映画を語る

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小林政広の2017年の映画「海辺のリア」は、シェイクスピアの有名な戯曲「リア王」を下敷きにした作品。「リア王」のテーマは、子による親捨だった。この映画もまた、子による親捨て、つまり子に捨てられた父親の嘆きをテーマにしたものである。時代も社会状況も全く違うから、この二つの親捨てを同じ平面で論じることはできないが、親捨てという普遍的な事象について、いくらかは考えさせてくれる。

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小林政広の2012年の映画「日本の悲劇」は、2010年に起きた高齢者死後の年金不正受給事件に直接のヒントを得たものだ。これは、親の死後も、生きていると見せかけて、年金を不正に受給していたというものだったが、その背景には深刻な貧困問題があった。小林はその貧困問題のほうに焦点を当てて、この映画を作った。その貧困は、小泉政権の新自由主義的な政策のもたらしたものである。その政策は日本社会を勝ち組と負け組に分断した。この映画はその小泉の贈り物というべき負け組の怨念をテーマにしたものである。

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小林政広の2010年の映画「春との旅」は、老人とその孫娘との触れ合いをロード・ムーヴィー仕立てで描いた作品。日本映画でロード・ムーヴィーの傑作といえば、山田洋次の「家族」とか「幸福の黄色いハンカチ」が想起されるが、この「春との旅」も、日本映画史に残るような傑作ではないか。

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小林政広の「愛の予感」は、実に変わった映画である。冒頭と最後の場面で多少説明めいたセリフ回しがあるほかは、本編ではまったくセリフがないのである。だから無言劇といってもよい。無言劇というのは、音のあふれる世界であえて沈黙をつらぬくということで、見る方としては戸惑ってしまう。人はたまに無言になることはあるが、つねに無言であることには慣れていない。ところがこの映画は、その無言を貫いているのである。

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小林政広の2005年の映画「バッシング」は、2003年から2004年にかけて起きたイラクでの日本人人質事件にヒントを受けた作品。この事件では、複数の日本人が人質になり、無事解放された日本人と殺害された日本人で運命がわかれたが、解放された日本に戻ってきた人は、厳しいバッシングにあった。この映画はそのバッシングをテーマにしたものだ。

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小林政広の駆け出し時代の映画「歩く、人」は、老人とその二人の息子たちの父子関係を描いた作品。それに、老人のある若い女への恋心をからませてある。要するに、近年における日本の老人の境遇の一典型をテーマにしているわけである。

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2001年のカナダ映画「氷海の伝説(Atanarjuat The fast runner)」は、イヌイットの伝説をもとにした作品である。自身がイヌイットというザカリアス・クヌクが監督し、イヌイットたちを俳優として起用している。

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1976年のアメリカ映画「大統領の陰謀(All the President's Men)」は、ウオーターゲート事件をテーマにした作品。これは民主党の内部情報を、ニクソン大統領のスタッフが違法に盗聴した事件だ。1972年の6月に事件が発覚し、1974年の8月にニクソンが辞任するまで、アメリカを揺るがした。この不名誉な事件は「大統領の犯罪」として記憶されることになった。大統領のニクソンとしては、非常に不名誉な結果になったわけだ。ニクソン自身は決して無能な大統領ではなく、ベトナム戦争の中止、金兌換制度の廃止、中国との関係正常化など、歴史に残るような業績をあげているのだが、この事件のイメージがあまりにも悪いので、悪人にされてしまった。

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オリヴァー・ストーンの1995年の映画「ニクソン(Nixon)」は、米元大統領リチャード・ニクソンの政治家としての半生を描いた作品。ニクソンは1994年に81歳で死んだので、おそらくその死に触発された作ったのだろうと思う。

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勅使河原宏の1964年の映画「砂の女」は、安部公房の同名の小説を映画化した作品。安部公房の不条理文学の傑作といわれる原作の雰囲気をよく表現し得ている。安部公房自身が脚本を書いたというから、自作の雰囲気を大事にしたかったのだろう。

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吉村公三郎の1963年の映画「越前竹人形」は、水上勉の同名の小説を映画化した作品。愚かな男女の、愚かなりに一途な愛をテーマにした、切なさを感じさせる映画だ。越前の草深いへき地で竹細工を営んでいる男が、芦原(あわら)の芸者に恋心をいだく。その芸者は死んだ父親が生前かわいがっていた女だった。その女を竹細工師は家に迎えるが、妻としてではなく、母親代わりとしてだった。そんな夫に失望した女は、他の男に身をまかせる。その挙句に妊娠してしまい、それに罪悪感を覚えた女は、堕胎に失敗して自らも死んでしまう、というような内容だ。

