日本の政治と社会

安倍政権が今回閣議決定したエネルギー基本計画には、青森県六ヶ所村の再処理工場の稼働も含まれていた。この再処理工場では、年800トンの使用済み核燃料を再処理し、8トンのプルトニウムを取り出す能力がある。取り出したプルトニウムは、原発で燃料として消費することとなっているが、周知のとおり、その目途はまったく立っていない。これまでに再処理した結果すでに44トンのプルトニウムがたまっており、これに毎年8トンのプルトニウムが加わり続けることになることになるわけだが、これにたいして米側から深刻な懸念が寄せられていることが判ったという。

安倍内閣が新たなエネルギー基本計画を閣議決定し、原発再稼働の方針を明記した。注目すべきは、既存の原発を再稼働するにとどまらず、原発の新増設も否定していないことだ。つまり、安倍政権は原発の復権に向けて全面的に舵をきったということだ。原発村の住人達はさぞ大喜びだろう。なにせ、民主党政権時代に決定された「原発ゼロをめざす」という方針を葬り去ることができたわけだから。

安倍政権下の自民党にも、まだこんな気骨のある人が生き残っていたか、と感じさせる人がいた、村上誠一郎衆議院議員だ。氏は雑誌「世界」のインタビューに応えて、安倍政権の危険性について、ナチス・ドイツと比較するなどして、歯に衣着せぬ率直な発言をしている。現下の日本政治を覆うムードを考えれば、余程の気骨がなければ、こんなことは言えない。

国土強靭化と称するばらまきにオリンピック需要が加わって、建設業を中心に深刻な労働者不足が生じている。そこで、安倍政権は外国人労働者を活用する方向へと踏み出した。対策の中心は、いまある技能実習制度の弾力化だ。この制度による日本滞在の上限を3年から5年にのばしたり、一旦帰国した人にも再度の来日を許可するなどして、日本でできるだけ長く働いてもらおうとするものだ。オリンピックが行なわれる2020年までの限定的措置で、それ以降は日本から出て行ってもらうという、ある意味都合の良い措置だ。

オンライン版東洋経済に「オバマは"KYな安倍"を説得できるか?」という記事が載っていたので、興味深く読んだ。この記事は、4月に来日するオバマ米大統領が、なにかと暴走してアメリカをハラハラさせている日本の安倍首相を、おとなしくしているように説得できるかどうか、について推測しているのだが、そんな暴走気味の安倍首相のことを「KY」といっている。

南極海における日本の調査捕鯨について、国際司法裁判所が中止命令の判決を出した。事前の予想では、ここまで厳しい判決が出るとは"誰も"思っていなかったとして、国内では大騒ぎになっている。その見通しの甘さについて、担当官僚は、安倍首相から厳しく叱責されたということだ。この男には、もう出世の見込みはないだろう。

日本の安倍首相と韓国の朴大統領が、アメリカのオバマ大統領の仲裁で顔をあわせた。日韓関係は、日本のみならず東アジアの政治地図にとっても重大な意義を持っている。それなのに両国の指導者は互いにいがみ合い、顔をあわせることすらしてこなかった。今回ようやく顔合わせにまで至ったのも、当事者同士の合意によるというより、第三者たるアメリカの大統領の仲裁によるものだ。果してその場は、両首脳の折角の顔合わせの場というのに、和やかな雰囲気には程遠く、ギクシャクした雰囲気が漂ったと伝えられている。

先日、公的年金資金が株式投資に運用されようとする動きについて、このブログでも紹介したところだが、その動きがどうも本格化しそうだ。安倍首相の強い意向を受けて、公的年金の管理者である年金積立金管理運用独立行政法人とその上級官庁である厚生労働者とが、公的年金を株式市場で運用する姿勢を強めているというのだ。

朝日の今日(三月二四日)の朝刊一面に、「核物質 米に引き渡しへ~テロ対策に協力」という記事をみてびっくりした。まず、どういう意味かわからなかったからだ。第一テロ対策に協力とはどういう意味だ。三面の解説記事を読むと、アメリカは核物質についての日本のテロ対策が不十分だとの危機感を抱き、日本に対して、核兵器への流用可能な核物質の管理について万全の措置を求めているが、その一環として、東海村で保有している核物質を、アメリカ側に引き渡すよう要求し、それに対して日本側が応じたというふうに書いてある。

先般、年金積立金管理運用独立行政法人が年金資金の一部を株式などへの投資に回す意向だと伝えられた。筆者などはそれを聞いてまず、大丈夫かいな、という印象を持った次第だったが、それは、日本の役人たちが、投資などという高度に知性的なゲームに馴れていないだろうと心配したからだ。

