映画を語る

青い山脈:今井正

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今井正の1949年の映画「青い山脈」は、戦後日本を象徴するような映画だった。新憲法が発布されて二年後に作られたこの映画は、ある意味新憲法の精神を国民に訴えるプロパガンダ作品のような面を持っていたし、またそこで描かれた男女の愛の素晴らしさとか、個人の自立を強調するところなどは、いままでそんなことを見聞したことのない日本人に大きなインパクトをもたらした。そんなこともあって、この映画は賛否どちらの立場からも大いに議論されたし、一般国民の関心も引き寄せた。興行的には大成功し、主題歌も大ヒットした。この歌は今でも人々に愛唱されており、その人気の根の深さは誰もが認めるところだ。内田樹などは、この歌を日本の国歌にしたいと言っているくらいだ。

カティンの森:アンジェイ・ワイダ

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「カティンの森」は、アンジェイ・ワイダが2007年に作った映画だ。第二次大戦勃発後まもなく起った「カティンの森」事件を題材にしている。この事件は、長い間真相が不明瞭であったが、世紀の変わり目前後に全貌が明らかにされ、ポーランドは無論世界中の関心を集めた。この映画はそうした関心に応える形で作られたのだと思う。アンジェイ・ワイダはその時八十歳になっており、老後の情熱をこの映画に傾けたようだ。そのわりにややしまりのないところもあるが、ワイダの年齢を考えれば仕方のないことだろう。

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「戦場のピアニスト(The Pianist)」は、ワルシャワ・ゲットーの生き残りであるユダヤ系ポーランド人ウワディスワフ・シュピルマンの手記を映画化したものである。この手記は1946年にポーランドで出版された際には、すぐさま絶版処分されたのだったが、1998年に息子のアンジェイによってドイツ語訳が出版されると大きな注目を浴びた。ポランスキはそれを2002年に映画化したわけである。

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1962年のソ連映画「僕の村は戦場だった(Иваново детство)」は、第二次世界大戦、ロシア語でいう「大祖国戦争(Великая Отечественная война)」の一齣を描いたものだ。この戦争はソ連にとって、対ナチスドイツの戦争だったわけだが、実に2000万人の国民がドイツ軍によって殺された。これがどんなにすさまじい数字であるか。当時のソ連の人口はロシア以外のソ連構成国を合わせても二億に満たなかったと思われるし、ロシア人だけでは一億程度だったろう。そのうちの2000万人が殺されたわけであるから、半端な数字ではない。だからドイツ人に対するロシア人の恨みは深いのであって、その恨みは戦後20年もたっていない1962年の時点では、まったく薄まっていなかったはずだ。この映画はそうしたロシア人側の心情を強く反映したものになっている。この映画の迫力は、ロシア人の怨念に根ざしているといってよい。

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「アラビアン・ナイト(Il Fiore delle mille e una notte)」は、「デカメロン」及び「カンタベリー物語」に続く猥褻小話映画だが、前の二作に比べるとやや冗長な感じが否めない。時間が長いということもあるが、全体にいまひとつぱっとしない。というのは、原作の「千一夜物語」は、猥褻が売り物ではなく、その点で、猥褻を生命とするこの映画とはフィットしない上に、映画自体も、前の二作に比べて猥褻のポリシーが不徹底であるように思える。観客はこの映画の中で、男女の裸を散々見せられるのだが、男女の裸そのものは別に猥褻とはいえないし、その裸の男女が絡み合うところも、あまり猥褻さを感じさせない。恐らくこの映画には、猥褻と滑稽との結びつきが弱いために、猥褻が生真面目な印象を与えるのであろう。猥褻は本来笑いを伴うもので、生真面目な猥褻は形容矛盾のようなものだ。

