映画を語る

ブラザーフッド:朝鮮戦争を描く

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2004年の韓国映画「ブラザーフッド」は、朝鮮戦争を韓国人の視点から描いた作品だ。この手の映画はとかく、韓国は正義のために北朝鮮の不正義と戦ったという具合になりがちだが、この映画はそのように単純には割り切っていない。北朝鮮は共産勢力の傀儡であり、それと戦うのは正義にかなったことではあるが、それでは韓国が正義の国であるかといえばそうとも言えない。当時の韓国政府は自国民に対して必ずしもフェアではなかった。そういう視点がこの映画にはあって、単純な見方を許さない。

華氏451:フランソア・トリュフォ

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フランソア・トリュフォの1966年の映画「華氏451」は、ディストピアを描いた作品だ。ディストピアにはいろいろなタイプがありうるが、この映画が描くディストピアは、人々が本を読むことを禁じられている社会だ。本を読むだけでなく、文字を読むこと自体が禁じられているらしい。というのも、新聞というものがあるにしても、それには一切の文字が省かれており、絵だけで構成されているからだ。ただ、消防署の壁には「451」という文字が書かれている。これは「華氏451」を現わす文字で、紙が燃え上がる温度を示している。あらゆる文字を追放するために、その媒体である紙が、この社会では消滅の対象となっているのである。

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フランシス・フォード・コッポラの1979年の映画「地獄の黙示録(Apocalypse Now)」は、ベトナム戦争を批判的に描いた作品である。ただし多くのベトナム反戦映画と違って、アメリカによる戦争を一方的に悪いという描き方はしていない。戦争そのものがトータルとして悪いのであり、そこではアメリカもベトナムも戦争マニアという点では同じ穴のムジナだというシニカルな視点が読み取れる。それはベトナム戦争が終わって何年かたったあとで、戦争を第三者的な視点から見る余裕がアメリカの映画界に生まれてきたことを反映しているようである。

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第一次世界大戦を描いた映画が少ないのは、映画の歴史からいって致し方のないことだった。第一次大戦が終わったのは1918年のことだが、映画が本格的に作られるようになるのは20年代以降のことだからだ。そういう映画の歴史において、1930年にアメリカで作られた「西部戦線異状なし」は、第一次世界大戦を描いた作品のうちでは最高傑作との評価が高い。これは、前年にレマルクが発表した同名の小説を原作としたものだが、ドイツ軍の視点から戦争を描いている。それをアメリカの映画人がとりあげたわけである。

誰が為に鐘は鳴る

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ヘミングウェーは、スペイン内戦の早い時期から共和国政府側に立って参戦し、ファッショ勢力と戦った。その体験から生まれたのが「誰が為に鐘は鳴る」である。この小説は、ファッショ勢力と戦うアメリカ人の義勇兵を主人公にしているが、この主人公には多分にヘミングウェーの自己像が投影されていると考えられる。この義勇兵は非常に魅力的な男に描かれているが、ヘミングウェー自身もマッチョでしかも正義感の強い男だった。彼はすでに十代の頃、第一次世界大戦に際してイタリア戦線に衛生兵として従軍したが、それもまたドイツ・オーストリアの抑圧的な勢力から民主主義を守ろうとする気持ちに出たものだった。

武器よさらば:ヘミングウェーの映画化

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「武器よさらば」をヘミングウェーが書いたのは1929年で、その三年後に映画化された。原作の小説も映画もどちらも大きな反響を呼んだ。その小説を筆者が読んだのは20代の終わりのことだったが、深刻な影響を受けた。というのは、この小説は至る所に主人公の俄か軍人が酒を飲むシーンが出てきて、それがいかにもスマートな飲みぶりなので、あたかも洒落た酒の飲み方こそがこの小説のテーマだと思わせられたものだ。これがきっかけで、それまで飲酒習慣のなかった筆者は自他共に認める酒飲みになってしまった。

