映画を語る

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「ドン・キホーテ」は世界文学史に屹立する偉大な小説にして、また奇想天外人をして抱腹せしめる衝撃であふれている。小説がこのように型破りであるばかりか、その作者ミゲル・デ・セルバンテスも古今東西人類が排出したなかでも最も型破りな男であった。したがって、小説そのものにせよ、その作者のセルバンテスにせよ、人間の想像力を刺激してやまない。ミュージカルの題材としてももってこいである。

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1971年のアメリカのミュージカル映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」は、日本でも大ヒットしたほか、もとになった舞台劇のほうも、何度も俳優を代えながらロングランとなった。ミュージカルとして日本人のハートを長く捉え続けたわけは、家族愛を中心としたセンチメンタルな情感を醸し出していることにあるのだろう。

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1972年のアメリカ製ミュージカル映画「キャバレー(Cabaret)」は、キャバレーの歌姫をテーマにしている点で、1930年のドイツのミュージカル映画「嘆きの天使」とよく似ている。ワイマール時代のベルリンが舞台となっていること、歌姫の自由奔放な生き方が描かれていることなどが共通点だ。しかし違いもある。「嘆きの天使」では表面化していなかったナチスの台頭が、この映画では大きな影を落としていることだ。

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1965年のミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック(Sound of Music)」は、アメリカン・ミュージカルの金字塔的な作品だ。理屈なしに楽しめる。何度見ても飽きないのは、気に入った歌を何度聞いてもあきないのと同じだ。この映画の中で歌われている歌(「ドレミの歌」とか「マイ・フェイヴァリット・シングズ」とか「エーデル・ヴァイス」など)は、おそらく永遠にわたって歌い継がれるだろう。

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1964年のアメリカ映画「メリー・ポピンズ(Mary Poppins)」は、ディズニーが子ども向けに作ったファンタジー・ミュージカルである。子どもは無論大人も十分に楽しめる。質の高い作品だ。理屈なしに楽しめる。

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1964年のミュージカル映画「マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)」は、日本では「ウェストサイド・ストーリー」と並んで最も成功したミュージカル作品である。というのもこの映画には、オードリー・ヘプバーンが主演していたからだ。日本人は「ローマの休日」以来この女性にすっかりいかれてしまって、男は無論、女たちにも愛されていた。男は彼女を理想の伴侶として愛し、女は彼女を自分の理想の姿として手本にしたのだった。

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1961年のミュージカル映画「ウェスト・サイド物語(West Side Story)は、アメリカはもとより世界中でヒットしたが、日本でも外国映画としては空前の大ヒットとなった。筆者も子どもながら興奮したことを覚えている。どういうわけか主演のリチャード・ベイマーよりも脇役のジョージ・チャキリスの方が人気をはくし、彼が来日した時には大フィーバーとなったものだ。

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ユル・ブリンナーとデボラ・カーが共演した1956年のミュージカル映画「王様と私(The King and I)」は、シャムの王様とイギリス人女性との奇妙な友情を、ハリウッドの視点から描いたものだ。ハリウッドの視点からシャムの王室を描くわけだから、どんな描き方になるか、知れたものである。実際この映画は、東洋人に対するハリウッド、つまり西洋人の陳腐なステロタイプを代表しているような作品だ。それはステロタイプというのを通り越して、偏見といってもよい。しかしその偏見にあまり悪意を感じさせないのは、作者があまりにも無知だからだろう。

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ヴィンセント・ミネリの1953年のミュージカル映画「バンド・ワゴン(The Band Wagon)」は、1930年代のミュージカルの大スター、フレッド・アステアをフィーチャーした作品である。アステアは50年代に入ってもまだ人気はあったが、往年の勢いはあるべくもなかった。そんなアステアをこの映画は再び人々に熱狂的に迎えさせた。この映画を通じてアメリカの人々はアステアいまだ健在なりと受け取ったのである。

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「雨に唄えば(Singin' in the Rain)」は、アメリカン・ミュージカルの最高傑作の一つと言ってよい。とにかく理屈なしに面白い。老人から子供まで男女を問わず楽しめる。その楽しさは人種や国籍を超えたものだ。実際日本人もこの作品を長く愛し続けて来た。主題歌は今でも日本中の街角を流れている。

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1951年公開のミュージカル映画「巴里のアメリカ人(An American In Paris)」は、ジョージ・ガーシュインをフィーチャーした作品で、全編がガーシュインの曲であふれている。筋らしきものはない。パリで修行中の画家がパリ娘に恋をして、最期には彼女と結ばれるというものである。そのラブ・ロマンスというべきものが、ガーシュインのジャズタッチの軽快な音楽に乗って展開されるというわけだ。

