旅とグルメ

ベルリンへ:独逸四方山紀行

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(ベルリンの宿泊先アパルトメント前にて)

平成廿九年六月十九日(月)晴。七時半に家を出で、新鎌ヶ谷北総線経由にて成田空港に赴き、九時近く第二ターミナル駅三階ロビーにて七谷、浦、岩の諸子と会ふ。ロビー内の銀行にて両替をなすに、一ユーロ約百二十八円のレートなり。チェックインしてコーヒーをすすりつつサンドイッチを食ひ、十一時近く飛行機内の座席につく。飛行機はフィンランド航空AY074便十一時発ヘルシンキ行なり。十一時十四分に離陸す。離陸後ややして左手下方に富士の頂上雲を突いて露出するを見る。その後、新潟上空にて日本海に出で、ヴラヂヴォストーク東方にてロシア大陸に入り、シベリア上空を飛び続けたり。十二時五十分頃及び十九時頃食事の提供あり。ビールと白ワインを飲みつつ食ふ。また成田にて買ひ求めし日本酒を飲みたり。

独逸四方山紀行

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(ベルリン、アレクサンダープラッツのマルクス・エンゲルス像前にて)

昨年の正月に四方山話の会に加わった際、会のメンバーのうち石、浦、岩、七谷の諸子が二週間かけて中欧の諸都市を歩いたという話を聞いた。彼らがその旅行をしていた丁度その時、小生は親しい男と二人でイタリアの街を歩いていたのだった。そこで、俺たちがイタリアの陽気な街を歩いている時に、君たちは中欧の陰気な街々を歩いていたわけだと冷やかしたところ、いやそんなことはない、なかなか面白かったし、色々な知識を得られたという点で有意義でもあったと反論された。そこで、互いに旅行の手柄話をしあっているうちに、イタリア組と中欧組とが合同して、ひとつドイツにでも旅しようじゃないか、ということになった。その結果、今回こうしてドイツに旅行することになったわけだ。

奥ゆかしい自己分析を聞く

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前回の四方山話の例会で、自分史の割り当てが一巡したところで、次は銘々が自分の好きなテーマについて勝手にしゃべる機会を持とうということになったところだが、一年下の世代の梶子が、私にも自分史をしゃべらせて欲しいと言い出したそうで、今夜(六月二日)は彼の話を聞くことになった。

久しぶりに峨眉山で会う

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四方山話の四月の例会は約一年ぶりに曙橋の峨眉山でやった。前回は九州から出てきた秋子を歓迎する意味もあって、十名以上が出席したが、今宵集まったのは七人。小生のほか、福、六谷、岩、小、石、浦の諸子だ。まず、先月の歌声喫茶の模様を写した記念写真を小子が皆に見せた。するとこの場にいなかったほかの連中も興味を示し、そのうちまた行って見ようやという話になった。あのときに、鷲子から会場に電話があって、新子の病気のことを話していたが、そのあと新子に見舞いの電話を入れたら喜んでいたよ、と小子が皆に報告した。

歌声喫茶で青春の歌を歌う

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四方山話の三月の例会には都合が悪くて出られなかったが、それとは別に小子からメールがあり、歌声喫茶で青春の歌を歌わないかと誘われて、参加した。小生は日頃歌を歌うようなこともなく、カラオケなんどというものにも縁がないので、何を今さら歌声喫茶で青春の歌を歌うものか、と思われぬでもないが、この店には我々の仲間の大子が経営上関わっており、それとロシア民謡を歌わせることで知られているようなので、ロシア民謡好きの小生としては、他人が歌うのを聞くのもまた楽しからずやと思ったのだった。念のためにロシア語の歌詞をいくつか用意して行った次第だ。

吉野:奈良・大和路を歩く

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(金峯山寺蔵王堂)

三月十六日(金)半陰半晴。朝餉をなして後「騎士団長殺し」を読むこと昨日の如し。九時近くホテルを辞し、近鉄奈良駅より電車に乗り、西大寺、橿原神宮にて乗り換へ、吉野に向かふ。吉野口駅を過ぎ暫時して渓流あらはる。吉野川なるべし。このあたりは能「国栖」の舞台ともなり、また谷崎の小説「吉野葛」の舞台ともなりしところなり。谷崎の小説は「国栖」を参照しつつも、全く異なる世界を描きてあり。

當麻寺:奈良・大和路を歩く

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(当麻寺本堂、金堂)

