映画を語る

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「イージー・ライダー(Easy Rider)」は、アメリカン・ニューシネマの傑作の一つに数えられる。ロードムーヴィーと言う点では「スケアクロウ」と似ているが、「スケアクロウ」には一応目的地らしきものがあるのに対してこちらにはそれらしきものはない。マルディ・グラを見るためにニューオリンズを目指すが、それは一時の気晴らしのためであって、最終的な目的地ではない。また、スケアクロウは徒歩の二人組が主人公なのに対して、こちらはモーターバイクに乗った二人組を描いている。そのバイクが格好いいというので、この映画はバイク好きの連中から熱烈な支持を受けた。

配達されない三通の手紙:野村芳太郎

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野村芳太郎の1979年の映画「配達されない三通の手紙」は、イギリスの推理小説作家エラリー・クィーンの小説を映画化したものだが、日本映画としてはどうもしっくりしないところがある。筋書きが日本人離れしているし、人物の醸し出す雰囲気が日本人らしくない。そのため映画の観客は、どこか別世界の出来事を見せられているような感じになる。娯楽作品としては、別にそれでも不都合なことはないわけだが、野村と言えば社会派映画で通ってきたこともあって、どうもすっきりしない印象を与える。

鬼畜:野村芳太郎

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野村芳太郎の1978年の映画「鬼畜」は、松本清張の同名の短編小説を映画化したものだ。テーマは子捨て・子殺しだ。清張がこの小説を書いたのは1957年のことで、それを20年もたった時点で映画化したことに、なにか特別の理由があったのか、よくはわからないが、この手のテーマは、時代にはあまり関係がないのかもしれない。21世紀に入っても、「誰も知らない」のような子捨てをテーマにした映画が作られていることからも、そう思われないでもない。

事件:野村芳太郎

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野村芳太郎の1978年の映画「事件」は、大岡昇平の同名の小説を映画化したものだ。この小説はベスト・セラーとなり、筆者も読んだことがあるが、非常によくできた推理小説との印象を持った。その割に筋書きの詳細は忘れてしまったが、物語の展開にグイグイと引き付けられた興奮はよく覚えている。野村は、小説が刊行された翌年にこれを映画化したわけだが、その直前にはNHKがテレビドラマ化して放映していた。どちらも大いに反響を呼んだ。

砂の器:野村芳太郎

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「砂の器」は、松本清張の社会派推理小説の傑作である。推理小説としての結構といい、細密な心理描写といい、日本の推理小説史上最高傑作のひとつと言ってよい。それを野村芳太郎が映画化した。原説にかなり忠実な映画化といえるが、単に小説を映画化したというばかりでなく、映画としての醍醐味を最大限に味わせてくれる傑作である。

拝啓天皇陛下様:野村芳太郎

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日本映画は、諸外国に比べると戦争をテーマにするのが好きだったと言える。戦争の取り上げ方にはいくつかのパターンがあって、日本兵の勇敢さをたたえるものとか、軍隊生活の厳しさを強調するものが多かったが、それらと並んで戦友同士の熱い友情も好んで取り上がられた。野村芳太郎の1963年公開の映画「拝啓天皇陛下様」は、その代表的なものだろう。これは結構人気が出て、続編が出たほどだ。渥美清のとぼけた演技が、観客に受けたからだと言われる。

張込み:野村芳太郎

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野村芳太郎は多作な作家で、いろいろなジャンルの映画を作っているが、最も得意なのはサスペンス・タッチの映画だった。野村は推理小説のマニアだったといわれ、なかでも松本清張の作品が好きだった。その清張の作品をいくつか映画化している。1958年の作品「張込み」は、その最初のものだ。

夢二:鈴木清順

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「夢二」は、「ツィゴイネルワイゼン」、「陽炎座」と並んで「大正浪漫三部作」と称され、鈴木清順の代表作である。大正時代のレトロな雰囲気を売り物にしているこの三部作は、幻想的な筋運びとともに、映像の美しさもポイントになっている。大正時代とロマン主義がどういうわけで結びついたか、いまひとつわからないところもあるが、映画の世界での大正時代のイメージは、レトロでかつ幻想的ということになっているらしい。

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スティーヴン・スピルバーグの2012年の映画「リンカーン」は、南北戦争と奴隷解放へのリンカーンのかかわりをテーマにしたものである。リンカーンといえば、アメリカ史上もっとも人気のある大統領ということもあって、非常に多くの映画が、さまざまな角度から作られたわけだが、この映画は、奴隷解放についての彼のかかわりに焦点を当て、それとの関連で南北戦争を描き、また彼の家族との触れ合いを通じて人間としてのリンカーンをも描くというものだ。

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スピルバーグといえば、SFとかホラー映画とか冒険サスペンス映画とか、とかくファンタジックな映画を作り続けた人だが、その人が「シンドラーのリスト」を作ったときは、一転してシリアスなその内容に世界中の人が驚いた。「プライベート・ライアン(Saving Private Ryan)」は、そのシリアスの路線を受け継ぐものだ。

