映画を語る

阿修羅の如く:森田芳光

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森田芳光の映画「阿修羅の如く」は、1979年から翌年にかけてテレビで連続放送されたホームドラマを映画化したものである。原ドラマ自体がホームドラマとしてかなりゆるいところにきて、10年以上たっての映画化とあって、テーマの時代性も消え去ってしまい、今見ても無論、封切り当時の観客もいまひとつぴんとこなかったのではないか。

失楽園:森田芳光

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渡辺淳一の小説「失楽園」が単行本になったのは1997年のことだが、発売されるやいきなり大ヒットした。読者の大部分は所謂団塊の世代の男たちだった。彼らはこの小説の中で描かれた初老の男を自分自身に重ね合わせ、その男の生き方に、よくも悪くも激しく反応したのだと思う。そして、この男と同様不倫に耽っていた連中は、そこに自分自身の分身を見出してニンマリとしただろうし、不倫と縁のなかった連中は、俺もやってみたいと思ったに違いない。

それから:森田芳光

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森田芳光の1985年の映画「それから」は、漱石の同名の小説を映画化したものだ。この小説は日本の近代文学史上初めての大恋愛小説と言ってよい。恋愛小説に「大」の字がつくのは、そこに描かれた恋愛が、男女ふたりだけの出来事ではなく、彼らを取り巻く社会を背景にしての、というより社会全体を敵に回しての、激しい恋愛を描いているためだ。漱石がこの小説で描いた男女の愛とは、当時の社会にあっては許されない愛だった。夫を持つ女を、一人の男が略奪する、いまでいう不倫の愛である。当時の言葉で言えば姦通である。姦通はとりわけ女にとって危険な行為であった。その危険な行為を、女は男の愛にほだされてあえて犯し、男は女が不幸になるのを判っていながら誘惑する。そういう愛を漱石は、近松の時代以来の日本の文芸の伝統とは違った形で、つまり近代的な装いを持たせて描いたわけだ。姦通というテーマは古いものだが、それに近代的な意味合いでの恋愛という形をとらせることで、日本にも始めて本格的な恋愛小説が成立した、そう言えるのではないか。

家族ゲーム:森田芳光

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森田芳光の1983年の映画「家族ゲーム」は、変容しつつあった日本の家族関係をシニカルなタッチで描いたものだ。1983年といえば、日本は高度成長を達成して分厚い中間層が形成されていた。そうした中間層は、核家族として団地に住まい、子供の教育が最大の目標だった。教育熱心なあまり、親が子どもの反発をくらいバットで叩き殺されるという事件も起った。この映画の中でも、子どもにバットで殺されたくはないが、それでも子どもの教育に熱心にならざるを得ない親と、比較的素直で親の期待に応えようとする子どもが描かれている。

オペラは踊る:マルクス兄弟

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マルクス兄弟は、トーキー時代になって頭角を現わした。サイレント時代の喜劇映画は、身体演技からなっていて、せりふが字幕で示される場合にも、言葉はあくまでも二義的だった。ところがトーキー時代になると、喜劇といえどもせりふをしゃべらねばならない。サイレント映画の人気者だったバスター・キートンやハロルド・ロイドはせりふをしゃべるのが苦手だったが、マルクス兄弟はせりふをしゃべるのがうまかった。そこで彼らがトーキー時代の喜劇のチャンピオンに躍り出たわけである。

ロイドの人気者(The Freshman)

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1925年の喜劇映画「ロイドの人気者(The Freshman)」は、原題にあるように、大学の新入生をめぐる話だ。アメリカの大学には、新入生を歓迎する様々な仕掛けがあり、毎年その仕掛けを駆使して新入生を大学に迎える。そのことを通じて、新入生が大学のカラーに馴染み、一人前の学生になるよう指導するわけである。

猛進ロイド(Girl Shy)

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猛進ロイド(Girl Shy)は、理屈無しに笑える映画、それも腹を抱えて笑える映画である。とにかく全編これ笑いの渦にあふれている。喜劇映画でもこんなに笑いに富んだ映画もめったに無い。その笑いは、サイレント映画であるから、基本的には身体の動きから生まれてくる。その身体の動きがサーカスのように正常と異常の境界を極度に逸脱しているので、それを見せられているものは、自分自身の関節がはずされるような感じになる。

ロイドの要心無用(Safety Last!)