當麻寺は近鉄駅を出て十数分ほどのところにあり。あたかも正午なれば門前のうどん屋に入り、ビールとうどんと柿の葉寿司を注文せり。柿の葉寿司とは、さばの押し寿司を柿の葉に包みたるものなり。過日奈良駅にて買い求めし柿の葉寿司には、さばのほかにもいろいろとありしが、昔ながらの柿の葉寿司はさばを主体にするものといふ。柿の葉寿司といへば吉野がそもそもの発祥にて、吉野といへば鮎が思ひ浮かぶなれど、なぜか鮎にはあらずして、海の幸なるさばを用ゐる由なり。

長谷寺:奈良・大和路を歩く

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(長谷寺登廊)

三月十五日(水)陰。ホテル二階食堂にて朝餉をなし、村上春樹の小説「騎士団長殺し」の下巻を幾ページか読み進みし後、九時近くにホテルを出でてJR奈良駅より電車に乗り、長谷寺駅に至る。そこより石段の道を下り、小さな橋を渡り、参道沿ひの様子を眺めつつ長谷寺に向かふ。長谷寺は太古より観音信仰の拠点として多くの参拝者を集めしなれば、参道沿ひには今も多くの旅館やら土産屋が並びをるなり。上田秋成の小説「蛇性の淫」にも長谷寺参道の土産屋登場せり。秋成の小説には、この参道は人の往来繁き所として描かれてあり。その一角なる土産屋に、蛇の化身少女を伴ひて現はるるなり。その土産屋、もしいまもあらば奈辺ならんと思ひつつ歩みたり。

平城宮跡、西大寺:奈良・大和路を歩く

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(当麻寺参道)

庭前の沈丁花に春の気配を感じ、そぞろに旅情を搔き立てられしかば、奈良・大和路を歩まんとて、背嚢に身の周りのものと薬袋をつめ、杖をひいて家を出でぬ。時に平成廿九年初春のことなりき。

鈴生と少年時代を回顧する

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鈴生とまた例の寿司屋で飲んだ。彼最近腰痛が悪化して居ても立ってもいられぬ日が続いたが、今日はなんとか歩くことが出来るようになったそうだ(痛め止めの効果もあるらしい)。そのついでにご母堂を近所の老人施設にショートステイさせたそうだ。なにしろ何ヶ月も風呂にも入らず寝たきりに近い状態なので、たまにはこういうところに入れて、オーバーホールをせねばならぬからね、ということだった。そのご母堂は今年九十九歳になり、痴呆の程度も大分進んできたが、あんたのことはまだ覚えているよ。今晩一緒に飲むと言ったらなつかしそうな顔をしていた。そう鈴生は言って、この調子だとまだ大分先まで生きそうだ、俺のほうが早く死にそうだし、またそう願いたいものだ、生きているのがもう面倒になった、と弱音を吐く。

日独社会文化比較論を聞く

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四方山話の会の諸子といつもの通り新橋の古今亭で小宴を催した。今回の語り部は七谷子だというので、小生の外、福、岩、越、石、小、六谷、浦の諸子あわせて九名が参加した。小生が会場についたのは集合時刻より十五分も前だったが、それと前後して大方の参加者が集合し、時間どおりに現れた七谷子が遅刻の言訳をしなければならなかった。

あひるの新年会

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あひるの仲間と遅ればせの新年会を催した。場所は例年のとおり新宿西口の三代目網元。参加したのは、ミーさんあひる、オーさんあひる、静ちゃんあひる、少尉あひる、アンちゃんあひる、横ちゃんあひる、それに絵描きあひること小生のあわせて七羽であった。今ちゃんあひるは今年も出られなかった。横ちゃんあひるが残念がって、今年は今ちゃんあひるの卒業する年だから、記念に卒業旅行を計画したいと思って、今日会ったら是非何処に行きたいか聞いてみたかった、というので、後日別途聞いて見なさいとすすめた次第だった。

両国でちゃんこ鍋を食う

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山子夫妻、落、松の諸子と遅ればせの新年会を催した。場所は両国のちゃんこ屋川崎。両国に数多いちゃんこ屋の中でも、最も古い店だ。開業は昭和十二年だという。歴史が古いばかりでなく、建物もかなり古い。隅田川べりの路地に面して立っているが、外観も内装もなかなかの渋さを感じさせる。