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増村保造の1967年の映画「華岡青洲の妻」は、有吉佐和子の同名の小説を映画化した作品。この小説は大変な評判を呼んだので、出版の翌年に早くも映画化された。日本人おなじみの嫁・姑関係をウェットに描いていることが世間に受け、以後テレビや舞台に繰り返し取り上げられた。

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増村保造の1966年の映画「赤い天使」は、増村にはめずらしく戦争をテーマにした作品だ。だが単なる戦争映画ではない、主人公を若尾文子演じる看護婦に設定することで、女の視点から見た戦争を描くとともに、その女をめぐる男女の愛を絡ませることで、とかく不毛になりがちが戦争映画に、一定の色気を醸し出している。

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増村保造の1965年の映画「清作の妻」は、一人の不幸な女の激しい愛を描いた作品。その不幸な女を若尾文子が演じている。若尾文子が不幸な女の役にはまっていることは、前稿「妻は告白する」評でも延べたとおりだが、この映画の中ではさらに一皮むけて、鬼気迫る演技ぶりを見せている。こんなに不幸な雰囲気をストレートに表現できる女優は、そうざらにいるものではない。

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増村保造は若尾文子と相性がよかったとみえ、監督デビュー第二作目の「青空娘」(若尾24歳)で主役に起用してから、実に20作品も付き合っている。その中で1961年の「妻は告白する」は、増村にとっても若尾にとっても転機になった作品だ。若尾はこの同じ年に、川島雄三の「女は二度生まれる」にも出演しており、両作品あいまって本格女優の風格を身に着けるようになった。増村は増村で、単なる娯楽映画ではなく、技巧派の巧者という評判を享受するようになった。

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瀬々敬久の2021年公開の映画「護られなかった者たちへ」は、生活保護制度をめぐる人間の怨念をテーマにした社会派ドラマ。それに東日本大震災をからませてある。社会問題を背景にして人間相互の葛藤を描くのは、瀬々の基本的な傾向として指摘できるが、この映画はそうした瀬々らしさを最もストレートにあらわれた作品。

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瀬々敬久の2020年の映画「糸」は、中学生一年生のときの初恋の感情に生涯拘った男女の物語を描いた作品。究極の恋愛映画といってよい。瀬々はピンク映画から出発したとはいえ、社会派の巨匠としてのイメージが強いので、このような恋愛映画は場違いに見えなくもないが、これはこれで見る者を泣かせる迫力ある映画に仕上がっている。さすが映画作りの名人芸というべきであろう。

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瀬々敬久の2017年の映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」は、冒頭に「実話にもとづく」ということわり書きがあるように、実際にあったことを映画化したものである。その実話とは、結婚直前に脳の難病により意識不明に陥った恋人の回復を願い、寄り添い続けた若者の話である。若者の執念が実を結び、恋人は意識を取り戻したが、恋人との関係はなにも覚えていなかった。しかし、恋人の献身的な姿を見ているうちに、その姿に感動し、あらためて彼を好きになるというものである。意識を失ってから、二人が再び結ばれるまで、八年かかったというわけである。

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リンゼイ・アンダーソンの1987年の映画「八月の鯨(The Whales of August)」は、人間の老いをテーマにした作品。老いた姉妹の生き方を通じて、人間が老いることの意味を考えさせるように作られている。その姉妹を、リリアン・ギッシュとベティ・デヴィスが演じている。リリアン・ギッシュはサイレント映画の大女優であり、この時には93歳になっていた。またベティ・デヴィスは、トーキー映画初期の大女優であり、その風貌とか演技ぶりは、小生のようなものも魅了されたものだった。この映画の時点では79歳になっていた。

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1967年のアメリカ映画「招かれざる客(Guess Who's Coming to Dinner)」は、アメリカにおける白人と黒人との人種間結婚をテーマにした作品である。その頃のアメリカは、公民権運動の高まりの中にあったが、まだ白人と黒人との結婚など考えられなかった。なにしろ、ジャッキー・ロビンソンが大リーグでプレイするだけのことで国中が大騒ぎになったのは、わずか20年前の1947年のことだ。野球でさえそんな騒ぎになるのだから、黒人男が白人女性と結婚するなどありえないとされていた。つまりタブーだったわけだ。そのタブーをあざわらうかのように、この映画は黒人の男が白人女性との結婚に成功する姿を描いている。今日では、人種間結婚の問題を正面から取り上げた作品として高く評価されているが、当時の評価は賛否極端に分かれた。評価するものも、けなすものも、自身の人種的な偏見に無縁ではなかったのである。

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