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喜劇映画には、曲芸的な身体演技で観客をハラハラドキドキさせるタイプのものがある。ただ単にハラハラドキドキさせるだけなら、それはサスペンスものとして笑いを伴うことも無いのだが、ハラハラドキドキさせる身体演技にずれのようなものが入り込むと、そこに笑いが生じる。そのずれが、観客の予想を裏切ること大きければ大きいほど笑いの発作も激しくなる。人間というものは、ハラハラドキドキしながら予想していたことが、突然逆の方向に展開するのを見せられると、それまでの緊張が一気にほどけて、それが笑いを引き起こす。ベルグソンの言うとおりである。

豪勇ロイド(Grandma's Boy)

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ハロルド・ロイドはチャップリン及びキートンと並びサイレント時代のアメリカン・コメディを代表するキャラクターだ。日本でもロイド眼鏡が流行歌の文句になったほど人気があった。チャップリンが社会の矛盾をペーソスをまじえて描き、キートンが物語性の強い映画を作ったのに対して、ロイドの映画にはあまり癖がない。無邪気な笑いを楽しんでいる風情がある。

キートン将軍(The General)

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「キートン将軍(The General)」は、キートン映画の集大成ともいうべきものだ。この映画はキートンの最大の要素である「追われるキートン」とともに、「追うキートン」の要素も含んでいる。キートンという一人の人物が、追われたり追ったり、追いつ追われつの活躍ぶりを見せるわけである。それも、従来のキートン作品では、かよわいキートンが自分の体ひとつで逃げ回ったのであるが、この映画の中のキートンは、巨大な列車を自分の体の延長あるいは一部として、その列車ごと追いかけたり追いかけられたりするのである。原題の「The General(将軍)」とは、その列車の愛称なのだ。

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キートンの映画の重要な要素の一つとして、追われるキートンというものがある。「荒武者キートン」では、宿敵に追われたキートンが原野や急流を逃げ回るのであるし、「キートンの探偵学」入門では、探偵となったキートンが泥棒一味に追われて無人オートバイで逃げ回るといった具合である。こうした追跡劇は、アメリカのスラップ・スティック。コメディには、多かれ少なかれ見られる要素なのだが、キートンの場合には、それが映画の決定的な要素となっている。それ故キートンの映画を、追いつ追われつの追跡劇と特徴づけることができる。

キートンの探偵学入門(Sherlock Jr)

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「キートンの探偵学入門(Sherlock Jr)」は、キートンが探偵となってどたばた追跡劇を繰り広げるというもので、他愛ないながら、非常に面白い映画である。映画の冒頭で、「二兎を負うものは一兎を得ず」という趣旨の言葉が出てくるが、それはキートンが映画技師でありながら探偵の真似をするのはよくないという意味だ。この映画の中のキートンは、基本的には映画技師で、探偵はその趣味ということになっているのである。趣味とはいえ、大変な騒動を巻き起こして、さんざんな眼に合うので、やりつけないことはやらないほうがよい、という教訓が伝わってくるようになっている。いづれにしてもこの映画は、どたばた喜劇にしては教訓に富んだものなのである。

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バスター・キートンは、チャップリン及びハロルド・ロイドと1920年代のサイレント喜劇映画の人気を分けた。チャップリンの映画が人間的な温かみを感じさせるのに対して、キートンの映画は徹底的にスラップ・スティック・コメディに拘った。それが今日の視点から見てもなかなか新鮮に映る。山口昌男はかつてキートンの映画を評して、宇宙論的な深遠さを感じさせると言ったが、そんなに大げさに受け取らなくても、彼の映画は実に痛快である。とりわけ見ものなのは、キートンがつねに喜怒哀楽を表に出さず、全く無表情といってもよいのに、そのなすことが仰天動地の猥雑さを示すところだ。猥雑な行為を無表情に行うというのは、どこかしら不気味さを感じさせるものだ。

サニーサイド(Sunnyside):チャップリン

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「サニーサイド(Sunnyside)」は、「担え銃」から一転して田園地帯の長閑な生活を描いたものである。題名にある「サニーサイド」とは、日の当たる場所という意味だが、この映画の中では舞台となるホテルがある村の名称とされている。そのホテルで住み込みで働いている給仕のチャップリンの、ずっこけた働き振りと甘い恋がテーマである。大した筋書きはない。折角見つけた恋人を、一度は優男に取られてしまうが、それは転寝で見た夢の中の出来事で、現実のチャップリンは抜け目なく彼女と結婚できたという話である。