安倍政権が、所得税の納税額に上限を設けることを検討しているそうだ。現行の税制では、所得税は一定の金額を超えると最高税率の40パーセントを課税され、その金額に上限はない。それを、2億円を上限として、それ以上の所得税は課税しないというものだ。これが実現されると、(ごく単純化していうと)5億円以上の所得がある金持ちたちは、2億円以上税金を取られることがなくなるわけで、かれらにとっては最高のプレゼントになるはずだ。

冷泉彰彦氏が、「アーミテージ氏と櫻井よしこ氏へ異議あり!」と題する小文を、日本語版ニューズウィークのWEB上に寄稿しているのを興味深く読んだ。アーミテージに関する部分はここでは触れないこととして、櫻井よしこ氏への異議について見てみよう。櫻井よしこ氏は周知の通り、所謂従軍慰安婦問題について、日本の官憲による強制連行を証明する証拠はないのだから、この問題について謝罪した河野談話は根拠がないのであり、見直しするべきだという論陣を張っており、その先には慰安婦問題そのものを歴史から消去すべきだとする思惑を見せることに躊躇を感じない人である。こうした見解や姿勢は、筆者には馬鹿げたものに思われ、とてもまともに読む気にはなれないのだが、冷泉氏は辛抱強く読んだうえで反論をしている。そこに筆者は、氏の誠実な姿勢を感じたところである。

最近東京各地の図書館で、「アンネの日記」を始めとしたアンネ・フランクの関連本数百冊が、何者かによって切り裂かれたり破り取られたりする事件が相次いで起きたが、それに対して海外のメディアも強い関心を示している。それらに共通して窺われるのは、これが日本の右傾化を反映する出来事だとする見方である。ここではその一つの例として、TIMEの論調を紹介しておきたい。Hundreds of Copies of Anne Frank's Diary Vandalized in Japan By Kirk Spitzer

米議会調査局が、日米関係に関する報告書をまとめ、安倍晋三首相の歴史観について「第二次世界大戦やその後の日本占領で米国が果たした役割に関し、米国人の認識と衝突する危険性がある」と懸念を述べた。また、米政府が靖国参拝に「失望した」と声明を出したことは「異例だった」と指摘し、「首相が米国の忠告をあえて無視して靖国を突然参拝したという事実は、両政府間の信頼関係を一定程度損ねた可能性がある」と批判した。

中国習近平政権の反日政策が暴走気味を呈している。安倍首相の靖国参拝について、それを批判する記事を世界各国の中国大使に書かせ、日本がゆがんだ歴史認識に基づいて戦後の世界秩序に挑戦し、軍国主義を復活しようとしていると非難しているが、今度は、習近平自ら反日キャンペーンに加わる様子を見せている。三月末に世界の首脳が集まる「核安保サミット」へ参加するにあたって、習近平はドイツを訪れ、ドイツによる「第二次世界大戦への反省」に敬意を表すると同時に、日本はドイツに見習えとのメッセージを出すつもりなのだという。主要な国際舞台で、日本の首相に恥をかかせようという魂胆だろう。

なにかと物議を醸しているNHKの籾井会長が、理事たちから日付を入れない辞職願を提出させていたことが、国会審議のなかで明らかになった。

安倍首相の独走ぶりが眼を引く。アベノミクスの成功で国民の一定の支持を勝ち取ったことを最大の政治資源にして、自分の政治信念の実現に向けて突っ走っているかに見える。その手法はいかにも安倍首相らしい。力まかせの正面突破作戦ともいうべきか。筆者はそれを、仮にアベポリティクスと名づけてみた。今から思えば、アベノミクスもこのアベポリティクスの一環だったようだ。では、そのアベポリティクスの内実とはどんなものか。今日版の富国強兵政策と言えるのではないか。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のインタビュー記事が、自分の本意と違ったことを書いているというので、本田内閣参与がWSJに抗議したうえで、その結果を菅官房長官に報告したところ、菅官房長官の口からメディアへ経緯の説明がなされ、その中で、WSJは記事を訂正してもよいといっている、と言及した。

安倍首相が立憲主義の否定に向けてまた一歩踏み込んだ。集団的自衛権についての憲法解釈の変更について、閣議で決定の上、自衛隊法の改正など必要な法改正手続きに入りたいと、国会の質疑の場で明言したのだ。いままでは、安保法制懇などの議論を踏まえ、国会に図ったうえで解釈変更するというような趣旨のことを言ってきたのが、一挙に考えを翻して、内閣(行政権)だけの判断で、憲法解釈を変えると言い換えたわけだ。これでは立法機関である国会が無視されるばかりか、憲法の規定も形骸化される。立憲主義を全面否定するものだといってよい。

舛添都知事が憲法改正をテーマにした新刊を刊行し、その中で立憲主義を擁護している。氏は、自民党の憲法草案について、「憲法は国家権力から個人の基本的人権を守るためにあるという立憲主義を理解していない人が書いている」と批判し、また、良き伝統を子孫に継承するとした前文や、家族の助け合いを求める条文などについて、「価値判断を憲法に入れるべきではない」と指摘している。

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