旅とグルメ

イタリア紀行

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(真実の口の前にて)

老いの気晴しに外遊せむとて旧友横田文子を随行せしめイタリアに遊ぶ。平成廿七乙未の年九月廿五日より十月二日までの八日間の旅なり。ローマに宿を定めゲーテのイタリア紀行を懐中にしてローマ市内、フィレンツェ、ナポリを巡覧せり。その折鉛筆にて概略を記し置きたる日乗をもとに紀行文を草し読者諸兄に示さんと欲す。文の拙劣なるは論無し、読者の哄笑は固より免れ難しといへど、忍耐を以て一読せられんことを乞ふ。

神楽坂で加賀料理を食う

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先日真鶴でグルメを楽しんだ仲間と神楽坂で加賀料理を食った。黄昏時に毘沙門天の境内で待ち合わせ、まず石畳の街を散策しようというので、鳥茶屋裏の路地から始めて黒塀横町を通り、神楽坂を反対側に横切って鳥茶屋支店脇の坂道を下り、毘沙門天裏にある加賀料理の店加賀に至ったという次第。途中どこでも大勢の観光客がぞろぞろ歩いているところを見た。外国人の姿も目立つ。どうやら神楽坂は、いつの間にやら観光名所になったようである。

京都祇園祭の旅その八:伏見

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(伏見の十石船)

東福寺より歩みて京阪電鉄鳥羽街道駅に至り、そこより電車に乗りて中書島駅に至る。駅より歩むこと数分にして小運河に差し掛かる。濠川といひて高瀬川が宇治川に合流するあたりなり。高瀬川は、淀川を京都の市中と結ぶために開削せられし運河にて、京都市中より十石船に積載して運び来れる荷をこの運河を通じて運び、合流地点たる伏見にて三十石船に積み替え、宇治川を下りて大阪方面に送れるなり。

京都祇園祭の旅その七:泉涌寺、東福寺

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(今熊野観音寺のぼけ封じ観音像)

七月廿六日(日)晴れて暑気甚だし。この日は泉涌寺、東福寺に参拝し、伏見桃山に遊ばんと欲す。ホテルを辞し、京都駅構内のコインロッカーに荷物を預け、東福寺行きの市バスに乗りて泉涌寺道に下車す。即ち泉涌寺の表参道なり。木立に囲まれたる道をしばらく行くに総門あり、更にその先左手に今熊野観音寺なる塔頭あり。ここにぼけ封じ観音像なるもの立つといふ。なにやら効験あるやに思はれたれば、立ち寄りて参拝す。この塔頭の一角には後堀河天皇の墓所あり。この縁により、泉涌寺は後に皇室の菩提寺とはなれると聞く。

京都祇園祭の旅その六:鞍馬、貴船

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(鞍馬)

食後、出町柳駅発十三時零分の叡山線鞍馬行に乗り、十三時三十分鞍馬に至る。駅前に多宝塔あり。ケーブルカーの乗り場を兼ぬる。されどケーブルカーは改修中につき全面運休なりといふ。仕方なく、徒歩にて上らんとす。この参道は急斜面にして、階段頗る急なり。なるべく階段を避けて坂道を上らんとすれど、坂道もまた急にして老人の足にては頗る難儀す。

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(安部清明像)

七月廿五日(土)晴。この日は、午前中に西陣を歩み、午後は鞍馬の山を訪ねんと欲す。朝餉をなして九時にホテルを辞す。京都駅前よりバスに乗り、一条戻橋にて下車し清明神社に参る。この神社は安部清明の居宅跡に祀られしものにて、境内には陰陽師安部清明にまつはるさまざまなる逸話紹介してあり。その中には今昔物語集中の式神にまつはる逸話もあり。清明が何故神体に祭り上げられたるか、いづれ古代日本人の信仰のあり方を反映せるならん。

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(永観堂阿弥陀堂)

午後一時二十分ホテルを辞し、京都駅前より市バスに乗りて南禅寺・永観堂の停留所にて下車す。そこより歩みて数分のところに永観堂禅林寺あり。禅林とは称すれど禅寺にはあらず。念仏寺なり。平安時代創建の古刹にて、日本の念仏寺の嚆矢たりし由なり。山の斜面の起伏を生かして複雑なる伽藍配置を施す。山の麓に御影堂あり、阿弥陀仏を安置す。山の上腹に阿弥陀堂あり。いはゆる見返り阿弥陀を安置す。

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(祇園祭後祭山鉾巡行烏丸御池にて)

七月二十四日(金)晴。この日は祇園祭の後祭山鉾巡行催さる。よってホテル一階ティーラウンジにて朝餉をすますや、地下鉄に乗りて烏丸御池の交差点に至り、巡行行列の出発するところを見物せんとす。出発時刻は午前九時半にて、それより四十五分ほど早めに現地に着けば、山鉾はすでにあらかた集合し、出発を待ちをれり。見物客もそろそろ集まりはじむるところなりしが、余は歩道と車道の境に位置を占め、比較的明瞭に行列を見ることを得たり。

京都祇園祭の旅その二:祇園祭宵山

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(大船鉾)

