美を読む

愛と死:ゴヤの版画

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(愛と死)

この作品が何故「愛と死」と題されたのか。愛する男を失った女の悲しみを描いたのだと解釈すれば、何となくわからぬでもない。男は、恐らく決闘に敗れて死に、その遺体を女が抱きかかえている、そんなふうに見えないでもない。

女の略奪:ゴヤの版画

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(彼女は連れ去られた)

これは女の略奪を描いた作品である。真っ黒な闇を背景に、真っ黒な顔の男が女を抱きかかえているが、それはたった今略奪した女なのだ。女を略奪した顔の黒い男は、その着ているものから修道士だと推測される。とするとこの絵は、修道士が女を盗んでいるところを描いたということになる。

仮面の娘たち:ゴヤの版画

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(娘たちはハイと承諾して最初に来た男と婚約する)

ゴヤの自画像に続いて現れる版画の最初のものが「娘たちはハイと承諾して最初に来た男と婚約する」と題されたこの作品である。当時のスペインの富裕な階級に見られていた打算的な結婚を風刺したものだ。娘の結婚は、親にとっては自分の社会的な地位を高めるための手段だったが、当の娘にとっては、親の束縛から離れて、自由気ままな生き方を手にするきっかけだった。だから、「ハイと承諾して最初に来た男と婚約する」わけだ。結婚は、愛の問題ではなく、打算の問題というわけだ。

気まぐれ( Los Caprichos ):ゴヤの版画

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ゴヤの版画集「気まぐれ( Los Caprichos )」は、1799年に第一版が刊行された。総刊行点数は267セットであり、そのうち売れたのは27セットのみだという。残りは、原版ともども国王に寄贈された。異端審問所の告発を逃れるためだと言われている。こんなこともあり、この版画集は、ゴヤの生前にはほとんど注目されることはなかった。

ゴヤの版画

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ゴヤは生涯に四種類の版画集を制作した。「気まぐれ( Los Caprichos )」、「戦争の惨禍( Los Desastres de la Guerra )」、「闘牛技( Tauromaquia )」、「妄( Los Disparates )」である。このうち、生前に刊行されたのは「気まぐれ」と「闘牛技」だけであり、刊行数も少なかった。のみならず、「気まぐれ」については、内容の過激さから、権力によって弾圧される可能性を考えて、ゴヤ自身が流通を遠慮していたフシがある。ゴヤは晩年に、「気まぐれ」の原版を、王室に寄贈し、王室の権威を借りて、その抹消を逃れようと図ったくらいである。「戦争の惨禍」と「妄」は、これらを相続していた息子ハビエルの死後にやっと刊行された。

犬:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入口を入ってすぐ右手前の壁に描かれていたのが「犬」と題されたこの絵(134×80cm)である。この部屋を時計回りに巡回して歩くと、最後に現れる絵である。そんなこともあって、この絵にはゴヤの最後(つまり死)を思わせるようなところがある。

アスモデウス:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロン入り口から見て右側の手前の壁に描かれていたのが「アスモデウス」と題されたこの絵(123×266cm)である。アスモデウスとは、旧約聖書外典「トビト書」に出てくる好色な悪魔である。サラと言う娘に横恋慕したアスモデウスは、サラの婚約者を七人も殺して、サラを我がものにしようとしたが、トビトの息子トビアスの姦計に陥れられて、エジプトの奥地に追放されたということになっている。

異端審問所の行進:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入り口から向かって右側の奥の壁に描かれていたのが「異端審問所の行進」と題されたこの絵(123×266cm)である。題名はゴヤ自身がつけたものではなく、ブルガーダやイリアルトによるものなので、この絵が本当に異端審問所を描いているのかはっきりはしない。現在この絵を保存しているプラド美術館は、これを「聖イシードロの泉への巡礼」としているが、聖イシードロ修道院の周辺にはこのような光景は見当たらぬことから、殆どの研究者が疑問視している。

二人の女と一人の男:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入口を入って正面右側の壁に描かれていたのが、「二人の女と一人の男」と題されたこの絵(125×66cm)である。現存する絵を見た限りでは伝わってこないが、この絵は実に不道徳な絵なのである。画面では、男の右手が、黒い布の下に隠れて見えないが、レントゲン写真からわかったことは、もともとこの男の手は、自分のペニスをつまんでいたのである。つまり、この絵は、マスターベーションに耽る男と、それを見てあざけりの表情をうかべる女たちを描いていたのである。

書類を読む男たち:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入り口向かい側の壁左手に描かれていたのが、とりあえず「書類を読む男たち」としたこの絵(126×68cm)である。ゴヤの遺産相続目録を作ったブルガーダによって「二人の男」と名づけられ、後イリアルトによって「政治家たち」と名づけなおされた。ブルガーダがなぜ「二人の男」としたかについては、わからないことが多い。というのも、この絵には六人の男が描かれているからである。イリアルトが、「政治家たち」としたことには、一定の辻褄がつけられる。

決闘:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入り口から向かって左手の壁の、窓を隔てた奥側に描かれていたのが「決闘」と題する長大な絵(123×266cm)である。麦畑と思われる広大な大地の上で、巨大な図体の二人の男が棍棒を振りかざしながら、殴りあっている図柄である。この男たちが巨人であることは、背景との比較から、ほぼ間違いない。

