映画を語る

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緋牡丹博徒シリーズは、1960年代末から70年代初頭にかけて計八作が作られ、いずれも大ヒットした。東映やくざシリーズのなかでも異色のシリーズだ。映画の中のやくざといえばマッチョでセンチな男たちが義理と人情のはざまで悩みながら、悪を亡ぼし正義を実現するというのがパターンだが、緋牡丹博徒シリーズは女だてらにクールなやくざが、悪党どもを次々と退治するというもので、その聊か倒錯した振舞い方が全国の観客を魅了した。

不知火検校:勝新太郎の座頭もの

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1960年公開の映画「不知火検校」は、勝新太郎主演の時代劇やくざ映画である。座頭をテーマにしていることで「座頭市物語」シリーズを思わせるが、直接の関係はない。しかし勝による座頭のイメージが強烈で、かつ似たところもあることから、座頭市物語のさきがけのように受け取られている。筆者自身長い間この映画を座頭市シリーズの一つ、それも嚆矢をなすものと勘違いしていたほどである。

座頭市物語:時代劇やくざ映画

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座頭市物語シリーズは俳優勝新太郎の当たり役として大人気を博し、26本も作られた。寅さんシリーズをのぞけばもっとも多い。どの回も盲目の検校姿のやくざ座頭市が気ままな旅の途中土地のやくざのもとにわらじを脱いだことがきっかけで、やくざ同士の抗争に巻き込まれるところを描いている。座頭市は目こそ見えないものの、人の動きを掌にあるようにつかみ、当たるところ敵なしの強さを発揮する。その姿がかっこいいというので日本中の拍手喝さいを浴びたものだ。

あ・うん:降籏康男

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降籏康男の1989年の映画「あ・うん」は、向田邦子脚本の人気テレビドラマを映画化したものだが、一見して締まりのない作品である。これは原作がそうなのか、あるいは降籏の演出に理由があるのか、原作を見ていない小生にははっきりしかねる。ただこの映画の役を演じさせられた高倉健にとっては、イメージをこわされかねない危険がある。

居酒屋兆治:降籏康男

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降籏康男の1983年の映画「居酒屋兆治」は、高倉健の魅力を最大限に見せるよう作られた作品だ。時代遅れの居酒屋を舞台に、そこに集まってくるさまざまな人間たちがそれぞれ自分の人生の影を引きずりながら互いに支えあって生きているといった、或る種のヒューマンドラマを集約したような映画だ。同じような映画としては黒澤の「どん底」や「ドデスカデン」があるが、黒澤の作品がやや時代がかっているのに対して、降籏のこの作品はどこにでもあるような居酒屋と、どこにでもいるような人間が出てくる分、観客に親しみやすさを感じさせる。

駅 STATION:降籏康男

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降籏康男は高倉健と組んで多くの東映やくざ映画を作ったが、1978年に東映を退社してフリーになってから、やくざ映画以外の作品に意欲を持った。高倉もやくざ映画で埋もれることに俳優としての限界を感じていたので、そうした降籏に共感して、彼の映画に引き続き出続けた。1981年の作品「駅 STATION」は、彼らの最初の本格的なドラマ映画である。

永遠の人:木下恵介

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木下恵介の1961年の作品「永遠の人」は、実に暗い印象の映画である。テーマは戦前の日本の農村における身分差別だ。この身分差別のおかげで、許婚がいながら地主の倅から強姦された女が、泣き寝入りして、その嫁となったものの、この男を生涯憎み続ける一方、かつての許婚を思い続けるといったストーリーだ。いまではこんなストーリーはあり得ない話だが、戦前の日本では珍しいことではなかった。そういう思いを込めた映画だ。

女の園:木下恵介

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木下恵介の1954年の映画「女の園」は、京都のさる女子大学を舞台に、学校当局の封建的な指導に反抗する女子大生たちの戦いのようなものを描いている。この戦いは中途半端なものに終わるようなので、何かすっきりしないものを感じさせるが、女子大生の中からこういう運動が起きたこと自体日本の歴史上画期的なことだった、ということをアピールしたかった映画と考えてやればよいだろう。

カルメン純情す:木下恵介

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「カルメン純情す」は「カルメン故郷に帰る」の続編ということになっている。映画のエンディングで「第二部」と書いてあるところからも明らかだ。第一部では、頭の足りないストリッパーが久しぶりで故郷へ帰って巻き起こす騒動が描かれていたが、こちらはその数年後に、ストリッパーのカルメン(高峰秀子)が男に惚れるところを描いている。題名にある「純情す」とは、うぶな女が男に惚れる気持ちを表わした言葉のようだ。第一部で彼女のストリッパー仲間だった女(小林トシ子)は、子どもを背負って彼女の前に現れる。この女は男に惚れたあげく、子どもを抱えたまま捨てられてしまったのだ。そんな友達を見るにつけ、カルメンはしっかり生きてゆこうと決心するわけなのである。しかし頭の足りないこととて、決心はなかなかスムーズに実現しない。あげくの果ては、恋に破れて意気消沈してしまうのである。