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「オズの魔法使い」は20世紀の児童文学を代表する作品で、いまでもアメリカを始め世界中で読まれている。わかりやすい英語で書かれているので、英語の勉強の教材にも適している。筆者も少年時代に英語の勉強のつもりで読んだものだ。

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フレッド・アステアは、1930年代のハリウッド・ミュージカルを代表するスターである。彼の真骨頂は軽快なステップダンスに合わせて歌を歌うことで、そのけれんみのない演技は多くの人々に愛された。1935年の作品「トップ・ハット(Top Hat)」はその代表作である。相手役のジンジャー・ロジャースとは、これが四作目になり、この二人の息のあった演技が見ものである。

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ウィリアム・ワイラーの1966年の映画「おしゃれ泥棒(How to Steal a Million)」は、一時期日本で流行った「ルパン三世」シリーズを思わせる、軽快な怪盗ものだ。「ルパン三世」より早く作られているから、その先駆者といってよい。尤も、両者の間に実際に影響関係があったかははっきりしない。

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ウィリアム・ワイラーの1965年の映画「コレクター(The Collector)」は、ストーカーによる婦女監禁をテーマにした作品である。ストーカーという犯罪類型は日本ではそんなに古くからあるものではないが、婦女監禁は結構古くから存在したと思われる。その二つが一対一で結びつくというのは、日本ではつい最近のことだろう。一方的に好きになってしまった女性を監禁して、その女性を相手に日常的に性的な欲望を発散していた例は、近年になってやっと話題になるようになった。だが、英米圏ではかなり以前からあったのだろう。この映画は、異常性格のストーカーが一人の女性を人里離れた場所に監禁し、彼女を相手にゆがんだ欲望を発散させるさまを、執拗なタッチで描く。見ていて薄気味が悪くなる作品だ。

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「ベン・ハー(Ben Hur)」は、映画作りの名手ウィリアム・ワイラーの最高傑作と言ってよい。3時間40分という異例な長さにかかわらず、見ているものを飽きさせない。エンターテイメントとしてそつがないためだ。とにかく人をして夢中にさせる映画である。

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1958年のアメリカ映画「大いなる西部(The Big Country)」は、1940年の作品「西部の男」と並んでウィリアム・ワイラーの西部劇の傑作である。「西部の男」では、ゲーリー・クーパー演じる流れ者が、地元の悪徳農園主と対決するところを描いていたが、この映画の中でワイラーは、グレゴリー・ペック演じる流れ者が、対立する牧場主たちの間に入って、奮闘するところを描いている。同じく流れ者が、地元の有力者と対立するところを描いているわけだが、こちらは流れ者が対立の直接の当事者となることなく、第三者に止まるところに趣向がある。

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ウィリアム・ワイラーの1955年の作品「必死の逃亡者(The Desperate Hours)」は、サスペンスタッチの映画である。三人の脱獄囚が四人家族の平和な家に押し入り、彼らを人質にとって逃走を図ろうとするところを描く。人質と言っても、警察を挑発するわけではない。家族の長である父親に向かって、妻子の安全と引き換えに言うことを聞かせようと言うのである。それは脱獄囚のボスが愛人から逃走資金を受け取るまでの間、無事家の中に匿えという条件を言う。妻子を人質にして自分の要求をのませようというわけである。

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ウィリアム・ワイラーは、1942年にある種の戦意高揚映画である「ミニヴァー夫人」を作ったが、戦後いち早く作った「我らの生涯の最良の年(The Best Years of Our Lives)」では、戦争が市民生活に及ぼした深刻な影響について反省している。アメリカ映画が戦争の意味を振り下げた作品を作るのは非常に珍しいことだ。ワイラーは、ユダヤ人であり、アメリカ人としての意識よりもコスモポリタンとしての意識が強く、そうした立場から戦争に向き合ったのだと思う。

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ウィリアム・ワイラーの1942年の映画「ミニヴァー夫人」は、第二次大戦中に作られた数多くの戦意高揚映画の中の傑作と言うべき作品である。戦意高揚映画には一定のパターンがあって、残虐な敵から国土の安全と国民の命を守る自衛のための戦いだというメッセージを盛り込むのが常だが、ワイラーのこの作品は、そうした単純な戦意高揚を目的とはしておらず、もっと高い倫理的な視点から戦争の正当性を訴えたものだ。

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