人情味あふれる話を聞く

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筆者が四方山話の会に加わってから丁度一年がたった。八丁堀のおでん屋で数年ぶりに旧交を温めた後、ほぼ毎月のように宴会を開いては、メンバーのそれぞれが自分の半生を語った。そんな話を聞かされると、自分とは違った人生もあったのだと、感慨深く思うこともある。それが会を重ねて、今宵は岩子が語り部をつとめることとなった。同席したメンバーは、岩子と筆者のほか、石、柳、田、六谷、小、浦、福の諸子、合わせて九名であった。会場はいつもの通り新橋の古今亭である。

思い出横丁で思い出にふける

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旧友数人と新宿で飲んだ勢いで、思い出横丁に寄った。新宿駅西口を出て右に曲がり、青梅街道手前の線路沿いに細長く広がる一帯だ。昔は小便横町といった。戦後の闇市が生き残ったようなところで、個々の店には便所がなく、また共同便所も少ないことから、飲み屋で催した連中がそこいらじゅうに立小便をする。そこで近づくと小便の匂いがするというので、小便横町と呼ばれるようになった。それが、便所の普及で多少清潔になったところで、小便横町では具合が悪いから名前を変えようという声が起り、思い出横丁に変った。そんなことを誰かから聞いたことがある。

ほろ酔い加減で帽子を忘れる

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鈴生から連絡があって、暇を持て余しているからまた馬鹿話をしないかと誘われ、忘年会を兼ねて船橋で飲んだ。場所は先日入ったシャリ膳という鮨屋だ。カウンターに座ってビールで乾杯すると、鈴生は最近ひどい不心得をやってしまったよと言う。一体何をしたんだねと聞くと、立石界隈で友人と飲んでいてすっかり酔っぱらってしまい、自分を失って警察のお世話になったというのだ。いやあこんなことは生れて初めてだ、面目ない、と言うので、今晩はそれを肝に銘じてハメをはずさないように飲もう、と誓いあった次第だ。

海外進出の話を聞く

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四方山話の今月の例会は小氏が自分史を語るというので、八名が新橋の古今亭に集まった。小子のほか、六谷、七谷、石、浦、福、岩の諸子及び小生である。この日は昨夜のうちから降っていた雨が朝方雪に変り、夕近くまで降り続いていた。十一月に東京に雪が降るのは54年ぶりのことで、積雪するのは観測史上初めてのことだそうだ。そんなわけで、交通機関がとまるかと恐れたが、何とか動いていたので、電車に乗って新橋まで出た次第だ。電車は動いたが、寒さが尋常ではなく、真冬なみの服装をして出かけた。

寿司を食いながら昔を語る

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旧友鈴生と久しぶりに会って、船橋の寿司屋で歓談した。カウンター席に並んで座り、まずは挨拶を兼ねて近況を報告しあう。小生は世の中から身を引いて、目下悠々自適の毎日を送っているよと控えめに言う。鈴生のほうは、二年前に特発性難聴になったのがもとで、耳が聞こえなくなったし、足腰も弱くなった、満身創痍で何時死んでもおかしくない。この分だと母親より先に死ぬかもしれないと言ったら、母親より先に死ぬのはこの上ない親不孝だと叱られた。こんなわけで、二年前に完全に仕事をやめて、今はあんた同様自由の身だが、あんたのように遊んでいるわけではなく、毎日老々介護に忙しいのだと言う。

安部晋三をたたえる

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旧友の一生と久しぶりに会い、船橋の縄暖簾で歓談した。随分久しぶりだが元気でやってるかい、と互いに確かめ合うようにして挨拶する。俺もこんな白髪頭になってしまったが、お前のほうはまた一段と禿げてしまったな、てっぺんまで淋しくなったじゃないか、と遠慮のないことを一生がいうので、お前さんはお前さんで元気な様子がなによりだが、随分とふくよかな顔になったな、まるで達磨のようじゃないか、と筆者も負けずに冷やかす。

真鶴で手料理を振る舞われる

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先日の四方山話の例会の席上、浦子が真鶴に持つ別荘で一席設け、そこで自分の手作りの料理を振る舞おうと言うので、その場に居合わせた何名かが手を上げて応じた。そんなわけで、十月末の木曜日の午後一時に、真鶴駅前に五名が集まった。招待主の浦子のほか、石、岩、梶の諸子及び小生である。六谷子も参加するはずだったが、急に知恵熱が出たとかいって来なかった。

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