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「担え銃(Shoulder Arms)」は、第一次世界大戦についてのチャップリンなりの反応である。チャップリンは、基本的には反戦主義者だったので、第一次世界大戦は愚かな戦争だと思っていた。だがアメリカの世論は、英仏連合に味方してドイツ・オーストリアの枢軸国と戦うべきだと盛り上がり、ついにはアメリカも参戦する事態になった。そんな世の中の動向に、疑問をぶつけ、戦争の愚かさを改めて訴えたのがこの映画だといえる。もっとも正面から反戦を唱えることは、当時のアメリカの世論からすれば非常に危険な行為だったわけで、チャップリンは、戦争への抗議を笑いのオブラートに包んで披露して見せた。

犬の生活(A Dog's Life):チャップリン

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チャップリンの1918年の映画「犬の生活(A Dog's Life)」は、ルンペンプロレタリアートの惨めだが自由気ままな暮らしぶりを描いたものである。一人の宿無しが、野良犬のような暮らしをしているうち、一匹の野良犬と仲がよくなり、その犬とともに人生を切り開いてゆくという話である。短編映画にしては、四十分という長さであり、一応物語としてのまとまりは持っている。チャップリンにとっては、従来のスティックスラップ・コメディから本格的な劇映画への足がかりとなった作品だ。

チャップリンの冒険(The Adventure)

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「チャップリンの冒険(The Adventure)」は、アメリカの警察をあざ笑った映画である。アメリカの警察は、移民社会の自警団のようなものから出発しており、国家権力の象徴という意味合いよりは、白人社会の自己防衛装置としての色彩が強かった。自己防衛ということは、よそ者に対して攻撃的であることを身上とする。攻撃されるほうは、たまったものではなく、警察に対して強い不信感を持たざるを得ない。この映画は、攻撃される立場の目から見た、アメリカ警察への不信感とか不快感をもとに、アメリカ警察をあざ笑ったものと言える。権力に対して常に距離感をとっていたチャップリンらしい作品だ。

チャップリンの移民(The Immigrant)

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1917年の短編映画チャップリンの移民(The Immigrant)」は、ヨーロッパからアメリカへ来た移民をテーマにしたものだ。この時代のアメリカは、労働者不足を補うために大量の移民を受け入れていたし、ヨーロッパには仕事にあぶれた人々にこと欠かなかったので、需給がマッチして、大量の移民がヨーロッパからアメリカへと流れた。アメリカを目指した人々は、そこに希望の大地を夢想したわけだが、多くの場合それは幻想に過ぎなかった。アメリカに渡った人々には苦い現実が待っていた、というのがこの映画の描くところである。とはいっても、苦い現実を告発調で描くわけではない。一部の諦めと一部のペーソスをまじえて、いわばほろ苦く描くのである。

チャップリンの勇敢(Easy Street)

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「チャップリンの勇敢(Easy Street)」は、いわゆるチャップリン風の映画の確立を物語る記念碑的な作品だ。1914年以来、他愛ないドタバタ喜劇を六十本以上作ってきたチャップリンが、1917年のこの映画で、しっかりしたストーリーを持ち、しかもパンチの効いた社会風刺を盛り込んだ本格的な喜劇映画を作った。以後チャップリンは、この映画で示した傾向を深める形で映画作りを進めてゆくのである。

淑女は何を忘れたか:小津安二郎

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小津は、1932年のサイレント映画「生まれては見たけれど」で、子供の目から見た大人社会の滑稽さを描いたが、それから五年後に作った「淑女は何を忘れたか」では、同時代の日本の夫婦関係の滑稽さを若い女の視点から茶化して見せた。「生まれては」では、しがないサラリーマン一家が舞台となっていたが、こちらでは麹町の住宅地に住むプチブル一家が舞台だ。その一家の亭主は大学の教授なのだが、どういうわけか細君に頭が上がらない。もしかして養子なのかもしれないが、映画はその点を明らかにしない。あくまでも、気の強い細君と、彼女に頭の上がらない気の弱い亭主の組み合わせとして描いている。

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