旅とグルメ

豊穣たる熟女たちと新年会をやった。場所は船橋にある豆腐料理屋のチェーン店「梅の花」。五時過ぎにJR船橋駅の改札口前で待ち合わせ、四人揃ったところで店のある東武デパートのエレベータ乗り場に向かう。筆者を先頭に人込を掻き分けて進み、エレベータ乗り場に近づいて後ろを振り向くと誰もいない。はてどうしたことかとあたりを見回したが、なんの痕跡も見当たらない。たった数十秒の短い間に、成熟した女性が三人も忽然と姿を消してしまったのだ。

八丁堀でおでんを食う

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学生時代に仲良くしていた連中と久しぶりに顔を合わせた。場所は八丁堀のおでん屋レイテンという店。集まったメンバーは、福、石、浦、岩、谷、小、田、柳に筆者を加えて九人。店に入ってみると、そこはこじんまりとした空間で、すでに、福、石、浦の諸子が席についていた。随分久しぶりだな、と声をかけ合う。筆者がこの連中と会うのは、あの3.11の年以来5年ぶりのことだ。彼らは互いに連絡があるらしく、三年ほど前から定期的に飲み会をやっているという。筆者も今回その輪に入れてもらったという形だ。

イタリア旅行の思い出

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今回のイタリア旅行は、わずか六泊の短いものだったが、かなり無理をして歩き回ったせいもあって、結構中身が濃いものになった。風景や文化に触れることができたのは無論だが、イタリア人の人情というか、彼らの気さくな態度が非常に印象に残った。イギリスやフランスを旅すると、かならず一回や二回は、自分が黄色人種の東洋人であることを意識させられるのだが、ローマやナポリではそういうことがなかった。彼らが我々を同じ人間として待遇してくれるのである。そのうえ、ホテルの廊下やレストランなどでイタリア人とすれ違ったりした折、イタリア女性からチャーミングな笑顔を向けられたりして、いい気持ちにさせられたりもした。日本でも、そういうことは滅多にない。また、年をくっているとはいえ、男が二人連れ添って歩いていると、パリなどではゲイに受け取られることがあったが、ローマではそういうことを感じさせられることはなかった。イタリア人というのは、さばけた人だという感じがする。

イタリア紀行その十八:帰国

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十一時頃チェックアウト手続をなす。ホテル利用税一人一泊あたり六ユーロ合計七十二ユーロを支払ふ。ややして旅行会社のイタリア人エージェント迎へに来る。マイクロバスに乗せられ他に日本人二名を拾ひ空港に向ふ。途次運転手とエージェント会話に夢中となる。そのため運転手の余所見をすること頻繁なり。余聊か身の危険を感じたれば自発的にシートベルトを着用せり。

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(カラカラ浴場)

十月一日(木)夜来雨なり。ネットにて天気予報を見れば日中には晴るべしとある故出発までの間カラカラ浴場を訪ふこととす。外に出んとするにホテルの玄関先に二人の男佇みて傘を売りをりたり。また地下鉄カストロ・プレトーリオ駅にも傘を売る者の姿を数人見る。雨が降るごとに傘を売らんとして出没するものの如し。

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(ベリーニ広場)

考古学博物館前のマリア・ディ・コスタンティノーポリ通りを歩み行けばややしてベリーニ広場に至る。ここより南東方向ガリバルディ広場へ至る一体をスカッパ・ナポリと言ふ。ナポリの下町にして同時に歴史地区と言はるる地域なり。庶民的雰囲気がいかにもナポリらしいとて映画にもたびたび描かれ来れるなり。

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(ナポリ湾沿の散策路)

サンタ・ルチーア通りに面せるマリーナなるレストランにて昼餉を喫す。路上席に座して海風を受けながら食事するは洒落たものなり。店の前を通り過ぎる地元のものと思しき者の中には店員に気さくな挨拶をなして行く者もあり。人情の厚さを感ぜしむるなり。

イタリア紀行その十四:ナポリ市街

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(ムニチーピオ広場)

九月三十日(水)快晴。この日はナポリに日帰り遠足をなさんとて八時過にホテルを辞し、テルミニ駅より八時四十五分発ナポリ行特急列車フレッチャロッサに乗る。列車は二十分ほどしてフィレンツェ行の時同様田園地帯に入りぬ。緑が心持濃く感ぜらるるは南へと向ひをるためなるべし。ナポリ駅に近づくにつれ高層の建物を目にす。ローマには見ざる光景なり(尤もナポリ都心に高層建築を見ることなし)。

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ホテルに小憩して後、夕刻いつものチェルナイア通りを歩みてマイバスに至る。ここよりアリアとカンツォーネのディナーショーに赴かんがためなり。余ロンドンにてはミュージカル、パリにてはオペラ、シャンソン喫茶と言ふ具合に海外旅行には必ずナイトショーを楽しむこととしをりしが、ローマについてはガイドブックを検索しても適当なるものを見出すことを得ず。旅行会社推奨のディナーショーにて我慢することとはしたるなり。このショーはどうやら日本の旅行会社が現地のレストランと特約して設けたるものの如くにしてあまりパッとせざるもののやうなれど、一晩の無聊を慰むるに足るべし。

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(サン・タンジェロ城)

