美を読む

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エリトレアは小アジアのイオニア地方にあった都市である。この都市を建設したのはクレタの人エリトルスであったので、彼の名にちなんでエリトレアと名づけられた。この都市には何人かの巫女の存在が指摘されているが、もっとも有名なのは、エリトレア出身のアポロドーロスの証言による者である。彼は同時代のエリトレアの巫女が、トロイ戦争の勃発とトロヤの敗北を予言したと言っている。また、この戦争について、ホメロスがうそをつくとも予言したそうである。

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エゼキエルは、バビロン捕囚時代に神によって招命された預言者である。神による彼の招命および彼の予言の詳細は旧約聖書の「エゼキエル書」に記されているとおりである。エゼキエルについて知られていることは、すべてこの書物によっている。

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システィナ礼拝堂天井画には、シビュラと呼ばれる巫女の画像が五点ある。シビュラとは、古代ギリシャにおけるアポロンの神託を媒介する巫女のことを言った。聖書との関連は殆どないといってよいが、ミケランジェロは一群の預言者像を描き入れることに伴うバランス上の配慮として巫女を加えたのかもしれない。ミケランジェロの時代には、女の預言者といえばシビュラのことをさしたくらい、シビュラは人々に訴えるものがあった。

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システィナ礼拝堂天井画は、創世記からとった九つの場面からなるシリーズを縦軸(東西軸)に添って並べたうえ、その周り(すぐ外側に接した部分)を預言者及び巫女の画像で囲んでいる。南北にそれぞれ五図づつ、東西にそれぞれ一図づつ、合計十二図である。内訳は預言者が七図、巫女が五図である。

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創世記がノアの泥酔の話をさしはさんだのは、ノアの三人の息子たちの言動が、人類のその後の歴史に大きく影響したのだと言いたいためだったと思われる。ノアにはセム、ハム、ヤペテという三人の息子があったが、セムはイスラエル人の、ハムはアラブ人の、ヤペテはそのほかの人種の祖先となった。この三人のうち、セムとヤペテは父親ノアの祝福を受けたが、ハムは呪いを蒙った。そんなこともあって、イスラエル人が引き続き神の選良でありつづけたのに対して、ハムの子孫たるアラブ人はイスラエル人の敵とみなされるようになる。

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創世記は、神が洪水を起こしたのは、人の悪が地にはびこった為に一旦彼等を滅ぼそうと決心したからということになっている。だがすべての人を滅ぼすにはしのびず、ノアとその家族を、一部の動物たちと共に生き延びさせることとした。その部分を創世記第六章は次のように記述している。

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システィナ礼拝堂天井画のうち創世記に取材した九つの場面の最後の三つはいづれもノアの物語に取材している。すなわち「ノアの煩祭」、「洪水」、「ノアの泥酔」の三場面である。創世記ではこの三つの場面は、「洪水」、「煩祭」、「泥酔」となっているのだが、ミケランジェロはその順序を変えたわけである。

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原罪の話は、アダムとエヴァが神による禁断を破って智恵の木の実を食べた結果羞恥心を知るようになったこと、及び禁断を破った罪でエデンの楽園を追われることからなっている。ミケランジェロはこの二つの部分を一つの画面に共存させた。即ち蛇が巻きついた智恵の木を中心にして、その左側に禁断の木の実をとる場面、右側にエデンの園を追放される場面を並べて描いたわけである。

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「アダムの創造」に続いて「エヴァの創造」の場面が描かれる。ミケランジェロはこの部分も、創世記第二章の記述に依拠している。その部分は次のとおりである。

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創世記の記述は、天と地及び天体の創造のあと生き物の創造を挟んで、いよいよ人類の祖先たるアダムとエヴァの創造に及ぶ。この二人がどのように創造されたかについて、創世記の記述はいささか混乱している。第一章では、神が男と女を同時に創造したということになっているのに対して、第二章ではまず男(アダム)を創造し、その後でアダムの体の一部から女(エヴァ)を創造したということになっている。