北京の自転車(十七歳的単車):王小帥

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2001年の中国映画「北京の自転車(十七歳的単車)」は、一台の自転車をめぐって、田舎から北京に出て来た少年と、北京の胡同で暮らす貧しい少年とが繰り広げるかなりウェットなドラマである。二人とも自転車に対して異様な執着をするのだが、そうした執着は今の日本人には殆ど理解できない。しかし2001年頃の中国人にとっては、自転車はまだ高値の花で、ましてや田舎から出て来た貧しい少年にとっては、命の次に大事なものだとの印象が伝わってくる。それにしてもこの映画の中では、自転車はまだ大通りを所狭しと走っている。そんな映像を見ていると、今日の北京の繁栄ぶりを見ている者には、これがわずか20年もたたない頃のことだとはなかなか実感が湧かないのではないか。

鬼が来た!(鬼子来了):姜文

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2000年の中国映画「鬼が来た!(鬼子来了)」の「鬼」とは日本兵のことである。鬼のような日本兵が中国人を迫害して、罪のない人々を無残にも殺し尽くす。その非人間性をテーマにしたものだ。この映画を見ると、中国人がいかに日本人を憎んでいるか、肌で伝わってくる。それはあるいは無理のないことかもしれない。中国政府は先の大戦、それは中国にとっては抗日戦争だったわけだが、その戦争で1000万人の中国人が死んだと公表している。そしてその大部分は日本軍によって殺されたとなっているから、中国人が日本人を憎む気持に無理はない。その憎しみは、戦後半世紀くらいでは到底消えるものではないというわけであろう。

唐山大地震

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2010年の中国映画「唐山大地震」は、1976年7月28日に起きた唐山地震をテーマにしたものである。この地震はマグニチュード7・5の直下型大地震で、中国政府の公式発表で25万人の死者を出したと言い、実際にはその二倍から三倍の死者が出たのではないかと憶測されている。いづれにしても20世紀最大の被害を出した地震であった。映画はその地震によって引き裂かれた家族とその再会を描いている。

罪の手ざわり(天注定):賈樟柯

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賈樟柯は、いくつかの人生をオムニバス風に結びつけて一編となすような作品作りが好きなようだ。2013年につくった「罪の手ざわり(天注定)」もそうした作り方をしている。この映画には四人の人物をめぐる物語が、相互にかかわりなく展開される。人物の間に共通の出来事も起らないし、人物同士に共通した性格も見られない。まったく無関係な人々がそれぞれ無関係に生きているところが脈絡もなく展開されるだけだ。

四川のうた:賈樟柯

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賈樟柯が2008年に作った「四川のうた」はちょっと変わった映画だ。四川省の成都にある軍需工場が一つの歴史を終えて解体されようとしているときに、その工場に生涯をささげたり、あるいはそこに深くかかわった人たちを登場させて、その人たちと工場とのかかわりを回想させる。日本ではNHKの報道番組によくあるパターンだともいえるが、NHKはプロデューサーが前面に出て語るのに対して、この映画では登場人物に語らせることに徹している。その点ではドキュメンタリー映画と言ってもよい。話の内容にドラマ性は認められるが、ドラマではなく事実を語るのだから、ドキュメンタリーと言えるわけだ。

長江哀歌:賈樟柯

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賈樟柯は、陳凱歌や張芸謀に続く中国映画第六世代を代表する監督だ。2006年公開の映画「長江哀歌」はその彼の名を世界的なものにした。

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陳凱歌の2008年の映画「花の生涯 梅蘭芳」は、伝説の京劇俳優と言われる梅蘭芳の生涯を描いたものである。梅蘭芳は大戦中に一貫して抗日の姿勢を貫いたことで、中国人には節制のある人物として人気があるが、その生涯を描いたこの映画は、日本人にとっては面白くない作品だと言えよう。日本人をあまりにも非人間的に描いているからである。

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陳凱歌の2002年の映画「北京ヴァイオリン(和你在一起)」は、中国人の親子愛をテーマにした作品だ。中国人の親子はとりわけ親愛の情が深いと言われる。そこには子によって老後を養ってもらいたいという親の側の打算もあるようだが、やはり4000年の歴史の中から、親子のつながりこそがこの世で最も大事なことだという思いが、中国人には染み込んでいるためだろう。その深い親子愛をこの映画はほろりとさせるような感覚で描いている。

黄色い大地(黄土地):陳凱歌

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陳凱歌は張芸謀とともに中国映画第五世代の旗手として中国映画を国際的な水準に引き上げた作家だ。いわゆる紅衛兵世代に属し、共産党体制に対しては複雑な気持ちを抱いているとされる。1984年の作品「黄色い大地(黄土地)」は彼の処女作であり、中国映画に海外の注目を集めるきっかけとなったものだ。

デルス・ウザーラ:黒澤明のソ連映画

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黒沢明が1975年に作った「デスル・ウザーラ」は、一応日ソ共同制作ということになっているが、金の出所から俳優までほとんどすべてがソ連からなので、実質的には純然たるソ連映画と言ってよい。黒沢はソ連に招かれて映画のメガホンをとったという形だが、誇り高い黒沢がなぜ外国映画の制作にかかわる気になったのか。おそらく日本国内では、自分の好きな映画が作れないので、外国の映画でも作ってやろうかという気持ちになったのだろうが、詳しいことは筆者にはわからない。

天国と地獄:黒澤明

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黒澤明の1963年の映画「天国と地獄」はサスペンスドラマの大作である。黒沢は「野良犬」をサスペンスタッチで作ったが、この「天国と地獄」はそれを大がかりにしたもので、サスペンスドラマの命とも言える心理描写もきめ細かく、ストーリー展開も大胆で、長編ながらあっというまに見終わったかのような印象を与える。サスペンスドラマとしては、世界的な傑作といってよいのではないか。

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