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「カンタベリー物語」は、「デカメロン」と並んでヨーロッパ中世の滑稽小話集の双璧と言われる作品だ。構成や語り口に共通するところが多いので、前者が後者の影響を受けたと指摘される。筆者は学生時代に両方とも読んだが、「カンタベリー物語」のほうにより深い感銘を受けた。「デカメロン」のほうはほとんど忘れてしまったが、「カンタベリー物語」のほうは、男にキスさせると見せかけて屁をかませた女の話とか、木の上で密通する男女の話とか、一夜の宿を借りた二人の学生が宿の亭主の女房と娘を寝取る話とか、おぼろげながら覚えているのは、これらの話が強烈に猥褻だったからだろう。

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「デカメロン」は、十四世紀のイタリア人ボッカチオによる小話集である。十人の男女がペストの災いを逃れてある邸に避難し、気晴らしのために十日間にわたって各自が一話ずつ小話を披露し、合計百の小話が語られる。筆者が原作の日本語訳を読んだのは学生時代のことだから、内容の詳細は忘れてしまったが、卑猥な話が多かったように記憶している。男女が気晴らしに喜ぶ話だから、話題が下に傾くのは無理もなかろう。

乱れ雲:成瀬巳喜男

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1967年の映画「乱れ雲」は、成瀬巳喜男の遺作となった作品である。成瀬の遺作としては多少の物足りなさを感じさせる。溝口(赤線地帯)や小津(秋刀魚の味)の遺作がそれなりの迫力を感じさせるのに比較して、成瀬のこの映画は、燃え尽きたエネルギーの残り糟のような感じを与える。成瀬は晩年まで駄作の少ない作家だったといえるのだが、この映画は、駄作とはいえないまでも、傑作でないことは誰しも認めるだろう。

女の中にいる他人:成瀬巳喜男

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「女の中にいる他人」は、成瀬の作品としてはかなり変ったものだ。成瀬といえば女の生き方に拘った映画を作り続け、とくに戦後にはその傾向が強まったのだが、この作品で描かれているのは女の生き方とはいえない。むしろ男の、それもかなり軟弱な男の生き方である。女はそんな男を見守り、時には男の気持を引き立てるための脇役のような位置づけをされている。それまでの成瀬映画とは、全く違った雰囲気の作品だ。

芝居道:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男の1944年の映画「芝居道」は、長谷川一夫と山田五十鈴をフィーチャーした芸能物という点で「鶴八鶴次郎」と似ているが、筋書きは溝口の「残菊物語」に近い。どちらも、男の出世のために女が犠牲になる話だ。ただ、「残菊物語」は女が不幸な結末を迎えるのに対して、「芝居道」ではハッピーエンドでめでたしとなるところが違っている。

秀子の車掌さん:成瀬巳喜男

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「秀子の車掌さん」は、当時人気が盛り上がっていた十六歳の少女スター高峰秀子をフィーチャーした作品だ。いまならアイドル映画といったところだろう。それを成瀬巳喜男が監督した。女の生き方に拘った映画を作ってきた成瀬が、コメディタッチの少女映画を作ったわけだが、このときに成瀬は高峰が気に入ったのか、戦後大人になった高峰を起用して、日本映画の歴史を飾る一連の傑作を作った。成瀬と高峰のコンビは、小津と原節子、溝口と田中絹代のコンビと並んで、日本映画にとっては幸福な組み合わせだったといえよう。

はたらく一家:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男の1939年の映画「はたらく一家」は、成瀬の作品系列の中では異色の作品である。女を描くことに拘ってきた成瀬がこの映画の中で描いたのは、女ではなく、「はたらく一家」つまり労働者の家族の生活ぶりである。この映画が公開された頃の日本は、労働者世帯の生活は苦しく、その意味では社会的弱者の立場にあるといえなくもなかったので、同じく社会的弱者である女の立場に通じるものがないとはいえなかったが、やはり女とはたらく一家では、かなり色彩を異にするというべきだろう。

鶴八鶴次郎:成瀬巳喜男

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女の立場に立って男女の絡み合いの理不尽さを描き続けた成瀬の作品としては、「鶴八鶴次郎」は一風変った作品だ。例によって男が愚かなことはいいとして、女のほうもそれにおとらず愚かだということになっている。互いに好いた間柄にかかわらず、つまらぬ意地を張り合ったために、結ばれることができない。そんなもどかしさをこの映画は描いているのだが、彼らがつまらぬ意地を張り合うのは、彼らが因習的な芸能の世界に生きているからだ、そんなメッセージも伝わってきたりして、成瀬の映画としては、ひとひねりを感じさせる。