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1981年のドイツ映画「U・ボート」は、文字通り潜水艦U・ボートの戦いぶりを描いたもので、一応戦争映画のジャンルに入る。ドイツは、かなり複雑な事情から敗戦したこともあって、戦争を正面から見つめるような映画を作ることを長い間ためらいっていたかのような感じを受けるのだが、1981年ともなれば、戦争の記憶にもヴェールがかかってきて、戦争を過去の出来事として客観的に見つめようとする姿勢が出てきたのだろう。この映画には、そうした戦争に対する客観的な視線が働いているように見える。

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スタンバーグとディートリッヒはドイツで「嘆きの天使」を作った後、一緒にハリウッドにわたって映画史に残る名作を作った。「モロッコ」である。この映画では、マレーネ・ディートリッヒの妖艶な美しさが引き続き披露されたほか、アメリカ映画永遠の二枚目と言われるゲーリー・クーパーが、ディートリッヒの相方として存在感を示した。

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1930年のドイツ映画「嘆きの天使(Der blaue Engel)」は、マレーネ・ディートリッヒを一躍世界の大女優に売り出した作品だ。ディートリッヒの名声はいまでも色あせていない。とりわけドイツ人にとっては永遠の女性として愛されている。筆者は先日ベルリンのポツダム広場にある映画博物館を見物したが、そこでもディートリッヒの扱いぶりは半端ではなかった。ドイツ映画と言えばまずディートリッヒがあげられるほど、ディートリッヒはドイツ人に敬愛されているばかりか、ハリウッドで活躍したこともあって、世界の映画史に燦然とした輝きを放っている。

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「私は貝になりたい」は、1958年にフランキー堺を主演にテレビドラマ化され大きな反響を呼んだものを、翌年映画化したものである。橋本忍が監督を、フランキー堺が主演をつとめた。テーマはBC級戦犯死刑囚の生き方と死に方をめぐるものである。

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戦時中にはおびただしい数の戦意高揚映画がつくられたが、そのほとんどは幼稚な日本軍礼賛であったり、逆に兵士の困難な境遇ばかりを強調する厭戦映画のようなもので、本当の意味での戦意高揚映画はなかなか作られなかった。そんな中で山本嘉次郎が1942年に作った「ハワイ・マレー沖海戦」は、傑作と言ってよい作品である。傑作というのは、当時の海軍の様子が、飾らないタッチで詳しく紹介されており、そのドキュメンタリータッチな描き方が、日本史の一こまを如実に表現し得ているという意味である。

日本の黒い夏 冤罪:熊井啓

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熊井啓の2001年公開の映画「日本の黒い夏 冤罪」は、1994年の夏に起きた「松本サリン事件」を描いた作品だ。副タイトルにあるように、冤罪がテーマになっている。この事件は当時、事件の第一通報者が誤って被疑者扱いされ、その後オウム真理教の起こした犯罪だということが判明したのであるが、何故第一通報者が被疑者扱いされ、そのことによって言うにいわれぬ苦痛をこうむったか、そのことを考えさせる内容となっている。

海と毒薬:熊井啓

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「海と毒薬」は、遠藤周作の同名の小説を映画化したものである。遠藤がこれを書いたのは1957年のことで、それを読んだ熊井が早速映画化の承諾を取り付けシナリオまで書いたのだったが、テーマが重すぎて制作者があらわれず、やっと1986年になって自主制作にこぎ着けた。テーマが暗鬱なわりには大きな評判をとった。

サンダカン八番娼館 望郷:熊井啓

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熊井啓の1974年の映画「サンダカン八番娼館 望郷」は、南方への出稼ぎ売春婦、いわゆる「からゆきさん」をテーマにした映画である。ノンフィクション作家の山崎朋子が1972年に公表した「サンダカン八番娼館-底辺女性史序章」を下敷きにしている。この本は、明治から昭和の敗戦にいたるまでの長期間、日本の貧しい女性たちがボルネオを舞台として女衒をする連中に売り飛ばされ、そこで悲惨な境遇を送ったさまを描いた。それまであまり知られることのなかった海外売春婦の実態が、この本とそれを映画化したこの作品によって、広く知られるようになった。もっとも、これは日本の恥であるから、最近は話題にされることもない。しかし、近年は一部で売春を合法化しようとする動きもあるようだから、売買春を通じて搾取される女性たちを描いたこの映画は、売春問題を考えるきっかけとしてもっと注目されてよいと思う。

