美を読む

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クレタ人の美術は、明るく開放的で、海のように流動的だと言われる。その点では、陰気で重厚さを重んじるギリシャ人とは正反対だと指摘される。実際、クレタ美術を見ると、非常におおらかな感じを受ける。一方、そこには彼らの信仰が込められてもおり、牡牛や蛇などのイメージを、美術の中に盛り込んでいる。

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クレタ文明の一端は、クノッソス宮殿の遺跡を通じて垣間見ることができる。この宮殿は、ギリシャ神話の英雄テーセウスの怪物退治の舞台となったところだ。神話によると、この宮殿は迷路のような複雑な構造で、その一番奥の部分に、牛の頭をもった怪物ミノタウロスがいた。テーセウスはこのミノタウロスを退治するわけだが、それはギリシャ人たちによるクレタ文明破壊を象徴しているものと考えられる。

今日ギリシャ美術と呼ばれているものは、古代ギリシャに花咲いた美術だ。古代ギリシャは、美術のみならず、哲学や科学技術を含めて、さまざまな方面においてめざましい功績をあげ、ヨーロッパ文明の揺籠として、また理想的な手本として、ヨーロッパ人に重んじられて来た。

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17世紀には、従来のイコンの概念を破って、リアルな画風のイコンが作られた。モスクワのクレムリン内にアトリエをもっていた職業画家たちが、美術品としての絵画を描くかたわら、イコンを制作し、そのイコンをリアルな絵のように表現したのである。かれらは、リアルな絵のほうが本物に近いのであるから、イコンとしての効用も優れていると理屈をつけて、リアルな画風のイコンを制作した。

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「創世記」には、アブラハムとサラの夫婦が三人の謎めいた人物を迎えるという記述になっているが、このイコンはその記述にもつづいている。アブラハムとサラが、三人の天使を食卓に座らせ、食事を供している様子を描いたものだ。

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これもルブリョフの聖三位一体を模倣したイコン。三人の天使のポーズはルブリョフのそれとほぼ同じだが、背景がかなり異なっているように見えるのは、右手上方にごちゃごちゃと加えられたイメージのせいだろう。その左手に見える修道院の建物は、ルブリョフの図を踏襲している。

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アンドレイ・ルブリョフの聖三位一体のイコンは大きな影響力を及ぼし、15世紀から16世紀にかけて夥しい模倣品が作られた。それにはロシア正教の百章会議が、模倣すべき手本として信徒たちに示したという動きがあった。この聖三位一体のイコンも、そうした模倣品の一つである。

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聖母のイコンは各地でさまざまな奇跡を起こしたと信じられていたが、そうした奇跡の有様を、聖母のイコンと並べて展示し、崇拝する信仰のありかたが16世紀以降盛んになった。これは、ウラジーミルのイコンを中心にして、そのイコンが起こした奇跡をそれぞれ描いたイコンを並べたもの。

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「カザンの聖母」は非常に有名なイコンで、ロシア史の様々な舞台の立役者となったとされる。すなわち、1612年の対ポーランド戦争、1709年の対スウェーデン戦争、1812年の対ナポレオン戦争で、それぞれ奇跡を起こし、ロシアを勝利に導いたとされる。

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これもラドネジの聖セルギーを描いたイコン。17世紀の中頃に作られたもの。前に紹介した聖セルギーのイコンとほぼ同じような構図であり、中央に聖セルギーを配し、その周囲に彼の生涯の出来事を描いている。

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ラドネジの聖セルギーは14世紀に実在した修道僧で、ロシア正教においては、もっとも重要な聖人として崇敬を集めている。ロシア正教では、多くの聖人がイコンに描かれてきたが、そのなかで聖セルギーは最も多く登場する。いわばロシア正教を代表する聖人と言ってよい。

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アンドレイ・ルブリョフの「聖三位一体」は、ロシアのイコン史上で決定的な役割を果たした。このイコンが現れて以降、類似した図柄のイコンが、ほとんど無数に作られたのである。

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アンドレイ・ルブリョフは15世紀初頭に活躍した人で、修道僧でありかつイコン作者であった。彼の名は、ロシアのイコン史上もっとも高名なこともあり、さまざまなイコンが彼の作だと伝えられてきた。しかし今日ルブリョフの作と断定されているものは、「ズヴェニゴロドのデイシス」の一部と「聖三位一体」だけである。

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これはモスクワのクレムリン内にあるブラゴヴェシェンスキー大聖堂のイコノスタシス。イコノスタシスとは、イコンで覆われた壁という意味で、その言葉通り聖堂内の壁がイコンによって覆われている。

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イコンのなかには、街を敵から守ったり人々に奇跡を示したとして崇拝されているものも多い。この「ドンの聖母」は、モンゴル軍との戦いにおいて、ロシア軍を勝利に導いたという伝説があり、永い間ロシア人の崇拝の対象となってきた。

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デイシスは嘆願という意味。聖母マリアや洗礼者ヨハネを始めとする聖人たちが、キリストに対してこの世の救済を求めるさまを描いているとされる。このイコンの場合には、聖母マリアと洗礼者ヨハネが、キリストを挟んで、人類の救済を嘆願しているわけだ。

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「トルガの聖母」はヤロスラーブリを守護するイコンとして信仰を集めてきた。このイコンは、ヤロスラーブリ近郊のトルガ河畔で、プロホル主教の前に姿を現し、以後ヤロスラーブリを守護してきた。主教はこのイコンのためにトルグスキー修道院を建て、長らくそこに安置してきた。いまではトレチャコフ美術館に移されている。

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「金髪の天使」と呼ばれるこのイコンは、1200年ごろに作られ、モスクワのウスペンスキー大聖堂に保存されていたもの。小さいイコン(48.8×38.8㎝)であり、個人的な崇拝の対象として作られたか、あるいはデイシスの一部だったのか、はっきりとはわからない。

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「ウラジーミルの聖母」のイコンは、1131年にコンスタンチノープルからキエフに運ばれ、次いでウラジーミルに移されてウスペンスキー大聖堂に安置された。キプチャク汗国を創始したバトウ・ハーンのモンゴル軍が1237年にウラジーミルの街を略奪した時には、彼らはこの像を飾っていたリザを持ち去ったが、イコンそのものには手をつけなかった。

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「ウスチュグの受胎告知」を描いたこのイコンは、「ルカによる福音書」のなかの受胎告知の場面を描いたもの。最初ノヴゴロドで作られ、その後モスクワのウスペンスキー大聖堂に移されたが、現在はトレチャコフ美術館にある。

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