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「天体の創造」に続いて「大地と水の分離」が描かれているが、この二つの話の順序が原典の創世記とは逆になっていることは、前回言ったとおりである。「天体の創造」に対応する創世記の箇所は第一章6~13、神の創造行為のうち二日目と三日目にあたる部分である。そこには次のように記されている。

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「光と闇の分離」に続いて「天体の創造」のイメージが描かれる。創世記では、光と闇の分離に続いて水と天、及び陸地と海の創造が語られ、それに引き続いて天体の創造について記されるのであるが、ミケランジェロはその順序を逆転させて、「天体の創造」を先にして描いたわけである。

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システィナ礼拝堂天井の縦軸に沿った中心線沿いに、ミケランジェロは創世記から選んだ九つの場面を描いた。そのうち、「最後の審判」が描かれている祭壇側、すなわち東側の壁に最も近いところに、「光と闇の分離」を描いた。これは、創世記の冒頭部分に記されている、神による光と闇の分離をイメージにしたものである。

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システィナ礼拝堂が現在の形に建てられたのは1477年から1480年にかけてのことである。それ以前には、14世紀半ばに建てられた大礼拝堂があった。それが構造上の問題で大改築を必要としたので、時の法王シクストゥス四世の命によって建て直されたのである。システィナという名称は、この法王にちなんだものである。

飛翔:ゴヤの版画「妄」

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(飛翔法)

レオナルド・ダ・ヴィンチが「飛行する機械」を構想して以来、人類が鳥のように飛翔するイメージが人々の心を捉え続けた。ゴヤもまたそのイメージを共有した一人だったようだ。

結婚:ゴヤの版画「妄」

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(結婚の妄)

この絵は、男女が背中合わせにくっついていることから、「結婚の妄」と呼ばれるようになったが、それはゴヤ自身の指示によるものではない。この題名で納得するためには、不具合な要素が多い。

大阿呆:ゴヤの版画「妄」

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(大阿呆)

スペイン語の阿呆という言葉には道化という意味もある。阿呆=道化は、スペインの民俗誌的なキャラクターとして、長い歴史を通じて愛されてきた。イタリアのアルレッキーノ、フランスのピエロのようなものだ。だが、その人気の割には、芸術的な表現の対象とされることは、あまりなかったようである。ゴヤは、阿呆をテーマに取り上げた数少ない芸術家の一人である。

女と滑稽:ゴヤの版画「妄」

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(女の妄)

数人の女たちが毛布を引っ張り合い、その上に藁人形を乗せて、トランポリンのように跳躍させている。よく見ると、毛布には一匹のロバが横たわっているが、それが本物のロバなのか、それともロバの模様なのか、はっきりとはわからない。

妄( Los Disparates ):ゴヤの版画

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今日「妄( Los Disparates )」という名で呼ばれる版画群は、ゴヤの晩年、おそらく「黒い絵」の製作と同じ時期(1819-1823)に作られたものと考えられている。主題はともかく、その雰囲気に共通性があるからである。すなわち、老い、死の苦しみ、迷信のむなしさ、悪の凶暴さといったテーマが、ここでも強調されている。これは、フェルダンド七世の王政復古がもたらした時代の閉塞性への絶望と、ゴヤ自身の老いと死の予感が、しからしめたのだと考えられる。

闘牛士の死:ゴヤの版画

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(マドリード闘牛場におけるペペ・イーリョの悲劇的な最後)

闘牛は非常に危険な競技であるから、時には闘牛士が死ぬこともあった。とりわけ、1801年5月11日に、マドリードの闘牛場でペペ・イーリョが牡牛の攻撃で死んだことは、大きな反響を沸き起こしたという。その場面は、ゴヤも現場で目撃しており、その折の鮮明な記憶をもとに、当版画集のために三点の絵を制作した。これはそのうちの一枚。三枚のうち、この版画集の初版に採用されたのはこれだけである。ゴヤは、この絵を33点の最後に位置づけたのである。

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