忍ぶ川:熊井啓

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熊井啓の1972年の映画「忍ぶ川」は、女優栗原小巻の出世作になった。栗原はこの映画のおかげで、吉永小百合と並ぶ人気女優となり、コマキストと呼ばれる熱狂的なファンを生み出した。それについては、小巻を美しく見せるべく、熊井の並々ならぬ意欲が働いていたようだ。その結果小巻の人気は上がったが、映画そのものは平板になってしまった。栗原を美しく見せるための細工だけが先に立ち、肝心の筋書きがあまりいただけないものになってしまったのである。

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1969年のアメリカ映画「スローターハウス5(Slaughterhouse-Five)」は、カート・ヴォネガットの同名の小説をジョージ・ロイ・ヒルが映画化したものだ。ヴォネガットは、初期の村上春樹の小説に大きな影響を及ぼした作家として、そのアンチリアルというか、飛んでる作風が特徴とされる。そうした側面はこの映画の原作にも十分に出ていて、現実と非現実が錯綜する独特な世界を描いているらしい。

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「スティング(The Sting)」は、70年代に大いにヒットし、日本でも話題になった映画だ。その主題歌は今でもテレビCMのバックグラウンド・ミュージックとして流れている。主題歌が長い寿命を持っている点では「第三の男」と似ているわけだが、「第三の男」は映画史上の傑作として今でも親しまれているのに対して、「スティング」のほうはそれほど注目されていないのが実情だ。筆者はこれを、映画ファンの一人として、残念なことだと思う。この映画はいろいろな意味で傑作と言えると思うからだ。その理由の最たるものとして筆者があげたいのは、この映画ほどアメリカの本音を正直に描き出したものはないということである。

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1970年のアメリカ映画「マッシュ」は、朝鮮戦争における米軍の野戦病院の様子をコメディタッチで描いたものだ。1970年といえばベトナム戦争の最中だが、なぜそのベトナム戦争ではなく、20年近くも前の朝鮮戦争をテーマにしたのか、よくわからないところがあるが、どちらにしてもこの映画は、強烈な戦争批判を感じさせないので、ベトナム戦争も朝鮮戦争も大して違いはないということなのかもしれない。

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「真夜中のカーボーイ」という題名は、日本語だけを見せられると、車のマニアかなんかの話だと思わされるが、そうではなくカウボーイがテーマだ。といっても本物のカウボーイではない。カウボーイにあこがれている多少頭の足りない現代人の話だ。その現代人(ジョン・ヴォイト)が、カウボーイの衣装に身を包んでニューヨークに赴き、そこで奇想天外な体験をする、といったたぐいの話である。いわばアメリカ版お上りさんの物語である。

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1969年のアメリカ映画「明日に向って撃て(Butch Cassidy and the Sundance Kid)」は、いわゆるアメリカン・ニューシネマの傑作と言われているが、これが何故ニューシネマに分類されたのか、いま一つわからないところがある。ニューシネマというのは、アメリカの伝統的な価値観への異議申し立てを最大のコンセプトとしていたと思うのだが、この映画にはそうした要素は希薄、というよりほとんどない。逆に、西部劇が描いていた古き良きアメリカへのノスタルジーのようなものがあふれている。そうしたノスタルジーをかきたてるのが強盗団という反社会的分子であることに、社会秩序への異議申し立てを見てとれないこともないが、異議申し立てが犯罪者礼賛になっては、やはりどこがすっきりしないものが残る。

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