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「桟敷席(La Loge)」と題されたこの作品は、画商アレクサンドル・ベルネームの依頼を受けて制作したもの。ベルネームは、ボナールに家族の肖像画を複数依頼したのだったが、これはそのうちの一点。ベルネームの妻と二人の息子、それに従妹の女性がモデルである。

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パリのクリシー広場は、モンマルトルの西隣にある賑やかな場所である。この広場の活気あふれる眺めを気に入ったボナールは、ここをモチーフに一連の作品を手掛けた。「クリシー広場の緑の市電(Le tramway vert de Place Clichy)と題されたこの作品は、シリーズを代表する一点である。

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1900年代の半ばごろから、ボナールは豊かな色彩を取り戻していく。「ポン・デ・ザール(Le Pont des Arts)」と題されたこの作品は、1905年に描かれたものだが、色彩的な豊かさを感じさせる。もっとも、寒色主体であって、暖色を主体とした初期の作品とは、かなり違った趣に見える。

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1890年代半ば以降のボナールは、画面が暗くなるとともに、構図も平板になる。平板な構図で暗い画面の絵というのは、迫力を感じさせない。じっさい、この時期のボナールは、ナビ派の仲間と比べても精彩がなかった。

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1890年代半ば、ボナールの絵は暗い画面が多くなる。「クロッケー・パーティ(La partie de croquet)」と題されたこの作品は、1892年のものだが、早くも暗い画面への移行を感じさせる。この暗い時代というべきものは、以後十年近くもつづくことになる。

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シャンペン・メーカー「フランス・シャンパーニュ」がポスター作製依頼のコンペを催し、それに応募したボナールは、このポスター「フランス・シャンパーニュ(France Champagne)を制作し、それを100フランで買い取ってもらった。その頃(1890年前後)、ボナールはほかにもグラフィック作品を手掛けている。

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「演習(L'exercice)」と題されたこの作品は、軍隊の演習をモチーフにしたもの。ボナールがどういった動機から、軍事演習を描く気になったか、よくわからない。小品であるし、ちょっとした気まぐれから描く気になったのだろうか。

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ボナールの初期の絵の特徴は、色彩の鮮やかさと日本趣味である。色彩の鮮やかさは、ナビ派の他の画家たちも共有しており、それはかれらがゴーギャンを手本にしていたことによる。一方日本趣味は、ボナール独自のもので、構図の様式性・装飾性によくあらわれてる。

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ボナールは1888年に親しい画家仲間と美術集団「ナビ派」を結成した。メンバーに確固とした共通の画風といったものは指摘されず、それぞれに自分勝手なところがあった。ボナールはそのころジャポニズムの影響を受けていて、歌麿や北斎の画風を取り入れようとしていた。そんなボナールを仲間の連中は、「ジャポニズムのナビ」と呼んだ。

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ピエール・ボナール(Pierre Bonnard 1867-1947)は、後期印象派と現代絵画の中間に位置する画家である。世代的には、ゴーギャンやゴッホより二十年前後若く、マチスとほぼ同年代である。現代絵画は、フォルム重視から色彩重視への転換という風に特徴づけることができるが、マチスもボナールもそういう傾向を推進した。かれらの先輩には、ゴーギャンらがいたわけで、ゴーギャンらの色彩感覚を受け継いで、それを更に発展させたといえるだろう。

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「白い花瓶と花(Bouquet de fleurs dans un vase blanc)」と題されたこの絵も、前作同様中国製の白磁の花瓶にいけられた花をモチーフにした作品。前作と比べると、花のボリュームが増している。しかも葉の部分が少なく、花が群がるように咲き誇っている。

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「中国の花瓶にさした花(Bouquet de fleurs dans un vase chinois)」と題されたこの絵は、タイトルにあるとおり中国製の磁気の花瓶にいけられた花をモチーフにしたもの。白磁の光沢のある肌が、深紅の背景から浮かび上がり、その上に花々が押し重なるようにして広がっている。晩年のルドンの一連の静物画の中の傑作というべきものである。

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オルペウスは、ギリシャ神話に登場するキャラクター。竪琴をひきながら詠う吟遊詩人とされる。死んだ妻エウリュディケーを慕って冥界へ下ったという話が有名である。冥界に死んだ妻を訪ねる話は日本の神話にもある。どちらも、冥界の王との約束をやぶり、地上に出る前に妻を振り返ったために、妻を取り戻すことができなかったという共通点がある。

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「貝殻(La Coquille : en bas à droite, petit coquillage, dans l'ombre)」と題されたこの絵は、タイトルどおり貝殻を描いたもの。画面中央に大きな貝殻を描き、その右下に小さな貝殻を描いているのは、原作の解題にあるとおりだ。

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聖セバスティアヌスは、三世紀のローマ時代の殉教者。事績は「黄金伝説」の中で紹介されている。それによれが、聖セバスティアヌスは、ほかの人々の信仰を励ました罪で、木にしばりつけられ、人々が矢をうつにまかせたと言われる。

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晩年のルドンは、花をモチーフにした静物画を多く描いた。花瓶にさした花の絵が多い。「長首の花瓶にさした野の花(Bouquet de fleurs des champs dans un vase à long col)」と題されたこの絵は、そうした静物画の一つ。

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パンドラは、ギリシャ神話に出てくるキャラクター。「パンドラの箱」の逸話で有名である。これは人間の悪徳の起源をテーマにしたもので、聖書の原罪の起源を語った部分と似た話である。西洋美術では、格好のモチーフとして、長らく取り上げられてきた。ルドンもいくつかの作品で、パンドラをモチーフに取り上げている。
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「ルッジェーロとアンジェリカ(Roger et Angélique)」と題されたこの作品は、イタリア16世紀の詩人アリオストの叙事詩「狂えるオルランド」に取材したもの。原作はまったく架空の話である。ルッジェーロとアンジェリカにかかわる話は、その一部。異国(キタイ=中国)の姫アンジェリカが、海の怪物のいけにえとなり、とらわれようとするところを、姫に思いをよせる青年ルッジェーロが、鷲の頭をもった馬にまたがり、怪物を退治するという内容。

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聖ゲオルギウスは、古代ローマ時代の殉教者として知られる。その生涯は謎が多い。だいいち、どこで活躍していたかが明確でない。東ヨーロッパからグルジアにかけて、かれを主人公とする伝説が流布されている。一番有名なのは、グルジアにおけるドラゴン退治の伝説で、これは「黄金伝説」にも出てくる。ルドンはおそらく黄金伝説を踏まえてこの作品を描いたのだと思う。

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晩年のルドンは、花瓶にいけた花を好んで描くとともに、花をあしらった女性の肖像も多く描いた。「ヴィオレット・エーマン(Violette Heyman)」はその代表的なものである。若い女性が横顔を見せた姿で、花と向き合っている構図である。

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