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スティーヴン・スピルバーグの映画「ジュラシック・パーク(Jurassic Park)」は、現代の地球によみがえった恐竜が人間を襲うという恐怖を描いた作品である。ホラー映画である点では「ジョーズ」の系列に入り、異世界の生きものと人間との関わりを描くと言う点では「E.T.」と同じ系列に入る。同じ異世界の生きものでも、地球外の生きものとは共存していたのに対して、過去の遺物とは言え、同じ地球の生きものとは共存できないというのは、スピルバーグなりの批判意識のあらわれかもしれない。

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スピルバーグの映画「インディ・ジョーンズ」シリーズは、考古学者インディ・ジョーンズの奇想天外な冒険を描くシリーズで、四作が公開された。そのうち「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」は第二作目にあたる。各作品の間には、主人公がインディ・ジョーンズであるということ以外に、共通点はない。その点は007シリーズとよく似ているが、荒唐無稽さではそれ以上だといってよい。

E.T. スティーヴン・スピルバーグ

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E.T.は、地球の子供と宇宙人との交流をテーマにした作品である。スピルバーグは前作の「未知との遭遇」で、UFO で地球を訪れた宇宙人と、それを迎える地球人との出会いを描いていたが、それはほんの挿話程度の扱いで、宇宙人そのものについて多くを語ることはなかった。この「E.T.」では、その宇宙人に焦点を当てて、宇宙人のなんたるものかについて、また彼らと我々地球人との交流の可能性について、存分に考えさせる映画になっている。

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1977年公開のアメリカ映画「未知との遭遇(Close Encounters of the Third Kind)」は、UFOをテーマにしたSFファンタジー映画である。地球のあちこちに出没するUFOに、人類が接近を試み、ついに両者が遭遇して意思疎通に成功するプロセスを描いている。ふつうこの種の物語は、とかく宇宙人と地球との戦いという様相を帯びがちだが、この映画にはそういう要素はない。UFOの宇宙人は地球人に対して友好的であるし、地球人のほうでもUFOを友人として受け入れる。そこがスティーヴン・スピルバーグらしいところと言えよう。

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1975年のアメリカ映画「ジョーズ(Jaws)」は、スティーヴン・スピルバーグの出世作だ。スピルバーグはこの映画によって一躍名声を獲得しただけではなく、ホラー映画の歴史に一ページを書き加えた。この映画は、ホラー映画を一段と深化させたのである。

崖の上のポニョ:宮崎駿

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宮崎駿の2008年公開のアニメ映画「崖の上のポニョ」は、人間の少年と人魚の少女とのふれあいを、暖かいタッチで描いたものである。冒険の途上危険な目に遭った人魚の少女が少年に助けられ、人魚として少年に大事にされているうちに、少年への気持ちが実って人間の姿に変わり、最後には人間の子として少年の家族に迎えられるという筋書きだ。

ハウルの動く城:宮崎駿

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「ハウルの動く城」は、普通の人間の少女が魔法の世界に紛れ込んで、魔法使いたちの争いに巻き込まれるさまを描いている。人間の少女が異界に紛れ込み、そこで冒険をするというテーマは、前作の「千と千尋の神隠し」と似ている。「千」のほうは、両親と一緒に神隠しにあって異界に紛れ込むわけだが、その点では日本の伝説の世界を踏まえているわけだが、こちらは主人公の少女ソフィーが、ふとしたことから一人の青年と出会い、それがきっかけとなって、異界へとワープする。このワープという現象は、現実世界から異界への移動についての、これは西洋的な伝説の装置といってよい。

千と千尋の神隠し:宮崎駿

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「千と千尋の神隠し」は、神隠しにあった少女の異界での冒険を描いたものだ。宮崎は前作の「もののけ姫」で、動物の怨霊がこの世界で跋扈するさまを描いたわけだが、ここではこの世界から異界へとワープした少女が、そこで本物のもののけたちと出会うさまを描いている。そのワープのきかっけとなるのが、日本古来の伝説を彩る神隠しというわけだ。

もののけ姫:宮崎駿

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もののけと言うと、昔話に出てくる妖怪のことが想起されるが、この映画のなかでもののけ姫とよばれているのは、妖怪ではなく山犬に育てられた人間の娘のことである。そのもののけ姫が人間を敵として戦う。その戦いに一人の少年が巻き込まれて、もののけ姫と人間との板挟みになる。そんな話を、この映画は描いている。

となりのトトロ:宮崎駿

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宮崎駿の初期の劇場用アニメ映画は、人間同士が愚かな戦いをするところをテーマにしていたが、四作目の「となりのトトロ」に至ってはじめて、戦いとは縁のない牧歌的な人間関係(人間・怪物関係を含めて)を描いた。宮崎作品にはもともとこうした牧歌的な要素が強かったのだが、そしてテレビ用のアニメ作品には牧歌的な作品が多かったのだが、劇場上の作品では、そうした要素はあまり受けないと考えて好戦的な雰囲気の作品を作り続けていたのだと思う。だからこの「となりのトトロ」は、宮崎にとっては冒険だったにちがいなく、それでもこれを作り出したのは、一定の自信の現れだったように思う。

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