていることから、「結婚の妄」と呼ばれるようになったが、それはゴヤ自身の指示によるものではない。この題名で納得するためには、不具合な要素が多い。

大阿呆:ゴヤの版画「妄」

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(大阿呆)

スペイン語の阿呆という言葉には道化という意味もある。阿呆=道化は、スペインの民俗誌的なキャラクターとして、長い歴史を通じて愛されてきた。イタリアのアルレッキーノ、フランスのピエロのようなものだ。だが、その人気の割には、芸術的な表現の対象とされることは、あまりなかったようである。ゴヤは、阿呆をテーマに取り上げた数少ない芸術家の一人である。

女と滑稽:ゴヤの版画「妄」

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(女の妄)

数人の女たちが毛布を引っ張り合い、その上に藁人形を乗せて、トランポリンのように跳躍させている。よく見ると、毛布には一匹のロバが横たわっているが、それが本物のロバなのか、それともロバの模様なのか、はっきりとはわからない。

妄( Los Disparates ):ゴヤの版画

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今日「妄( Los Disparates )」という名で呼ばれる版画群は、ゴヤの晩年、おそらく「黒い絵」の製作と同じ時期(1819-1823)に作られたものと考えられている。主題はともかく、その雰囲気に共通性があるからである。すなわち、老い、死の苦しみ、迷信のむなしさ、悪の凶暴さといったテーマが、ここでも強調されている。これは、フェルダンド七世の王政復古がもたらした時代の閉塞性への絶望と、ゴヤ自身の老いと死の予感が、しからしめたのだと考えられる。

闘牛士の死:ゴヤの版画

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(マドリード闘牛場におけるペペ・イーリョの悲劇的な最後)

闘牛は非常に危険な競技であるから、時には闘牛士が死ぬこともあった。とりわけ、1801年5月11日に、マドリードの闘牛場でペペ・イーリョが牡牛の攻撃で死んだことは、大きな反響を沸き起こしたという。その場面は、ゴヤも現場で目撃しており、その折の鮮明な記憶をもとに、当版画集のために三点の絵を制作した。これはそのうちの一枚。三枚のうち、この版画集の初版に採用されたのはこれだけである。ゴヤは、この絵を33点の最後に位置づけたのである。

華麗な技:ゴヤの版画

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(マドリード闘牛場でファニート・アピニャーニが見せた敏捷さと大胆さ)

版画集「闘牛技」の中核を占めるのは、闘牛士の勇気とそれが演出する華麗な技を描いた作品群である。こうした技の数々を描くときのゴヤは、心からそれを楽しんでいたに違いない。というのも、ゴヤはこれらの絵を、記憶をもとに再現したと思われるのだが、その記憶が鮮明であり続けたというのは、そこに大いなる感動と愉悦の感情がこもっていたと考えさせるからだ。

無謀な技:ゴヤの版画

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(サラゴーサ闘牛場でのマルティンチョの無謀な技)

ゴヤは、闘牛技をさまざまな角度から描き出した。それらに共通するのは、闘牛士の勇敢さと彼の技の華麗さの強調だ。そうした勇敢さや華麗さは、ときには無謀さにつながるわけだが、その無謀さは、闘牛の醍醐味をいっそう高める働きをする。そんなわけでゴヤは、無謀をテーマにした絵も、何点か制作している。

闘牛する英雄たち:ゴヤの版画

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(カルロス五世バリャドリード闘牛場で槍で牡牛を突く)

スペインでは、闘牛は職業的な闘牛士のみではなく、騎士たちによっても行われた。モラティンの前述の書は、そうした騎士たちや英雄による闘牛について記している。ゴヤは、そうした記述に依拠しながら、何点かの図柄を製作した。

モーロ人と闘牛:ゴヤの版画

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(昔のスペイン人が馬に乗って野原で牡牛を狩りする方法)

版画集「闘牛技」の最初の数枚は、モラティンの著作「スペインにおける闘牛の起源と発展に関する歴史的解説」を踏まえている。モラティンによれば、スペインで闘牛をスポーツとして始めたのはモーロ人、つまりイスラム教徒だった。モーロ人たちは、馬に乗って牡牛を狩りとり、競技用にしていたということらしい。