妻よ薔薇のやうに:成瀬巳喜男

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「妻よ薔薇のやうに」(1935)は、成瀬巳喜男の戦前の代表作である。女を描くことを生涯のテーマとした成瀬は、この映画のなかでは妾を取り上げている。妾は、いまでこそ不道徳なものとして、妾をつくる男も、男の妾になる女も、白い目で見られるようになったが、戦後しばらくの間は妾を蓄える男たちはまだ沢山いたし、戦前では、妾を蓄えることは男の甲斐性などと言われて、かえってうらやむべきことのように受け取られていた。そんな戦前の時代の妾の位置のようなものについて取り上げたのが、成瀬のこの映画だった。

夜ごとの夢:成瀬巳喜男

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「夜ごとの夢」は、「君と別れて」とともに成瀬巳喜男のサイレント映画の代表作だ。「君と別れて」は、芸者をしながら女手ひとりで息子を育てる母親と、ぐうたらな父親を持ったおかげで家族の犠牲になる若い女を、哀愁をこめて描いたが、この作品は、生活力のない男のために苦労させられる女を描く。終生女の生き方に拘った成瀬としては、ひとつの典型というべきものだ。

君と別れて:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男は戦後の活躍が目覚しいので、戦後の作家だという印象を持たれているが、サイレント時代から映画作りをはじめ、戦前に一定の境地を確立していた。1935年の「妻よ薔薇のように」が戦前の頂点とすれば、1933年の「君と別れて」はサイレント映画の代表と言える。戦争体制が本格化し、戦意高揚映画が国策として作られるようになると、成瀬は停滞期に入り、戦中・戦後にかけてB級映画ばかり作った。その彼が映画作家として立ち直ったのは、1951年の「めし」をきっかけにしてのことである。それ以後は死ぬまで、良質な作品を作り続けた。

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「現金に手を出すな(Touchez pas au grisbi)」は、初老のジャン・ギャバンをフィーチャーしたギャング映画である。もしギャバンが出ていなかったら、ただのB級映画だったろう。ギャング映画にしては迫力に欠けるし、筋の展開も冗漫だ。ギャバンが出ていることで、ピリッとしまり、見るに耐える映画になっている。こういう俳優は実に奇特なものだ。日本でもかつては片岡千恵蔵のような名優がいて、それが出ているだけで、どんな映画でも見せる映画になったものだ。

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クロード・シャブロルは、ヌーヴェル・ヴァーグ運動に意欲的にかかわった一人で、ジャン・リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーとは協力関係にあった。非常に多作な作家だったが、1959年の作品「いとこ同志(Les cousins)」が彼の代表作である。

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ロジェ・ヴァディムの1956年の映画「素敵な悪女」の原題は、Et Dieu créa la femme(そして神は女を作られた)である。これが聖書の創世記の記述を意識したものであることは明確である。創世記は、女の誕生を人類の原罪の直接の原因としているが、それほど女というものは、キリスト教徒にとっては、罪深いものなのである。この映画はそうした女のどうしようもない罪深さと、それに翻弄される男たちの愚かさを描いたものである。

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気狂いピエロ(Pierrot Le Fou)というのは、ジャン・ポール・ベルモンド演じる主人公フェルディナンのあだ名だ。このあだ名をつけたのは彼の古い恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)。彼は友人のパーティで偶然この女と五年ぶりに再会し、二人で駆け落ちする。フェルディナンは妻子を捨て、マリアンヌは愛人のフランクを捨て。とりあえず目指したのは南仏だが、別にあてがあるわけではない。彼らはただ退屈しのぎができればよいのだ。この映画は、そんな男女の退屈しのぎの様子を描く。彼らは人生が小説のようであったらよいのに、と考えている。人生の意義とは退屈をしのぐことにあると思っているからだ。

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