六時過、ホテルを辞して地下鉄に乗り四条烏丸駅に至る。四条通を西に歩み、新町通りを左して黄昏時の大船鉾を見る。屋台を囲む提灯に点灯せられ、昼間とは自ずから趣を異にす。集まり来れる大勢の人々列をなし、屋台の上に上らんとす。土産物を買ひ求めたる人に限って、屋台に上ることを許さるるなりといふ。かやうに人の波すさまじければ、徒歩の人も一方通行なり。

京都祇園祭の旅その一:高台寺

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(祇園祭山鉾巡行)

余は幼少の頃より祭好きにて、東京の祭はほぼ見尽くせるといへども、京都の祭は見たることなし。なかでも祇園祭は、足腰の立つうちに是非見物せばやと思ひをりしところなり。その思ひつひにかなひ、この夏(平成廿七年)京に一人旅をなして、祇園祭の後祭を見物す。前祭は混雑甚だしと聞き、しかも未だ梅雨の明けぬ前のことなれば、雨にたたらるる恐れもあり。後祭ならば、梅雨明け後にて、しかも前祭に比すれば混雑も甚だしからず、と思ひたればなり。

ポン酢でうどんを食う

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うどんをポン酢で食うという発想がいままでなかったのが残念だ。今日初めてこれを食ってみて、そのうまさに舌を巻いた。こんなうまいものを何故いままで、作って食おうとしなかったのか。

幸運を呼び寄せる宝くじ爺さん

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東京を描く市民の会の皆さんと落ち合う場所になっていた地下鉄浅草橋の駅入り口に来てみると、ご覧のような光景が目を引いた。小さな路上宝くじ売り場に、人が列を作っているのである。列そのものは長蛇の列というほどではないが、切れ目がないのである。しばらく眺めている間にも、いつも数人がこのように列を作っている。よく見ると、売り場の周りに過去の実績のようなものを記載した紙が貼られていて、それを見ると、この売り場から多くの当たり籤が出たことを誇っている。この売り場に集まってくる人々は、どうもその籤運に自分もあやかりたいと思っているのだろう。

水上から東京を眺めるその二

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(佃島のマンション群)

日本橋川の河口近く、湊橋の手前で右手の水門をくぐり、亀島川と言う水路に入った。水路の右手は日本橋の下町、左手は新川の埋立地だ。このあたりは日本橋地区でありながら、何故か深川八幡宮の氏子地域になっている。ここを埋め立てたのが深川の衆だったせいかもしれない。

水上から東京を眺めるその一

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(浅草橋の船宿三浦屋)

東京を描く市民の会の皆さんと屋形船に乗って、水上から東京の街を眺めた。前野会長の計らいで、浅草橋の船宿三浦屋から屋形船を出してもらい、神田川、日本橋川、亀島川を周航し、晴海の先から相生橋をくぐり、隅田川から再び神田川に戻って来るというもので、40名ほどの会員が参加した。

湯河原の湯に浸かる

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翌日の朝食も質量ともにすごかった。金目の刺身がでてきたほか、イナダのカマの煮つけまでついている。これではとてもアルコールなしでは済まないと言うので、朝からビールで乾杯したという具合だ。運転手役の松子には、気の毒というほかはないが。

真鶴で食道楽

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(真鶴の旅館いずみの舟盛)

今年の正月に、山、落、松の諸子と銀座で豆腐を食った席で、真鶴に安くてうまい宿があるから是非行って見ようと山子が言いだし、他の連中も相槌を打ったことについては、このブログでも紹介したところだ。その後、梅雨入りする頃になって、山子がほかの連中にメールで連絡をとり、日程が整った次第だった。そんなわけで我々は、かねての心つもり通り、七月四日から一泊の旅程で、真鶴・湯河原へドライブ旅行を楽しんだ。

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桃園空港で帰国の便を待つ間、みんなで台湾そばを食ったことは本文で書いたとおりですが、その折の様子を水彩画で描いてみました。ご覧のとおり、そばを盛った器は底が深く、花瓶としても使えそうです。こんな器は、日本は無論中国本土でも見かけたことがありません。台湾独自の器なのでしょうか。

国父記念館:アヒルの台湾旅行その六

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(国父記念館)

六月廿二日(月)晴。旅行最終日。空港まで案内してくれるガイドが10時半に迎えに来ると言うので、それまでどこかを散策しようということになった。横ちゃんアヒルと今ちゃんアヒルは散策よりテレビでゴルフの試合を見ていたいと言うので、残りの三羽で出かけた。行き先は国父記念館だ。

故宮博物院:アヒルの台湾旅行その五

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(故宮博物院)

免税店を出た後、円山ホテルの脇を通って故宮博物院に向かった。地下の入り口から中へ入ったが、ロビーは膨大な数の人間で埋まっていた。三連休の最後の日曜日にあたっているので国中から観光客が押しかけたのだろうと言う。観光客は国内からに限らず大陸からも大勢やって来ているに違いない。いまや中国人のツアー客は世界中を闊歩しているようだから。

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(中正記念堂)

六月廿一日(日)朝方八時にガイドの葉氏が迎えに来た。今日は中型のバスに合計13人が同乗するという。昨日の11人から2人が抜け、新たに4人が加わった勘定だ。そのうちの一組は夫婦もので、もう一組は若い女性の二人連れだった。昨日に引き続き同乗する4人は、年寄りの遊び仲間と見受けた。

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