ヴァティカン美術館を辞して後ヴィットリアーノ駅より地下鉄に乗りレプブリカ駅に下車してマイバスを訪ふ。文子の遺失物の取扱について相談するためなり。文子マイバスの係員に空港へ電話もて問ひあはしめたるところ該当する遺失物の届出はあらずとのこと。イタリアにては遺失物がもどることは殆ど期待しえぬやうなり。ただし、保険の約款によっては運転免許証の更新費用くらゐはもどる可能性なきにしもあらずとアドバイスせらる。

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(ヴァティカンの外壁)

九月廿九日(火)晴。朝食を済ませて後八時四十分にホテルを出でテルミニ駅に向かって歩く。駅近くのタバッキにて地下鉄・バス共通二十四時間乗車券を買ひ求めチンクエチェント広場より地下鉄に乗る。オッタヴィアーノ駅に下車。ヴァティカン美術館に向かって歩み行くに、あちこちにダフ屋たむろして闇入場券を売る。この券を持参すれば待たずに即刻入場しうると言ふなり。通行人の中には足をとめてその券を求むる者もあり、余らはあらかじめ同趣旨の入場券を事前に買ひ求めてありしかば無視してそのまま進む。

レストランを出でてミケランジェロ広場に向ふ。文子を先に立てて歩み行くに、彼狭隘な坂道を選びて上る。かなり急勾配にて息が切れるほどなれど両側に展開する光景は一見に値せり。暫時して小高き丘の上に立つ。丘の入口に一の門あり。地図にて確かむるにジョルジョ門とあり。門の傍らにはベルヴェデーレ要塞あり。どうやら余らは道を一筋間違へたるが如し。ミケランジェロ広場は別の丘の上にあり、そこへ行くには一旦谷に下りてまた上る要あり。

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(ドゥーモ)

メディチ家礼拝堂より路地伝ひに歩きドゥーモ広場に到れば眼前に突然巨大な伽藍群現る。フィレンツェの象徴たるドゥーモを中心に大聖堂、洗礼堂、ジョットの鐘楼等なり。いづれの建物も意匠といひ規模といひ歴史といひ世界に類稀なる建築物なり。

イタリア紀行その八:フィレンツェ

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(フィレンツェ、シニョリーア広場)

九月廿八日(月)半陰半晴。六時半起床、七時に朝食、食堂からの帰りにイタリア人女性客とすれ違ひざまチャーミングな微笑を送らる。イタリア女は愛嬌づきたるもの多し。

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(パンテオンの正面列柱)

クィリナーレ通りの路上タクシを拾ひパンテオンに向ふ。乗り込みし直後文子タクシメータ見当たらずと言ふ。運転手にタクシメータはいずこにありや問ふにバックミラーのあたりを指さす。なるほど通常バックミラーのあるべきところにタクシメータあり。感心するに運転手曰く、モデルノなりと。タクシは狭小なる路地を右つ左つしながらパンテオン広場の手前にて止る。タクシメータには七ユーロ五十セントの表示あり。余十ユーロ紙幣を差し出す。運転手つりは一ユーロでよいかと言ふ。余二ユーロ返すべしと答ふ。運転手さしたる不満も言はず二ユーロを返したり。

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(コンドッティ通り)

コンドッティ通りはカヴール橋方面とスペイン広場を結ぶ通りにして両側にはいはゆるブランドショップ櫛比してあり。西側より歩めば正面にスペイン階段を望む。通りの両側の建物はさして高からずといへど通りの幅狭きゆえに常に日影に覆はれたり。その陰と正面のスペイン階段の明度と著しき対照をなす。スペイン階段の上部には双塔の寺院聳ゆるなれど目下修復工事中にて仮説枠を覆ふやうにしてグロテスク広告掲げられてあり。頗る興ざめと言ふべし。

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(ポポロ門)

九月廿七日(日)快晴。朝食後、九時にホテルを辞す。昨日同様チェルナイア通りを歩みてマイバスに至り、眼鏡屋の所在を聞く。老眼鏡を買はんためなり。テルミニ駅ビル内にありと言ふ。

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(トラヤヌスのフォロよりフォロ・ロマーノ方面を望む)

フォロ・ロマーノは古代ローマの政治的中心たりし所なり。共和政時代には市民の集会の場として、帝政時代にはローマの偉大さと栄光を讃ふる場として象徴的意義を持たされたりと言ふ。中世の初期に蛮族の侵入を受け一時荒廃の限りを尽くしたれど、近世になりて発掘されて以来古代ローマの貴重なる遺構として今に至るまで大切に保存せられをるなり。その規模はパラティーノの丘と併せて東西三百米、南北四百米ほどなり。

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(コンスタンティヌスの凱旋門)

コロッセオを入口とは反対側より出るに大いなる広場あり。その一角に凱旋門立ちてあり、すなはちコンスタンティヌスの凱旋門なり。紀元四世紀コンスタンティヌス皇帝在位十周年を記念して建てられたりと言ふ。パリの凱旋門のモデルとなりし門にて、高さ廿一米、幅廿五米、奥行き約七米、三つの通過口を有し壁面には華麗なる装飾を施せり。

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(レプブリカ広場)

九月廿六日(土)三時頃小便のために目覚めて後熟睡することを得ず、うとうとしをるうち七時頃夜が白み始めたり。日本の夜明と異なり一気に明るくならず、三十分ほどかけてやうやう明るくなるなり。一階のレストランにて朝食。パン、ミルク、ベーコン、スクランブルドエッグ、フルーツの類なり。

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