運命:ゴヤの黒い絵

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聾の家二階サロンの入り口から向かって左側手前の壁に描かれていたのが「運命」と題された絵(123×266cm)である。「運命」とは、ギリシャ神話に出てくる運命の女神モイライの三姉妹のことをさす。画面には、その三姉妹とともに正体不明の男が描かれている。男を含めた四人の人物が、夕日を反照した湖の上に浮かんでいる。なんとも不思議な雰囲気に包まれた絵だ。

スープを飲む老人:ゴヤの黒い絵

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この絵(53×85cm)は、とりあえず「スープを飲む老人」としておいたが、題名も、描かれた場所も、確定的なことがわかっていない。場所については、聾の家一回食堂の入り口の上部に描かれたという説と、二階サロンの入り口左手の壁に描かれたという説が拮抗している。ゴヤの研究で知られる堀田善衛は一階説だが、ここでは二階説を取りたい。そうしないと、二階サロンの入り口左手の壁だけが、空白になってしまうからである。

聖イシードロへの巡礼:ゴヤの黒い絵

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聾の家一階食堂の右手側壁に、「魔女の夜宴」と正面から向かい合う形で、「聖イシードロへの巡礼」と題する絵(140×438cm)が描かれていた。二つの絵のサイズはほぼ同じである。

魔女の夜宴:ゴヤの黒い絵

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聾の家一階食堂の左手の側壁に描かれていたのが「魔女の夜宴」と題する長大な絵(140×438cm)である。魔女たちが夜中に集まって、悪魔の主催する宴会を催すという中世以来の民間伝承を下敷きにしており、ゴヤはこの他にも何枚か同じテーマの絵を描いている。その伝承によれば、悪魔は牡山羊の姿であらわれるということになっている。ゲーテのファウストに出てくる「ワルプルギスの夜」の場面も「魔女の夜宴」のテーマを描いたものだが、「ファウスト」の場合、牡山羊は魔女の乗り物とされている。

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聾の家一階食堂正面の壁に、「我が子を食らうサトゥルヌス」の右隣に接して描かれていたのが「ユーディットとホロフェルネス」と題された絵(146×84cm)である。ユーディットは、旧約聖書外典「ユディト書」に出てくる女性であるが、アッシリア王ネブカドネサルによって派遣された将軍ホロフェルネスを、策を用いて寝床に誘い込んだうえに、その首を刎ね、ユダヤ人を危機から救った聖女ということになっている。このテーマは、キリスト教圏の画家たちのインスピレーションを刺激し、ルネサンス以降好んで描かれた。中でも有名なのは、クラナッハの描いたものである。

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聾の家一階食堂入り口を入って正面左手の壁に、「レウカディア」と対面するように描かれているのが「我が子を食らうサトゥルヌス」と題する絵(146×83cm)だ。暗黒をバックに浮かび上がった醜悪な怪物が、子どもを両手で鷲掴みにし、その左腕を食いちぎろうとしている。子どもの頭と右腕は既に食いちぎられていて、その傷跡からは夥しい血が流れ出し、サトゥルヌスの両手を赤く染めている。子どもを貪り食っている怪物の目は、驚愕した人の目のように、怯えた様子に見えるが、それは、我が子を食わねばならぬおぞましい運命に怯えているように見える。

二人の老人:ゴヤの黒い絵

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「二人の老人」と題されたこの絵(144×66cm)は、「レウカディア」と対をなすように、つんぼの家一階食堂入り口を入った右手の壁に描かれていた。長い杖を両手で持った老人が修道士のような姿をして立っている。その脇には。醜怪な面相の老人が寄り添うようにして立ち、隣の老人の耳に向って、何事か叫んでいるようである。その図柄を、左手の老人がゴヤ自身で、右手の老人は死神だと解釈するむきもある。たしかに、左手の老人は、耳元で大声を出されても聞こえないように見えるので、ゴヤ自身だと解釈するのも無理はない。だが、実際のゴヤは、この絵の中の老人のような白いひげは生やしていなかった。

レウカディア:ゴヤの黒い絵

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聾の家一階食堂の入口を入った手前左手の壁に書かれているのが「レウカディア」と題した絵(147×132cm)である。レウカディアは、妻のホセファ・バイエウが死んだ翌年あたりにゴヤの家の家政婦としてやって来たのだが、すぐにゴヤの愛人になった。彼女がやって来た時、ゴヤはすでに67歳の老人であったが、ホセファに20人もの子を宿らせたほどの勢力はまだ衰えておらず、早速彼女にも子を授けたのであった。その時レウカディアは人妻の身であったが、カトリックのスペインでは離婚が許されなかったので、彼女は不倫という形で、ゴヤと結びついたのだった。その後レウカディアは、ゴヤが死ぬまで一緒に暮し、ゴヤの死をみとった。

ゴヤの黒い絵

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フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco José de Goya y Lucientes 1746年3月30日-1828年4月16日)は、72歳を過ぎた高齢で(1819年)、マドリード近郊にあった通称「聾の家」という建物を買った。所有者が聾唖者であったことからこう名付けられた家に、自身も耳の不自由だったゴヤが何かの因縁を感じて買ったのだろうと推測されている。ゴヤはこの家の、一階食堂と二階サロンの壁に、十四点の壁画を描いた。今日「黒い絵」と称されている連作である。

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