闘牛技( La Tauromaquia ):ゴヤの版画

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ゴヤの版画集「闘牛技( La Tauromaquia )」は、1816年に刊行された。そのときの体裁は、33点からなるセットであったが、もともとは44点作られた。そのうち、ゴヤ自身が33点に絞ったのである。その44点の全体像については、ためし刷りが残されている。ゴヤの死後、1876年に、フランス人によって新版が出されたが、それは7点を追加して40点からなっていた。残りの4点については、原版が永久に失われてしまったらしい。

スペインの未来:ゴヤの版画

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(真理は死んだ)

これも、フェルナンド七世による王政復古の一断面を描いたものだとされる。手前中央に横たわっている女性は真理のシンボルである。その真理は、ゴヤにとっては、民主主義的な理念を意味した。それが死んだということは、スペインは民主主義を葬って野蛮な王政の手にゆだねられてしまったということをあらわしている。

旧体制の復活:ゴヤの版画

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(公共善に反して)

1814年にナポレオンが失脚すると、フランスによるスペイン侵略は終わりを告げた。スペインは、自力で勝ったわけではなく、いわば棚ぼた式にフランスのくびきから解放されたわけだ。だが、解放されたスペインには、ゴヤにとって面白くない事態が待っていた。フェルナンド七世と、彼に代表される旧体制が復活したのである。

墓地へ:ゴヤの版画

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(山積みにして墓地へ)

版画集「戦争の惨禍」には、多くの死体を墓地に運んでゆく場面や、死体が折り重なった墓地の場面を描いたものが何枚かある。これはその一枚。死体を車に山積みにして、墓地へ運んでいこうとする場面を描いたものだ。

とばっちり:ゴヤの版画

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(可愛そうなお母さん)

対仏戦争は、スペインの一般民衆に塗炭の苦しみをもたらした。彼らは戦闘に巻き込まれてひどい目にあわされたほか、戦争に並行して広範囲に起こった飢饉のために、餓死するものが続出したのだった。

見せしめ:ゴヤの版画

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(これもまた・・・)

フランス兵の残虐性は、抵抗するスペイン人を残酷な方法で処刑するだけにはとどまらなかった。彼らは殺した後の死体を、他のスペイン人への見せしめとして、さらしものにしたのだった。

処刑:ゴヤの版画

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(なぜだろう?)

版画集「戦争の惨禍」には、処刑を描いたものが多数ある。そのほとんどは、フランス兵によるスペイン人の処刑だ。どれを見ても、残虐きわまる。こんな絵ばかり見せられたら、戦争が心から嫌になるか、あるいは反対に、人間の残虐性に対して鈍感になるか、どちらかだろう。

敗者を略奪:ゴヤの版画

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(彼らはここまでむしり取る)

ゴヤの時代には、戦いに勝ったものが負けたものから略奪するのは当然のことだった。負けた当事者が、都市や村の住民だった場合には、都市ごと、また村ごと略奪にあった。財産が奪われるのは無論、生き残った男は殺され、女は強姦された。この時代の戦いは、そういう面で非常に人間的なスケールだったわけだ。なにもかもが可視的なだけに、その残虐性は目を覆うほどである一方、人間的なスケールをはみ出すことはなかったわけだ。

抵抗もむなしく:ゴヤの版画

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(その連中のためでもない)

これはフランス兵によって陵辱されるスペイン女たちを描いたもの。女たちはフランス兵相手に戦いを挑んだものの、あえなく敗れてこのような目にあっているのだろう。前出の「やはり野獣だ」に描かれた場面の続きだとみれば、わかりやすい。

勇敢な女性たち:ゴヤの版画

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(やはり野獣だ)

スペインの対ナポレオン戦争には、女性たちも大勢参加したといわれる。スペイン側の兵力は民兵が中心で、その戦いぶりは、正規戦というよりは、ゲリラ戦のごときものだったから、そのゲリラ戦に、男たちに混じって多くの女も加わったわけだ。ゴヤは、版画集「戦争の惨禍」の最初の部分で、そんな女たちの勇敢な戦いぶりを描いた。

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